第90話 情報を集める
第90話〜情報を集める〜
ミニスター家は代々フリューゲル家の従者を務める家系であり、ミニスターに生を受けた瞬間からフリューゲルに絶対の忠誠を誓うことになっている。
それはすでに数百年と続いてきた歴史であり、その歴史の中でミニスター家が反乱を起こしたことは一度としてないのだからその忠誠心の高さがうかがえる。
もっともフリューゲル家はミニスター家を非常に大事にしており、そこらの貴族よりもよっぽどいい生活をしているのだから反乱も何も不満があまりないのだが、フリューゲル家はその対価としてミニスター家に護衛や身の回りの世話を任せているのだから、まさにギブアンドテイクの考えが体現された姿と言えるだろう。
ミニスター家の長女であるアンリ・ミニスターもまた、フリューゲル家に絶対の忠誠を誓った一人であり、現在のフリューゲル家の長女であるシャーロットの従者を務めることを誉として今日まで生きてきた。
「なんでシャーロット様がお戻りになってないんだ!?」
そんなアンリはシャーロットにフリューゲル家の当主、つまりはシャーロットの父が用があると言われて一足先に実家に戻っていたのだが、待てど暮らせどシャーロットが戻ってこないことに対し、焦りながらも使用人に当たっていた。
「それは私どもにはわかりかねますが……」
「シャーロット様も翌日に戻られると言うから先に戻ることを了承したと言うのに、御当主様は忙しいと取り合ってくれないし、シャーロット様とは連絡が取れない。おかしいだろう!?」
実はシャーロット、ハンターなどアンリが止めることは目に見えていたので先に手を講じていたのだ。
実家の父に連絡を取り、アンリを一足先に実家に戻るように画策。代々従者の家系であるミニスター家は、フリューゲル家の敷地内に屋敷を構えていることを利用し、シャーロットは父にアンリを呼び出してもらったのだ。
フリューゲルの当主は厳格なことで知られているが、実は裏では娘に非常に甘い一面も持っている。なのでシャーロットからのお願いに対してどうしても断れないところがあるのだ。
しかもシャーロットはそんな父親の性格を把握しており、お願い事を滅多にしない。そんな背景もあり久しぶりの娘からのお願いに父親が理由すらも聞かずに一肌脱いだと言うわけなのだ。
さらには時間を稼ぐために、用事はあるが時間がないから待っていろと言う理不尽な命令まで出す始末。おかげでアンリはすぐにでもフォーサイトに戻り、シャーロットを探したいのにそれができないと言うジレンマにここ数日悩まされているのだ。
「よもやあの男と一緒なのでは無いだろうな」
そんなアンリの脳裏に浮かぶのは、どう言うわけか一学期の間にシャーロットが甚く気に入った一人の男子生徒。
レイン・ヒューエトス。
平民でありながらルミエール魔術学院に入学し、いい意味でも悪い意味でも話題性の高い男子生徒のパーティーになぜか入ってしまった自分の主君。
しかもそれならば自分もと思ったのだが、あなたは他で頑張りなさいとこれまで全く相手にもしてもらえなかった一学期のせいで、アンリはレインに対し夥しいまでのフラストレーションを貯めていたのだ。
もちろんそれはただの言いがかりであり、レインはアンリとあの食堂での一件以降話したこともないのだが、その時の印象の悪さもまたアンリがレインを毛嫌いしている理由の一つだった。
さらに言えば、レインが平民であることも気に入らないことの一つだった。アンリは何も平民を差別するようなことはないし、なんなら世界的に見て貴族が魔術師の大半を占める中、平民でありながらルミエールに入学したレインに対して評価をしていた。
だがそれがシャーロットの相手となれば話は別。やはり公爵家令嬢と言う立場のシャーロットには、それなりの立場を持つ相手でなくてはふさわしくない。そう思うからこそアンリはシャーロットからレインを遠ざけようとしているのだが、それがシャーロットから煙たがられていることにアンリはまるで気付いていない。
「シャーロット様!一体どこで何を!?」
実はレインと一緒にハンター活動中という、ある意味アンリの予想通りのシャーロットなのだが、そのことをアンリが知る事になるのはまだしばらく先のことになるのだった。
◇
山脈の麓の村に名はない。
