第87話 フォーサイトのハンターギルド
第87話〜フォーサイトのハンターギルド〜
フォーサイトは聖王国の中でも規模が大きい街であり、リーツと比べてもその規模は倍以上だ。
であれば当然そこに位置している施設もそれに伴い大きくなるのが常であり、ハンターギルドもその例に漏れる事はなかった。
ギルドの入り口である扉もリーツよりもはるかに大きく、まるでその権威の差を表しているようにも見えなくもない。機能面での差別化のため大きい街では施設が大型化する事はよくある事だが、こう言ったところでは権力の誇示が必要であることを知っているくらいにはレインは大人の世界を知りすぎていたのだ。
「採取系か狩猟系か、フォーサイトではどんな依頼があるんだろうな」
巨大な入り口の扉であったが、手で押してみると思いの外すんなりと開く。おそらく軽量化の魔術でもかけてあるのだろうが、それをするくらいなら最初から小さく作ればいいのにご苦労な事である。
扉を潜り中へと入ると聞こえる喧騒にレインは少し懐かしさを覚えた。ギルドには大体酒場が併設されているのだが、依頼前や後のハンターはそこで談笑を楽しむ傾向にある。
故にギルド内はいつも人の声が絶える事はない賑やかな場所なのだが、数ヶ月とはいえそこを離れていたレインにはその喧騒が懐かしく感じてしまったのだ。
「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」
ギルドの受付まで歩いていくと、受付の女性が営業スマイル全開でレインにそう尋ねてきた。おそらくレインの背格好から、何かしらの依頼をギルドにしにきたと思ったのだろう。
小さな村落では珍しくないのだが、村に現れる魔物の討伐にハンターを雇う事が多い。一匹や二匹であれば村でなんとかするのだが、複数の魔物がいた場合は基本的にはギルドに依頼を出す。
もし勇み戦い人手を失えば、小さな村にとっては一人失うだけで大打撃となる可能性が高いからだ。レインもそんな依頼を出しにきた一人だと思われたのだろうが、銀色のハンタープレートを出したところで受付の女性の顔色が変わる。
「期間限定なんだがフォーサイトで依頼を受けたいんだが何かおすすめの依頼はあるか?」
「ぎ、銀級!?失礼しました。すぐに依頼を確認しますのでしばらくお待ちください!!」
焦ったようにカウンターの裏に転がっていく受付の女性に苦笑しながら、レインが待ちの体勢になろうと状態を崩したときだった。
「なめてんのか!!あぁっ!?」
「それはこっちの台詞よ。因縁をつけてきたのはそっちでしょう?」
ギルドに併設された酒場から聞こえる怒鳴り声と、それに反発するように発せられた女性の声。
ギルドというのはハンターの溜まり場である以上、どうしても一日に数度、こう言ったいがみ合いが起こることがある。大抵は一言二言で済むか、もしくは周囲が止めるのだが、まれにそこで終わらない時もあるのだ。
そういう時はギルド側が止めに入るのだが、ギルドで問題を起こしたと見做されてペナルティをもらってしまう可能性がある。それ故、普通ならこの争いもすぐに収まると思っていたのだが、どうやらそうはならないらしかった。
「この依頼は私が先に受注したの。それを後から来て横取りしようなんて許すと思っているのかしら?」
「ガキが抜かすなよ!その依頼は俺のような銅級の一人前になってから受注する依頼だ!乳臭せぇ白級のガキは大人しく薬草の採取でもしてろってんだ!!」
「何を言おうがこの依頼は私のものよ。ガキガキ連呼している暇があったら、とっとと自分で新しい依頼を探してきなさい」
どうやら話の内容を聞くに、これもギルドではおなじみのトラブルの内容のようだった。駆け出しの白級はどうしてもギルド内で立場が低い。それ故割りのいい依頼を獲得すると、このように上のランクのハンターに横取りされることがままあるのだ。
しかも大抵そういうことを行うのは銀級に上がれずくすぶっている銅級のハンターであり、どっちかといえばギルドの厄介者であったりするのだから始末が悪い。
普通は仲間が諫めるものなのだが、どうやら今回は互いに一対一。しかも相手が女性で子供ということで吹っかけた方も引くに引けなくなっているのだろう。
このままではペナルティ。しかも誰がどう見ても横取りを仕掛けたハンターに非があるためペナルティも片側だけが受けることになるのだが、そうすれば後で白級のハンターが報復を受ける恐れがある。
そう考えレインは止むを得ず仲裁に入ろうとしたのだが、そこでトラブルを起こしている二人のうち一人に見覚えがあることに気づいた。
「何でシャーロットがここにいるんだ?」
そう、トラブルを起こしていたうちの一人、女性の方はレインのパーティーの仲間であるシャーロット・フリューゲルだったのだ。
薄青のロングヘアーをいつも通り華麗に揺らし、難癖をつけてくるハンターに対して一歩も引く姿を見せる事はない。その姿は一人の魔術師として立派であり、おそらくハンターと万が一戦いになったとしても遅れを取る事はないだろう。
「だけどそれはまずいよな」
シャーロットなら相手に勝てる。それはほぼ間違いないだろうが、残念ながらこの場所ではそれが通じないのだ。だからこそれレインは間に即座に割って入ることを決めた。
「このガキっ!?」
「それ以上はやめておけ。もしそれ以上するなら俺が相手になるぞ?」
「んだっ、テメェは!!」
「お前のその胸のプレートを見るに銅級だろう?言っておくが俺は銀級だ。それ以上は言わなくてもわかるな?」
「ッ!?お前が銀級だと?!」
「そうだと言っている。これがその証拠だ。わかったらとっとと消えろ。今なら見逃してやる」
レインは自身の銀色のプレートを見せ、男に引くように促した。男は初め疑うような目でレインを見ていたが、銀級のプレートを何度か見るとやがて諦めたようにその場を後にした。
「その嬢ちゃんの知り合いならちゃんと教育してやんな」
そう捨て台詞を残して。
残されたレインとシャーロットであったが、先に声を出したのはシャーロットだった。しかし何やら機嫌の悪そうなところを見るに、今の男に対して相当腹に据えかねたものがあるのだろう。
「何で逃したのよ」
「ここで揉めても損にしかならないからな」
「悪いのはあっちでしょう?私の受けた依頼を横取りしようとしたのよ!?」
「シャーロットの言う通り、悪いのはあいつだが何事にも暗黙の了解ってのがあるんだ。だからこの場合、一概にシャーロットが正しいとは言えないんだよ。少なくともこの場においてはな」
「何よそれ!」
「その辺も話してやるからひとまずここを出るぞ。これ以上余計な注目は浴びたくないからな」
なぜシャーロットがここまで難癖をつけられたのか。そもそもどうして周囲のものが誰も口を挟まなかったのか。色々と説明してやりたいところではあるが、流石に今の騒動で周囲の視線を集めすぎた。
フォーサイトのハンターギルドでこれからしばらくの間活動をするレインとしては、あまり悪目立ちをするのは好ましくない。なのでどうにも納得がいかないシャーロットを連れて、ギルドの近くのカフェに場所を移すことにしたのだった。
「それで、納得の行く説明をしてくれるんでしょうね?」
なぜか詰め寄られるレインは軽くため息を吐き、注文したアイスコーヒーに口をつける。
自身の依頼はこの状況ゆえ結局受けることができず、なぜシャーロットがギルドにいるのかも聞くタイミングを失った。こんなことなら助けに入らなくても良かったのではと思いながらも、目の前で眉を釣り上げているシャーロットに対し、レインはハンターの基礎を説明するのだった。
 




