第86話 それぞれの帰路へ
本日より第三章の開始です。よろしくお願いします。
第86話〜それぞれの帰路へ〜
波乱の期末試験を終え、無事に夏休みの権利を勝ち取った新入生は各々の実家に帰るために学院の門を出ていく。
ルミエール魔術学院は聖王国内でも有数の魔術学院であるため、遠方のものであれば一週間近くをかけて田舎からフォーサイトの街まで出てくるものもの多い。
それゆえ夏休みのような長期休暇では各自が実家に帰ることがほとんど。しかも通っている生徒の大半が貴族家の子どもなのだから、むしろ帰らなければいけないくらいなのだ。
学院に通う年齢、つまりは十五から十八ともなれば貴族であれば縁談を行う時期。家のますますの発展のため、政略結婚の駒として見合いや社交界などに積極的に参加していかなければならないのだ。
それゆえそんな生徒たちの夏休みは、胡散臭い大人の事情に塗れた時間を過ごさなければならないのだが、それが貴族の常識である以上、子どもたちもそれを常識と思っているため特に何を言うでもなく実家へと帰っていくのだ。
「そんなわけで俺たちも実家に一度顔を出さないといけないんだわ」
「すごく気が進まないよ……。レイン君が納めてくれたとはいえ、マッケロイ家と対立しちゃったし……。お父さんに何を言われるか……」
「その代わりフリューゲル家と縁ができたって言ってやりなさい。パメラをぞんざいに扱ったらフリューゲル家が黙っていないってね」
リカルドがあまり気の乗らないと言った感じでそうレインに説明すると、パメラがそれを超えてげんなりした様子でそうぼやく。
確かに一学期も始まって間もなく起きたドリント・マッケロイという勘違いしたバカに絡まれたパメラはレインの助けとシャーロットの仲裁によりことなきを得ている。
実際問題、マッケロイ伯爵家と仲が拗れたことは事実であるが、それ以上に国内有数の貴族であるシャーロットと縁ができ、表沙汰にはできないが五芒星の魔術師であるレイン、同じくシルフィと懇意にしているのだ。レインのことを言えないにしても、シャーロットとの仲だけでお釣りが来るほどだ。
「友達をそんなことに使うのも気が引けるんだけど……」
「別に気にすることないわ。貴族の力なんてこんな時にしか使うことなんてないんだから気にせず使えばいいのよ!私の名前でパメラが助かるならそれに越したことはないもの!!」
そう言い切ったシャーロットにパメラは困ったような笑顔を見せるが、内心で喜んでいるのは誰の目にも明らかなので特段余計な口を挟むつもりは誰にもなかった。
「私も流石に今回は戻らないと不味そうです。王家からの手紙の件もそうですけど、どうも私のことを聞いた人たちから陳情が届いているようなので」
そう言ったセリアだが、その顔は満更でもなさそうだった。
セリアが呼び戻された理由は大きく二つ。一つはいうまでもなく先日の湿地帯の戦いによりアーリヒとの婚約破棄になったことと、裏での根回しにより婚約の延期が正式にフォライト家に通達された件だ。
これについてはセリアもよくわかっていないため説明などできるはずもないので主たる理由はもう一つだ。
セリアが抜群の実力を持った魔建師であることが先日の戦いで知られることとなったのだが、その実力を当てにしたものが多数いるということだ。
魔建師の魔術の特徴は、打ち立てた砦が戦いが終わった後もそこに残ると言うことだ。
そもそも魔建師の建てる砦はある種の錬金術に近く、そこにある物質を利用して他の物質を作ると言うことだ。無から有を作り出すのではなく、例えば鉄と言う材料をもとに魔力を接着剤がわりに砦を建てている。
魔力は材料と混ざり合い砦の材料へと変質しているので術者がいなくなってもそこに残り続ける。故に砦が消えることはないのだ。
先日の湿地帯でセリアが築いた巨大な砦は、未だ魔物が住み着いている湿地帯に対する鉄壁の要塞としてエジャノック伯爵が利用することになっている。
もちろん使用料はセリアに納められることが決まっているが、それでもこれまでの防衛費に比べれば砦の使用料など安いもの。となれば他の領地に同じような危険な場所を持つ貴族たちが反応しないはずがないのだ。
