第88話 ハンターの基礎
第88話〜ハンターの基礎〜
「いいか。表向きには説明されてないが、ハンターには暗黙の了解ってのがあるんだよ」
ギルドでの注目を嫌い近場のカフェに移動したレインとシャーロットだったが、早速といった感じで詰め寄ってくるシャーロットに嘆息しながらもレインはハンターの基礎について話し始めた。
「まずハンターのランクだが、これは知ってるか?」
「そのくらいは調べて来たわ。下から白、銅、銀、金、白金でしょう?ハンターになってから積み上げた依頼の達成率や、依頼の難易度などでランクは上がる。余程の失態がない限りはランクは下がる事はない。ちゃんと知ってるわ」
「そうだ。ハンターってのは良くも悪くもランクに支配され、ランクが全てを左右する。今回の事はそこに起因してるんだよ」
シャーロットがなぜハンターギルドにいて、しかも依頼を受けていたのかは知らないが、ハンターの暗黙の了解を知らない以上はハンターになりたてだろうとレインは判断していた。
夏のこの時期は、ルミエールのように夏季休暇となる学院が大半であり、ある程度の実力を持った魔術師はこの時期を使いハンターとして活動することがあるのだ。
もちろん夏季休暇以外にも期間限定でハンターになるものは一定数存在しており、そう言ったものが今のシャーロットのように揉めることが多いのだ。
なのでレインはシャーロットもそう言った期間限定のハンターであろうと判断しまず今のような質問をしたのだが、流石はシャーロットと言うべきか、そこは完璧に知っていたようだった。
「ランクってのは一番の目的はハンターの実力を測るためのものだ。ランクにより振り分ける依頼をギルドが決め、実力に見合わない依頼を引き受けさせないようにしたりもする。その他にも上のランクほど優遇があったりとか細かい事はあるが、実力のバロメーターの意味合いが一番大きい」
「それもわかってるわよ。私はハンターに登録したばかりだから今は白級。だからちゃんとランクフリーの依頼を受注したのよ?ランクが低いからって文句を言われる筋合いはないわよ?」
「わかってる。シャーロットの言い分は正しいんだ。正しいが、組織には正しいだけじゃ通用しないこともあるんだよ」
シャーロットの言う通り、基本的に依頼はランク分けされているが、中には全てのランクのものが受注できるランクフリーの依頼も存在している。
だからこそ白級のシャーロットでもそれを受注することに何の問題もないのだが、ここで出てくるのがハンターの暗黙の了解なのだ。
「俺は悪き慣習だと思うんだがな、ハンターってのは古い組織だからこそ見栄とプライドも強い。だからこそランクってのが過剰に意味をもってしまってるんだ」
ランクとは先にも言った通り、ハンターに適正な依頼を出すための指標なのだが、いつしかそれがハンターの格式を表すものへと変化してしまった。
そのせいでランクの低いものは高いものへ意見をしてはいけない。ランクの高い者の意見は絶対であり、例えそれが黒であっても低い者は容認しなければいけない。そう言う了解が出来上がってしまっていたのだ。
「だからシャーロットが割のいい依頼を受けたことにあの男は文句を言って来たんだよ。それは上のランクである俺が受けるからお前は引っ込んでろ。文字通りの意味でな」
「何よそれ!そんなふざけたことが許されると思ってるって言うの!?」
「許されるもされないも、それが成り立ってしまっている以上、現状はそれを受け入れるしかないんだよ」
シャーロットの性格上、事情を説明すればこのように激昂する事はわかっていた。だからこそ場所を変えたのだが、どうやらその予測は間違っていなかったようだ。
「ランクが優先されるなんてそんなの間違ってるじゃない!!確かにある程度はしょうがないにしても、理不尽までまかり通っていいわけがないわ!!レイン、あなたはそれに何も思わなかったわけ?!」
「思わないわけじゃない。だがすでに出来上がっているものを壊すには時間も立場がいる。少なくとも今の俺の立場では無理だ」
「どこがよ!あなたの本来の立場であればそんなのすぐに……!!」
「それはつまり、俺の立場を使ってハンター達を大人しくさせろってことか?それこそやっている事はさっきシャーロットと揉めた奴と一緒だと思うがな」
