第80話 病室にて
第80話〜病室にて〜
セリアが目覚めたのは全てが終わってから三日が経った後だった。
真っ白な部屋で目覚めた時、もしかして自分は死んでしまったのではと思ったが、周りにいくつもベッドがあるのを見てすぐにここが病院であることを理解する。
それと同時に思い出すのは大量の魔物によるスタンピードと自分を守りその身を真っ赤に染めた大切な友人のこと。それを思い出してしまえばいても経ってもいられず、ベッドから立ち上がろうとしたが体にうまく力が入らずよろけてしまった。
「まだ寝とけよ。魔力が枯渇してた上に生命力まで使ってたんだ。しばらくは絶対安静が必要だって治癒師たちが言ってたぞ?」
倒れかけたセリアを支えてくれたのは、パーティーの仲間の一人であるリカルドだった。
「そんなに心配しなくても全員ちゃんと生きてるよ。隣見てみろ」
セリアの体をゆっくりとベッドに横たえながら、リカルドはセリアに横を見るように促す。
その言葉に従い隣のベッドを見てみれば、薄青の髪をした少女、命の恩人であるシャーロットが規則正しい呼吸をしながら眠っていた。
さらに逆の隣には、トレードマークのサイドテールを解いたパメラもまた同じように眠っている。
「誰かが目覚めた時に一人でもかけてると騒ぐと思ったからな、ファスタリル教授に頼んで同室にしてもらったんだよ」
そう言って薄い笑みを浮かべるリカルドもまた体のあちこちに包帯が巻かれ、怪我をしていることは明白。それでもセリアたちを心配し見舞いに来てくれたのだろう。
「良かった……」
皆が無事であることを知り、一気に安堵が押し寄せてくる。戦っているときは無我夢中で、シャーロットが自分を守り倒れたときにはただ必死で、こんなにいろんなことを冷静に考えられるようになったのは随分と久しぶりな気がするとセリアは思う。
ゆっくりと起き上がりシャーロットのベッドに近づき、今はまだ眠りの中にいるシャーロットに向けて頭を下げた。
「ありがとう、ございました」
パメラにも同様のことをしたセリアは、自分のベッドに戻ると同時、自分の目から涙がでていることに気づく。
「あれ……」
「心配すんなよ。戦いは終わったんだ。セリアのおかげで俺たちは今もこうして生きていられてるんだ」
ぶっきらぼうだが、確かな気持ちのこもったリカルドの言葉。それを聞いたセリアは、本当に戦いが終わったのだと言う実感を確かに感じ、さらに大粒の涙を溢すのだった。
◇
湿地帯で起こったスタンピードからの防衛戦。
その被害が凄まじいものであったと言うことを涙が止まったセリアはリカルドから聞くこととなった。
「戦いに参加した生徒の実に半数近くが死亡。怪我人は軽微なものも合わせればほとんど全員。防衛線に参加しなかった奴らは漏れなく自主退学。一学期だけで一年生が半分以下に減っちまうのは流石に前代未聞だとさ」
砦の上から見ていた光景はまさに地獄そのもので、魔物にやられていく同級生がいたことももちろん知っていた。ただあの時は思考が麻痺していたせいで何も思わなかったが、改めて聞かされれるといかに酷い戦いだったのかを実感することになる。
「死んだ生徒の親はたまらないだろうな。学院に乗り込んできてた貴族もいたが、全部追い返されてたよ。学院としては戦いに参加するか否かは、本人たちの意思に任せた結果だって言ってな」
それはナイツ教授がスタンピードが来る前に生徒たちに言ったことに他ならない。
命を取るか合格を取るか。
実際に自分で運命を選択する機会はあった上に、もしあそこで戦わなければ国がどうなっていたかもわからない。学院の言い分は世論を納得させるに十分であり、子を失った貴族たちはそれ以上に何も言うことができなかったのだ。
