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第73話 打ち建てた砦の防衛線

第73話〜打ち建てた砦の防衛線〜


 すでに防衛線は崩壊した。未だ戦っている者もいるが、それでも大部分はすでに逃げ出したか負傷、もしくは死亡し最初に構築されていた防衛線などどこにもない。


 つい数分前にはそれまで耐えることなく支援魔術をかけ続けてくれていたパメラも、魔力が枯渇し背後で倒れている。このまま放っておけば命まで危険が及ぶことはわかっているが、今のセリアにはそれをどうにかすることなど出来はしない。


「東、第二百十九ブロックを修復!西、第三百四部ロックを拡充!さらに中央を五メートル上方に建造!!」


 防衛線が崩壊した以上、スタンピードを止めることのできる最後の手立てはこの砦のみ。多数の魔物が今はまだ砦による阻まれ前進で来ていないが、もしセリアが砦の維持をやめてしまえば砦に群がっている多数の魔物が背後のエジャノック領に向けて放たれる事となってしまう。


 それはつまり、多数の犠牲者が出るということに他ならない。お世辞でもなんでもなく、今この防衛線の生命線は自分自身だということをセリアは正しく認識していた。


「っ……!?東側にリソースを追加!!絶対に破らせないで!!」


 魔物の軍勢がどうやら東側に流れ、砦の崩壊が始まっていることが砦とつながっているセリアの脳内に送られてくる。


 崩されるわけにはいかない。


 その思いのでそちらに意識を飛ばしてしまえば、今度は逆に西側が疎かになり危険な状況となる。


「西側も修復を!!」


 だが当然セリアの思考が一つである以上、二箇所で起こることを一気に対応することなど不可能。どうしてもタイムラグができてしまい、そこから被害がさらに広がっていく。


 このままではジリ貧。今はまだギリギリ持ち堪えているが、あとい一時間もしないうちに砦も崩壊する。それがわかっていながら何もできない自分が歯痒かった。


 セリアの目には見えていた。すでにスタンピードは終わりが近づいており、湿地帯から新たに現れる魔物の数は目に見えて減っている。今砦に群がっている魔物さえどうにかできるなら、この防衛線の勝ちはすぐそこなのだ。


 だがそれができない。すでにセリアはいっぱいいっぱいで、砦を攻撃に変えるようなリソースは残っていない。ただ耐えるのみが精一杯で、最初のように魔物を倒すことができていないのだ。


 だがそれはむしろ当然のことと言えた。というよりも、今セリアがしていることを他の魔術師が見ればどれだけ驚くことだろうか。


 魔建師は確かに砦をたて防衛の要となるのだが、通常リアルタイムで砦を拡張することはしない。砦を拡張するためには当然魔力を消費するし、何よりも魔建師のリソースを大いに使うことになるからだ。


 リソースとはつまり魔術回路と魔建師の頭の容量のことだ。打ち建てた砦を管理するのは魔建師の脳であり、それを修復するのは魔術回路なのだ。


 ということはそれだけ砦が大きくなれば、処理するリソースが増えることを意味するということだ。故に魔建師は必ず自らが無理なく処理できるサイズの砦を打ち建てることしかしない。もし己の容量を超える砦を建ててしまえば、魔力が尽きるどころか最悪処理が追いつかなくなり、脳が焼き切れてしまう可能性すらある。


「全体をさらに拡張!!砦は絶対に破らせません!!」


 だからこそ、際限なく砦を拡張していくセリアのその光景はあまりにも異常なのだ。


 どこまでも左右に広がる砦はすでに最初に構築した防衛線の倍になっており、今やこの防衛線をセリア一人で持たせていると言っても過言ではない。


 壊されては修復し、突破されそうになればさらに拡張する。およそ通常の魔建師では考えられないことをしているセリアはすでに魔術回路は疎か、脳にも多大な負荷がかかっていた。


 鼻や口、果てには目からも血が噴き出ており、このままではこの戦いに勝ったところで廃人となってしまうのは明らか。それでもセリアは砦を維持することをやめることはない。


 回復する当てのない魔力を補うため、生命力を魔力の代用としてでも砦を維持し続ける。回復薬も尽きた。パメラからの支援魔術ももうない。これまで戦い続けていた前線の人たちはもう数えるほどしか残っていない。


「それでも私は諦めない!!」


 高らかに叫んだ声は、魔物の唸り声で埋め尽くされた戦場にこだまする。


 誰も聞いていることのないその声だが、それでも自らの叫びは確かにセリアの心を鼓舞していた。


 諦めない理由は大層なことじゃない。別に過去に取り立てて何かがあったわけでもなければ泣けるようなストーリーがあるわけでもない。少しだけ家庭でのいざこざや貴族につきものである望まない婚約みたいなことはあるが、それでも自分のこれまでの人生は他者からそこまで違った者ではないと思っている。