ここに住む人たちは農業や牧畜などで暮らしており、フォーサイトに近いながらもまるで隔絶した世界のような雰囲気すら発している村だった。
「時間の流れが変わったみたいね」
シャーロットの言うとおり、この村はそれほどにフォーサイトとは時間の流れが違うようだった。見える範囲にいる村人も皆が穏やかであり、各々が思い思いの作業に従事している。
命令を出す者も、何かに縛られることもない。村独特の空気を感じたレインとシャーロットは、村の入り口で少しだけ足を止めてその様子に見入ってしまったのだった。
「あの、何かこの村に御用でしょうか?」
そんなレインたちを不審に感じたのだろう。先ほどまで近くの鶏小屋で作業をしていたちょうどレインたちと同年代と思われる少女がそう声をかけてきた。
「あら、ごめんなさい。私たちはハンターよ。ギルドの依頼を受けてこの村に来たのよ」
「ハンターさんですか?!それはつまりあの龍を倒してくれるってことでしょうか?!」
「え、えぇ。そのつもりだけど……」
「ありがとうございます!!私たち本当に困ってて!このままじゃ村の外にもおちおち出れないし、それに山の麓にいけないと薬草だって……」
ハンターだと答えたシャーロットに詰め寄る少女だったが、その剣幕にシャーロットが押されてしまう。さらに言葉を続けようとした少女だったが、それはさらに現れた誰かによって遮られることとなった。
「止さないかリンダ。ハンターさんが困っておられるだろう」
詰めよるリンダと呼ばれた少女を背中に匿うかのように現れた初老の男性は、穏やかな表情を浮かべながらシャーロットとレインへと一礼をした。
「娘が申し訳ない。私はこの村の村長をしているハインツと申します。皆様方のお話が聞こえたところによれば、お二方はハンターということでよろしいでしょうか?」
「そうです。ギルドにこの村から出ている飛龍の調査兼討伐依頼を受注してきました」
「おお、それはありがたい。見ての通り我が村は寒村のようなもの。なんとか農業や酪農で自分たちの食い扶持は稼げてはいますが、飛龍などと言うものがいては途端に立ち行かなくなってしまうのです。ですのでそれを倒してくれるハンターの方々にはとても感謝しているのです」
ハンターであることを認めたレインに対し、ハインツは少し大袈裟すぎるくらいに低頭の態度でそう言った。
確かにこの規模の村に飛龍などがきてしまえばひとたまりもないだろう。戦う者もおらず、それでいて飛龍が本気になればこの村は一晩ともたずに壊滅する。
だからこの村長の言っていることは間違ってはいない。間違ってはいないのだが、レインはその言葉を鵜呑みにすることができなかったのだ。
「よろしければ宿にご案内いたします。宿といっても村長である私の家が宿を兼ねていますので、小さなところで恐縮ですが」
「それは助かるわね。レイン、お願いし……」
「その前にまだ陽もある内に村に周りを調査だけさせてください。魔物は基本的に夜行性。万が一もありますので夜の前に地理くらいは頭に入れておきたいので」
ハインツの申し出に応じようとしたシャーロットだったが、レインがそれを遮り村の周囲の探索を申し出る。
そのレインの様子にシャーロットは少し怪訝そうに眉を潜めたが、言っている事は間違っていなかったので特に何かを追及する事はない。だがレインの態度をあまり快く思っていないのは明白だった。なぜならレインは明らかに村長に対しての警戒度を一段引き上げていたからだ。
それは一般人には決して分からないほどの機微なものだったが、先日の戦いを経験したシャーロットにはそれがわかってしまったのだ。
「確かにそれがいいですかな。いや、流石はハンターの方だ。素人が余計なことを言ってしまい申し訳ありません」
「いえ、お気遣いは感謝します。周囲の探索が終わり次第戻りますので、その時はお世話になってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。おもてなしの準備をしておきますので、お気をつけて行ってらしてください」
しかしハインツはレインのそんな機微になど当然気づくはずもない。
目礼だけして村の外へと出ていくレインとシャーロットに対し、にこやかな笑顔を崩さずに見送ってくれる。
そんなハインツとリンダの見送りを受け、納得の行かない表情をしたシャーロットを従えて、レインは村を一時出るのだった。