ここまでを見越してナイツ教授は強制参加にしなかったのかもしれないが、だとしたらやはり東の塔の教授はさすがと言うことになるが、その辺りの真偽はリカルドにもわからない。
「聖王国側は防衛線のおかげで守れたが、ヘルメス王国側はやばいことになったらしい」
戦いの後のことを話すリカルドの言葉はさらに続く。
スタンピードとは言ってしまえば魔物の暴走だ。そして今回の瑣末は、湿地帯にいた魔物がなんらかの理由により一斉に湿地帯の外へと出てしまったがために起こったもの。
湿地帯に隣接している国はハルバス聖王国だけではなくヘルメス王国もある以上、当然だが魔物はそちらへも向かっていたことは想像に難くない。
そして聖王国と違い防衛線を築いていなかったヘルメス王国では、夥しい被害が出たとのことだ。
「俺もとある筋から聞いたんだがな、ヘルメス王国の中で湿地帯を治めてたのはクノッフェン辺境伯っていうらしいんだが、その領地はほとんどが壊滅状態。そこに隣接している領地も軒並み被害を被ったんだそうだ」
「そんなに、なんですか?」
「ああ、ヘルメス王国の被害は甚大。国力の低下は免れないだろうって話だ。下手すると隣国あたりがこれを機に戦争を吹っかけてくる可能性もあり得るかもしれないそうだ」
一つのスタンピードがきっかけで、さらなる連鎖を起こして争いが激化する。その様子を想像したセリアは思わず体が震えるのを感じてしまった。
争いとは、一見当事者同士の問題に見えるが蓋を開ければ周りに飛び火することが非常に多い。今回は国同士の争いなどではなかったが、結果的には関係ない周囲の国への飛び火をするかもしれない事案なのだ。
「あの、スタンピードの原因は分かったんですか?」
だからこそセリアは聞いた。自分たちが必死に押し止めた魔物の暴走。そしてたくさんの人が死に、大切な仲間が傷ついた戦い。
一体その原因はなんだったのか。眠っている間に判明したであろうその理由をどうしても知りたくて、セリアはリカルドに聞いた。
「私もぜひ知りたいわね」
「できたら私も」
セリアの問いに呼応するかのように、さらに二つの声が左右から響く。
「シャーロットさん!?それにパメラさんも目が覚めたんですね!?」
「ええ、おかげさまでね。せっかく眠ってるのにすぐ側で辛気臭い話されたら誰でも起きるわよ。ねぇ、パメラ?」
「いや、私は普通に起きただけというか。もともとこの中では一番ダメージも少なかったからただ寝てただけというか」
「何よ。ノリが悪いわね。こういう時は私に合わせておくほうがセリアが焦って面白いじゃないの」
起きて早々姦しい二人に対し、リカルドは呆れ顔を浮かべ、そしてセリアは少しの間呆気にとられながらも我に帰った次の瞬間にはシャーロットに飛びついていた。
「ちょっ、セリア?!」
これには流石のシャーロットも驚きを隠せなかったようだが、自分の胸に顔を埋め泣いているセリアを見れば流石に引き剥がすような野暮なことができるはずもない。
「よかったです……生きててくれて……」
「当たり前でしょう。私が死ぬわけないじゃない」
「はい……はい……」
泣きながら頷くセリアの背中をシャーロットは優しく撫でる。それを見るパメラも少しだけもらい泣きをしつつも表情は非常に嬉しそうだった。
「それでリカルド。原因はなんだったのよ」
少しだけそんな静かな雰囲気が流れた部屋だったが、セリアが落ち着いたのを見計らいシャーロットが先ほどの話題の続きをリカルドに聞く。
やはり先の戦いに参加した者として、今回の不可解なスタンピードについての原因は気になるものなのだ。実際シャーロットはもとよりセリアもパメラも死にかけたわけだし、リカルドだって怪我こそ軽いものの死線を潜っている。気にならないほうがおかしく、少しでもそれを知りたかったのだがリカルドからの返答はあまり歯切れの良いものではなかったのだった。
 