そこまで言われて自分が何を言おうとしたのかに気づき、シャーロットは口をつぐんだ。
確かにレインが五芒星の魔術師という立場を使えば、すぐにでもこの現状をなんとかする事は可能だろう。仮に反発されたとしても力で押さえつけることももちろんできる。
だがそれではやっている事はさっきのハンターと一緒。単純に五芒星の魔術師という権力を振りかざしているにすぎないのだ。
「気に食わないこともあるとは思うが、ここに来た以上は抑えろ。ハンターにはハンターのルールがあり、その中でハンターは依頼を受けているんだ。何かを変えたいと思うなら、それを知った上でじゃないと意味がない。シャーロットにも目的があるからここに来たんだろ?その目的を達成する前に一時の感情でギルドを追い出されたいのか?」
「……わかったわよ」
少しばかり説教のようになってしまったが、それでも最後にはシャーロットも渋々とはいえ納得してくれたようであったため、レインはようやくシャーロットがここにいる理由を聞くことにした。
「で、シャーロットは何でハンターギルドにいたんだ?暗黙の了解も知らず、しかも白級って事はハンターになったばかりってことだろ?」
通常の場合、ハンターは誰かしらの紹介からなることが多い。もちろん紹介がなくとも登録さえすればなる事は可能なのだが、その場合何も知識がなく今のシャーロットのようになってしまうことが多いのだ。
それゆえハンターはすでに登録しているものに紹介状を書いてもらい登録し、しばらくはその紹介者と一緒に依頼を受けると言うのがこれもまた暗黙の了解のようになっているのだ。
「強くなりたい。これじゃあ理由にはならないかしら?」
返ってきたシャーロットの言葉。それはおそらく先日の湿地帯での防衛戦から来ているのだろう。
聞いたところによれば、シャーロットは味方を指揮し、さらには自身も多数の魔物を屠ると言う活躍を見せていたと言う。撃破数も上位十名の内に入っており、はっきり言ってこの年齢の魔術師としては破格の実力をもっている事は言うまでもない。
だがそれでも自身の弱さを感じたのだとしたら、それはあの戦場に自身よりも圧倒的に強いものが多数いたからだろう。
レインは言うまでもなく、シルフィ、ナイツ教授、そしてセリア。
単純な戦闘力で言えばセリアはシャーロットに遠く及ばないが、それでもこと今回のような防衛戦では無類の強さを発揮するのが魔建師の特徴だ。しかもレインも防衛線に戻って実際に見た砦は、熟練の魔建師であってもそう簡単に建てられるものではないほど巨大で、それでいて複雑なものだったのだ。
五芒星の魔術師たるレインやシルフィ、教授であるナイツ教授であればまだ諦めもつくであろうが、身近なセリアがそんな強さを見せれば思うところがあってもおかしくはない。ましてシャーロットは公爵家という高貴な身分であり、尚且つ前回の戦いの最後には重傷を負うという結果となったのだ。
聞くところによれば、どうにも戦いの最後には生き残っていたハンターが戦線に加わっていたとも聞いた。シャーロットがこうして夏休みの期間を使ってハンターになっているのもそのあたりから来ているのだろう。
シャーロットの一言からそこまで予測したレインは、小さくため息をはくとシャーロットに視線を合わせる。
おそらくここで基礎を教えれば、シャーロットであればこの夏にハンターとして活躍する事は間違いない。少なくとも銅級に上がるのは確実だ。
だがシャーロットのように向上心を持つ魔術師を一人にするのは同時に危なくもある。強さを求めるものと言うのは、良くも悪くも周囲の影響をもろに受けやすい。その影響が悪きものであれば、よくない方向へと力を求めるがあまりに行ってしまう可能性もある。
「シャーロット。とりあえずその依頼は俺も同行する。白級のシャーロット一人よりも銀級である俺がいたほうが何かと便利だからな」
なのでレインはとりあえず今回の依頼に関してシャーロットについていくことを選択したのだった。
この先をどうするにせよ、まずは一度ハンターとしてのシャーロットを把握しておく必要がある。その先のことはこれが終わった後に決める。
そう選択したレインだったのだが、シャーロットが殊更嬉しそうな顔をしていることに気づき、少しだけその様子に疑問を覚えたのだった。