あれから数日のうちにセリアの実家であるフォライト家には、是非我が領地に砦をと言う問い合わせが殺到。それを利用しようとしているのがフォライト家だ。
湿地帯の砦はセリアが独自に建て、その利権をナイツ教授が認めているため無理だが、フォライト家がセリアを斡旋し、他の貴族の領地で砦を建設させればその使用料は必然、フォライト家のものとなる。
セリアがあくまでフォライト家の人間で、フォライト家に頼まれた依頼であると考えれば当然のことなのだが、そのせいでこの先のセリアの夏休みが露と消えるのはあまりに忍びない。
「心配しなくてもそっちも私が手を打ってあるわ。全部は無理だけど、使用料の半分はセリアに入るようにしてあるから大丈夫よ」
先ほどのパメラ同様、セリアの不安に答えるのもシャーロットだった。
現在聖王国内には優秀な魔建師はおらず、砦の建設などは時間がかかる。そのため一度このような事態になれば、その者に依頼が殺到するなど目に見えていたのだ。
それが他人ならともかく、シャーロットにとっては自らの命をかけてまで助けた仲間の一大事だ。当然、何かしらの手を打とうとは思っていた。
「何から何まですみません」
「いいのよ。それに私だけじゃここまでうまくは行ってないからね。どっちかって言うとどこかの誰かの鶴の一声の方がよっぽど効果あったみたいよ?」
そう言って横でリカルドと談笑をしているレインに視線を向けたシャーロット。レインはもちろんそれに気づくが、特になんの反応を示すこともなくリカルドと話し続けている。
シャーロットの言うとおり、やはり他人の家のことに対し公爵家の権限だけでは意見を通すのが厳しい。よくて今回の件も利権の二割ほどがセリアに入るのが関の山だったのだ。
しかしそれを何よりよく思わなかったのがレインだ。貴族である者なら家の事情や利権など、納得は行かなくとも心の奥に仕舞い込むことができるのだが、そんな世界など全く知らないレインにはそれが納得できない。
砦を建てるのがセリアである以上、その権利の全てはセリアに帰属して然るべき。それがレインの考え方なのだ。
故に最初にシャーロットにその質問をされ激怒したレインは、シャーロットの制止を振り切り、とある人のところでこの意見をぶちまけた。もちろんレインとしてはただの交渉のつもりであったが、相手がどう感じたかはお察しだ。
その交渉、もとい脅しのおかげで利権の件は五割と言うことで最終調整がなされることとなったのだ。
「皆さん。本当にありがとうございます」
細かい事情は知らなくとも、レインという国家の最大戦力が関わっていることだけはわかったからこそ、セリアはそれ以上には何も言うことなくお礼を言うに留めたのだ。
「それじゃ、夏休みが終わったらまた会いましょ」
一通り互いの夏休みの予定を言い合った後、シャーロットの一声で五人はそれぞれの帰路につく。
次に会うのは二学期が始まる直前。きっとこの夏休みで全員がさらなる成長を遂げるのだろう、レインはそう期待して寮の自室へと向かって歩く。
シャーロットを始めとした貴族は、何度も言うがこの夏休みに何かしらの予定がある。故に四人とも実家へと帰っていったのだがレインはそうではない。
元から平民である上に、実家と呼べるものはすでに無くなってしまっている。ここに来るまでに住んでいたリーツの街に戻ってもいいのだが、たかだか長期休暇くらいで戻るのも何か違う気がする。
あの街を出るときに、次に戻るのは学院を卒業したときと言ってしまったのだがら、一学期程度で戻ってはどうにも気恥ずかしい。そんな思いがあったからこそ、レインはこの夏休みはフォーサイトで過ごすことを決めたのだ。
それにやる事はしっかりある。レインはこの学院に来る前はハンターとして生計を立てていたのだ。しかもリーツを出る直前には銀級になっている。
もちろんこのフォーサイトにもハンターギルドはあり、依頼を受ける事は可能なのだ。ならばこの夏休みは久しぶりにハンターとして過ごせばいい。
レインはそう思い、この夏休みの構想を頭に描く。
有意義な休みにしよう。そう思うレインの思惑とは別のところで、別の思惑が動いていることをレインはまだ知らない。
そしてこのフォーサイトに、レインに関わる人物がやってこようとしていることも、やはりまだ知らないのだった。




