第95話 村を探る
第95話〜村を探る〜
『これよりお主は私の眷属だ。特に命令を出すことはしないが、有事の際は働いてもらうことは覚えておけ。加えて私の主人はこの人間だ。つまり主人の言うことはすなわち私の言うことに等しい。それをゆめゆめ忘れるな』
治療を施され、自由に飛べるようになるまで回復した飛龍はファフニールにそう言われた後に山脈の奥へと飛んで行った。
なんでも治療の際、飛龍の生命力を高めるためにファフニールの血を使用したらしいのだ。
『吸血鬼ではないが、血というのは古今東西一番のつながりをを見せる触媒になるのでな。同じ龍である以上、生命力の向上に古龍の血以上のものはない。だが私の血を取り込んだ以上はあの飛龍はこの先私の眷属というわけだ』
助けたことの引き換えにファフニールに仕えることとなったわけだが、実際にはファフニールは何も命令などはしないためこれまでと生活はそう変わらない。それどころか古龍の血を取り入れたことにより、これから先独自の進化を遂げる可能性すらあるそうだ。
「なんだかあの飛龍の一人勝ちみたいよね」
「かもしれないな。結果的に俺たちは余計な面倒を負うことになったわけだからな」
「レインの言う通りだったとは言え気が重いわね。村に帰りたくないわ」
「そう言うわけにはないかないだろう。どちらにせよ飛龍の調査報告はしないといけないんだ。この期に及んであの村を素通りすることは無理だな」
「そうよね……。なんで私の初めての依頼がこんなことになっちゃうのかしら」
「運が悪かったと思って諦めるしかないだろう。今日はここで野営をして明日の早朝に村に戻る。その後は手筈通りだな」
「わかってるわよ。ここまで首を突っ込んだ以上、ここで投げ出すわけにもいかないわ」
飛龍に聞いた事実は、レインとシャーロットにとってあまり聞きたいものではなかった。だがそれを聞いた以上、このままその問題を放置できないのもまた事実。
できればそうであって欲しくなかったことを嘆いていても仕方がない。レインとシャーロットは気持ちを入れ替えると、翌日からのことを思い、少しばかり気落ちしながらテントの中に潜り込むのだった。
◇
明けて翌朝。三日ぶりに村に戻ったレイン達を村長であるハインツは温かく村へと迎え入れてくれた。
「無事にお戻りになられて何よりです。帰りが遅いのでどこかで怪我でもされているのではと心配していたのですよ」
「ご心配をありがとうございます。ハインツさんこそ大丈夫ですか?こんな早朝から私たちのことを待っていてくださって、あまり寝てないのでは?」
「お二人が村のために危険な山に行ってくださっているのに、一人で寝ていることなど出来ませんよ。これでもこの村を預かる村長ですから、さぁ、家へどうぞ。疲れているでしょうからゆっくりと休まれてください」
「調査報告はいいのかしら?」
「お休みになられてからで問題ありませんよ。ここ数日は飛龍も出現しておりません。それよりも二人に疲れをとってもらうことの方が重要ですから」
そう言うハインツの言葉に甘え、宿を兼ねているハインツの村長邸の部屋に引っ込んだ二人だったが、最初にこの村へやってきた時よりもその警戒は上がっていた。
レイン達が山を降りたあたりから感じていた視線。おそらくはこの村の者なのだろう。そう考えればハインツがまだ日が昇ってすぐのこの時間に二人を待っていたことにも説明がつく。
時間と共に村のおかしさだけが如実にレイン達へと警戒を訴えかけてくる。
だからこそレイン達は身支度こそ整えはしたが、野営できっちりと休んでいたため寝ることはしなかった。
本来なら野営では見張りを立てなければならず、ゆっくり休むことなど出来ないのだが、レイン達にはファフニールがいる。
『この辺りの魔物程度、私がいれば寄ってもこないだろう。それでも一応は警戒はしておくゆえ、主人達はゆっくりと休むがいい』
その言葉通り、夜間にレイン達の野営地に近づくものは魔物どころか獣一匹もおらず、快適な野営を送ることができていたのだ。
早朝に村につき、そこから休息をすると考えると部屋を出るのは早くとも昼頃にする必要がある。あらかじめいくつかのパターンを想定していた二人は、そのうちの一つを選択することにした。
「昼食まで用意してもらって申し訳ない」
