第81話 詰め寄られる
第81話〜詰め寄られる〜
「それなんだがな。そこは調べてもどうしても教えてもらえなかったんだよ」
「どういうことよ?」
「どうにも国の上層部で情報が隠蔽されているらしい。表向きにはスタンピードが発生し、それをルミエール魔術学院が押し止めた。そんな端的な情報しか表には出てないんだ」
確かに事実としては間違っていないし、そこに嘘は何もない。だからと言ってそれが全てというわけではもちろんない。
そもそも今回の試験は湿地帯の異常から起因するものであり、スタンピードがその結果であることは誰にでも予想がつく。少なくとも試験に参加していた生徒は俺を知っているわけなのだから、それで納得するとは思えない。
「それは何か知られちゃまずいことがあるって言ってるようなものだよね?」
「ですよね。少しでも事情を知ってればおかしいことくらい誰でも気付きます」
確かにパメラとセリアの言う通りで、実際にその説明に納得のいかなかった貴族が国の上層部に掛け合ったと言う話もリカルドは聞いている。
だが当然といえば当然なのだが、国が秘匿すると決めた以上それが簡単に公開されるわけがない。結果的にその貴族も情報を聞くことができなかったばかりか、それ以上しつこいと処分をすると暗に言われてしまえば引き下がるしかなかったのだと言う。
「横暴もいいところね」
「まぁな。だが裏を返せばそれだけ重大な話だって見方もできる。誰にでも話していい内容じゃないってことなんだろ。ただ流石に公爵家であるフリューゲル家には情報が来てるんじゃないか?」
「かもしれないわね。ただお父様がそれを私に教えてくれるかは疑問だけどね」
「家には情報も来てない気がします」
「多分家もそうかな。下級貴族は肩身が狭いね」
歯がみをするシャーロットと、自分たちの家の身分の低さをこんなところでも実感するセリアとパメラ。
しかしそれも次のリカルドの一言ですぐに雰囲気が一変することとなった。
「だけど俺たちにはことの真相を知る手段があるのを忘れたのか?」
気落ちする三人にリカルドはどこか悪戯めいた表情でそう告げる。その真意をはかる三人だったが、同時に開いた病室の扉から入ってきた者を見て、リカルドの言葉の意味に気づく。
「全員目が覚めたみたいだな」
扉から入ってきたのはパーティーメンバーの最後の一人。この場で最も事情を知るであろうレインが安堵した顔で部屋に入ってきたのだった。
◇
「一応最初に言っておくが、これは国機密事項だ。外部に漏らせばそれなりの処分があることは忘れるなよ?」
湿地帯での防衛戦から三日が経ち、当座のことにはレインとしては目処がついたため友人たちが療養している病院を訪れたのだが、部屋に入った途端に目覚めたらしい全員から視線を一点に感じたレインは思わず困惑しながらそう言った。
部屋に入る前に聞こえてきた会話によると、スタンピードの原因について話していたらしいことからレインはそう言ったのだが、どうやらそうではないらしいと言うことがシャーロットの言葉でわかる。
「それもそうなんだけどその前にいうことがあるんじゃないかしら?」
「順序立てようと思っていたのに訴えかけるような視線を向けたのはそっちだろう?その前の会話からしてそう考えるのが自然だからな」
「あら、レインは部屋の中の会話を盗み聞きしてたのね」
「悪いが俺の聴覚は人よりもいいんだ。聞こうと思わなくても聞こえてきたものは仕方がない」
何やら意味もなく険悪な雰囲気を出していく二人だったが、それをセリアがおろおろとしながら止めに入る。
「あ、あのレインさん!お怪我とかはありませんか?」
「ん、ああ。俺は大丈夫だ。それよりもセリアはどうだ?シルフィから聞いたが、砦を維持するどころか凄まじい砦を作っていたそうじゃないか。シルフィもあんな大きいのは見たことがないって驚いてたぞ」
「わ、私はただ必死で……。なんとか魔物を止めようとした他だけで……」