 それでも自身の魔建師というスタイルから、あまり必要とされていないという思いがセリアの中にあったことは事実。それ故ランデルに誘ってもらえた時は嬉しかったのだが、そのパーティーがああなってしまいセリアとしてはこれ以上にないほど落ち込んでいたのだ。


 だけどそんな自分を受け入れてくれた人たちがいた。望まない婚約が目の前に迫り途方に暮れていた中庭で声をかけてくれてたパメラ。突然パーティーに入りたいと言ってきた私をすぐに受け入れてくれたリカルドとシャーロット。そして、私を魔術師として一段上のステージへと押し上げてくれたレイン。


 みんながいたから今の私があって、そしてそんな皆に文字通り最後の砦を託されたのだ。これでもしみんなが私を囮にでもして逃げたというのであれば話は違うが、そうではない。


 今もパーティー全員が必死に戦い、この防衛線を持たせようと最善の努力をしているのだ。


 ならここで諦めていい理由はどこにもない。たとえここで終わることになろうとも、それが魔術師としてここに立つ自分の責任だと思うから。


 仲間との絆を胸に砦の維持と拡張を続けるセリアは限界を超えても尚、魔力を注ぎ魔物に拮抗する。その鬼気迫る思いは砦へと伝搬し、魔物を少しでも怯ませるには十分すぎる効果を与えていた。


 その様子に残り少なくなった戦う者達の士気も上がり、さらに湿地帯からの魔物の追加もなくなってきたことに気づき始めたこともあって少しずつではあるが魔物もその数を減らしていっていた。


 このままいけばいけるかもしれない。誰の目にも勝利の光景と希望がリアルに映り始めていっていた時だった。湿地帯から現れたのは一体の巨大な魔物。長い体をくねらせ上体を持ち上げる姿、それはまさに大蛇。


 最初にそれを確認したものは数瞬前に感じていた希望を絶望へと反転させ、これまでの勇敢さをかなぐり捨て一気に逃走。他の者も同様で逃走するかその場で膝を折ってしまう。


 それほどにこの極限状態において、その大蛇の出現は絶望的なものだった。


 そして大蛇は何も現れただけで終わるわけがない。現れたということは、この大蛇もスタンピードの一部であるのだから、その目的はこれまでの魔物と同じ。


 湿地帯から見える巨大な砦を一瞥した大蛇は、一度その上体を後ろに反らせたかと思うと、戻る反動で一気に砦へと突撃をかけた。


 その光景は砦からも見えており、セリアは流石にあの巨体が正面から砦に突撃してしまえばまずいということを正確に理解する。


 このまま受け止めてもいきなり崩壊するということはないが、それでもぶつかられたところのかなりの部分を砦は損傷するだろう。


 光明が見えた今、ここで砦が崩壊することは文字通りこの防衛線の崩壊を意味している。


「一時的に砦のリソースを正面に集中!!最大の防御であれを迎え撃つ!!」


 それを誰よりも理解しているからこそセリアは大蛇の突撃してくる場所の防御をより厚くした。


 だがセリアの思惑をも大蛇は易々と超えていく。


 無数の魔物をなぎ倒しながら砦へと一気に距離を詰めていく大蛇が一際分厚くなった砦と激突する直前、その進路を急激に変え、あろうことか砦の上にいるセリアに直接の攻撃を仕掛けてきたのだ。


 無論、これまでもセリアへの攻撃がなかったわけではないが、基本的にスタンピードにより動く魔物は本能に支配されるため視界に入った者以外は襲わない傾向にある。


 だからこそこれまで砦の上にいるセリアが襲われることは少なかったのだが、この大蛇は明確な意志で以て全ての要であるセリアに対し攻撃を仕掛けてきたのだ。


 気づいた時には全てが手遅れ。眼前に迫る大蛇の牙から逃れる術はセリアにはない。加えてここで逃げられたとしても、後で倒れているパメラを見捨てることなどできるはずもない。それに逃げてしまえば砦はもう維持できないのだ。


 逃げることもできないし、防ぐこともできない。どうしようもないという思いに頭が真っ白になる。


「やらせないわよ!!」


 そんな終わりすら覚悟したセリアの前で広がったのは真っ赤に散る鮮血。そして爆発的に広がる氷の華。


 それまでのスピードを全て受け止めた大量の氷の上にいたのは、大蛇の牙をセリアの代わりに受け血を流すシャーロットだった。


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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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