「いいんですよ。それよりも大丈夫ですか?調査報告を聞くに、相当山の奥まで進まれた様で。お疲れでしたらもう少し休んで行かれても構わないのですが」
「いえ、それには及びません。飛龍の痕跡が確認された以上、なるべく早めに討伐隊を組むべきです。ですからなるべく早くギルドに戻る必要があるのです」
「そこまで考えてくださっていたとは露知らず。本当にお二人にはなんとお礼を申し上げていいのやら」
昼前に示し合わせて部屋を出た二人は、ハインツに山での調査の報告を行った。
山脈を登って行ったところ、飛龍がねぐらにしている場所を発見。そこで食べた食料の痕跡などから、おそらくこの村に現れた飛龍は一匹であろうと考えられる。その周辺には他の飛龍は確認できず、距離的にもまず間違いないはずだ。
戻ってくるまでに考えた嘘の報告を行い、何食わぬ顔で依頼の達成を告げたのだ。
その報告の後、ギルドに早急にこのことを報告することを告げたのだが、昼食だけでもと誘われて今に至るのだが、その席で行われたのが今の会話というわけだ。
「依頼中、よくしていただき感謝します。飛龍の件は早急になんとかしますので今しばらくお待ちください」
昼食を手早く済ませ、レインとシャーロットは足早に村を出る。ハインツへの説明から応対と、基本的にはレインが対応し、シャーロットは頷くなどの簡単な返事しかしていない。
飛龍からの証言を聞いてもなお、この村への疑念を受け入れられない様だったためにそうしたのだが、シャーロットはこの村に来て最初に感じた第一印象に引きずられている様だった。
「いい加減現実を見ただろ?あの昼食を食べて尚信じるっていうのなら、今すぐに強制的にフォーサイトに帰還する。そうなれば今後一切ハンターの仕事はしないほうがいい。遅かれ早かれ死ぬからな」
「流石にそこまでバカじゃないわ。事前に毒消しまで飲んでた保険がビンゴだったのよ?実際に命を狙われてなお信じるほど私はお人好しじゃないもの」
「それならいい。なら手筈通り森に入るぞ。人目のない方がやりやすいからな」
そう言ってレインとシャーロットは、村から伸びる街道をそれ森の中へと入っていく。そんな二人を慌てた様に追っていく数人の影がいたが、そいつらの末路はすでに決まっていた。
それから十分ほどが経過した森の中では、一人をのぞき意識を失い倒れ伏す男が数人。全員が一撃で昏倒させられており、意識が戻っても自分が何をされたのかすら覚えてはいないだろう。
そして意識のある最後の一人も、手足は氷漬けにされて身動きが取れない状態となっている。なまじ意識がある分凍結した手足の痛みを感じるため、他の者の様に意識を失った方が幾分マシだっただろう。
「さて、それじゃあお前たちの目的を聞こうか」
「な、何を言ってるのか分からねぇよ!?俺たちは森に入っていくあんた達を見て、迷ったらいけねぇと追いかけてきたんだぜ!?それなのにこの仕打ちとはひでぇんじゃねぇのか!!」
「あら、ご丁寧に背後から矢を放っておいていう台詞とは思えないわね。しかも全員が武器を携帯し、その武器にはご丁寧に毒が塗ってあるわね。見たところ神経毒みたいだけど、これでどこの誰を殺すつもりだったのかしら?」
「ま、魔物だよ!ここいらは多くはないが魔物が出るんだ!だからそいつに……!!」
「嘘はやめろ。村の山脈方向には魔物は出るが、街道沿いには獣の類しか出ないことは調査済みだ。加えてお前らは明らかに俺たちを包囲しながら近づいていた。狙いが俺たちであることは間違いなかった。それ以上嘘を並べるならその凍った手足、一本ずつ折っていくぞ?氷漬けになってる分、さぞかし簡単に折れるだろうからな」
レインのそんな無慈悲な言葉に襲撃者の男は凍りついた様に黙り込む。見た目はまだ子どもであるレインとシャーロットであるが、レインは言うまでもなくシャーロットも先日の地獄をくぐり抜けてきたのだ。すでに命のやり取りへの耐性が付いている以上、その言葉にも雰囲気が出てきている。
だからこそ襲撃者の男も感じたのだろう。この二人はやると。そして実力も自分よりも圧倒的に上であり、この場から逃げる手段などありはしない。
そこまでをレインの言葉で悟った襲撃者の男は、項垂れたように全てを話し始めたのだった。