「そう思っても普通は止められないのがスタンピードだ。だがセリアはそれを成した。短期間だけしか見てやれてないが、もう俺から何かをいうことはない。セリアは魔建師として十分に一人前だ。今回の戦いでの最大の功労者はセリアで間違いない」
「でも私、何もできなくて……。シャーロットさんに守ってもらって、パメラさんに補助もしてもらってやっとで……」
レインからのこれ以上ない賛辞に謙遜をするセリアだが、それを押しとどめるのは他でもないシャーロットだ。
「何言ってるのよ。私は自分の体を盾にしないと守れないからそうしただけよ。あの場で私が生き残るよりもセリアが生きたほうが勝算が高い。だからああしただけのことよ?それにもし私にもっと力があればあの大蛇を簡単にあしらえたはずだからね。だから誇りなさい。セリアが一番の活躍をしたのは間違いないわ」
シャーロットからのさらなる称賛の言葉に、パメラとリカルドに助けを求めるセリアだったが、同じように無言で頷かれて仕舞えばもうセリアに逃げ道はない。
「ありがとう……ございます……」
消え入るような声でそうお礼を言ったセリアに対し、四人は優しい目でセリアをもう一度褒め称えたのだった。
◇
「それじゃあまずは湿地帯での事件の原因から話すか」
セリアを一通り褒めたレインは徐にそう言葉を発する。それに全員が表情を固くしたが、レインは特に気にすることなくs説明を始めていった。
レイン自身もシルフィから聞いたことが大半ではあるが、今回の一連の事件が全て帝国の陰謀であり、ずっと前から用意周到に進められていたこと。先日のランデルの件もその一連の事件の一つであり、これから先さらに帝国が攻勢を強めてくる可能性があること。湿地帯でのスタンピードの原因が復活した龍であったことなど、一つ一つ丁寧に話していたため、全てを話し終わる頃にはゆうに一時間は経過していた。
全てを話したレインだが、一つだけ伏せたことがある。それは帝国の真の目的がアンフェール島にある星の龍穴であろうということだ。
現状でも割と国の機密事項を話しているのだが、龍穴はそれ以上の機密事項だ。故に軽々しく話すわけにはいかないし、何よりレインには気になることがあったのだ。だから今回はそれについては伏せることにしたのだが、それでも四人には衝撃の事実であったのは間違いなく、各々が激しい衝撃を受けていた。
「帝国……、また戦争が起こるのかしら……」
「可能性は高いだろうな。何せ帝国は第二次魔道大戦に負けて他国に多額の賠償を迫られたらしい。それを取り戻すだけでも意味はあるだろうからな」
「ランデル君、そんなことに巻き込まれてたんですね」
シャーロットとリカルドが今後の帝国との展開に憂慮し、セリアは元パーティーメンバーだったランデルに思いを馳せる。
しかし、そんな中でパメラだけは別のところに衝撃を受けたらしい。レインのことをじっと見つめたパメラは恐る恐ると言った様子で口を開く。
「どれも衝撃だけど、湿地帯に龍がいたっていうのが私としてはすごい衝撃なんだけど。その龍ってどうしたの?」
そう、龍といえばまさに厄災とも言えるような存在だ。
ほとんど伝説上の生き物であり、書物に記された記録ではそれを討伐するために戦争中の国々が手を結んだとさえ言われている。まさにこの世界の最強生物。それが湿地帯にいたというのだから、気になるのも当然のことだ。
だから聞いたのだが、この後パメラはさらなる衝撃を受けることとなる。
「ああ、あの龍なら……」
『私がその龍だ』
言いかけたレインの背中から飛び出した謎の影。それはレインの頭の上に着地すると、あろうことか自己紹介を始めたのだ。
『一応暗黒龍と呼ばれていたファフニールだ。こんな形だがよろしくお願いする。主の友人たちよ』
龍の挨拶という珍事に対し、パメラはもちろんのこと他の話題に興じていた三人もまた同時に目をまん丸にして口を半開きにして驚きを表すのだった。
 




