第71話 最後の一人になってでも
第71話〜最後の一人になってでも〜
湿地帯の最奥でレインとファフニールの決着がついた頃、防衛線での戦いも佳境を迎えていた。
「負傷者は下がって!!戦える人は少しでも魔物を減らすのよ!!」
すでに防衛線はその役割を果たす状態には程遠く、時間とともに増えていく死傷者のせいですでに崩壊したと言ってもいいだろう。それでもなお防衛線が突破されていないのは、少数でもなんとか魔物を減らそうとする者たちの奮闘と、不動の砦がそこにそびえ立っているからだ。
戦場にはすでに数えきれない負傷者がおり、治療魔術の使い手の魔力も枯渇した。当然回復薬の在庫などはとっくに底をついており、今戦えているのは純粋にその者たちの気力のみであった。
自力で下がれない負傷者はその場で魔物に殺されるのを待つことしかできず、戦うその足元には途中で力尽きた生徒や教師の死体が横たわっているs。
負傷者が回復することもないのだから、もはや援軍がくることはない。ここから先はただこちらの人数が減っていくのみの消耗戦。戦う者たちの中には、すでに心が折れているものも少なくはなかった。
「戦う気がない人は下がって!!死なれてその辺りに転がられる方が迷惑だわ!!」
しかし、そんな絶望的な状況であっても気を吐く者も確かにいた。
細剣を振り下ろし魔物を屠るシャーロットはすぐ横でうなだれていた同じA組の生徒にそう怒鳴りつける。そんな言葉を受けた生徒は少しの思案の後、後ろを振り返ることなく戦場から逃げ去っていく。
そんな後ろ姿に目をくれることなく、シャーロットは左右から挟撃してきた魔物を一刀の元に切り捨てた。
シャーロットとてすでに魔力は枯渇寸前であり、今は必要最小限の魔術を駆使してなんとか戦っている状況だ。少しでも体力を節約するために、向かってくる相手の力を利用して魔物を斬り伏せ、どうしようもない時のみ魔術を使用し身を守る。魔術も氷魔術を最小限に展開し、例えば魔物の進路のごく一部を凍らせ足場を奪うなどの最低限の運用をしていた。
動けないほどの怪我はないが、最前線で戦い続けるシャーロットの体はすでに傷だらけ。出血もそれなりにしており、このままでは魔力が枯渇するか出血で倒れるかのどちらかになることは目に見えている。
それでもシャーロットが諦めずに戦い続けるのは、背後にある砦がどれだけの魔物の攻撃を受けても全く崩壊する気配がないからだ。
すでに崩壊した防衛線を抜けて、湿地帯から溢れ出た魔物は砦を突破しようと多数が襲いかかっている。もちろんシャーロット含め、未だ戦える者でなんとか魔物を倒してはいるが、それでも砦に殺到する魔物が減ることはない。
その光景を見た時、流石のシャーロットも一度は心が折れ掛けた。だが砦はどれだけの魔物に襲い掛かられようが、一向に崩れる気配を見せないのだ。
崩れた先からすぐに修復され、それどころか左右にどんどんその大きさを増していく。時には砦の壁が杭のように変化し、突っ込んでくる魔物を撃退したりもしているのだ。
その様子を見たからこそ、シャーロットは折れかけた心をつなぎ止めることができた。
砦が崩壊しないということはつまり、今もあの上ではセリアが一人奮起しているということに他ならない。無論、隣にいるパメラの支援魔術を受けていることに違いないはないが、それでもここまでの砦を見ればセリアが限界をとうに超えているなどということは簡単に予測できた。
本来なら砦を維持すればいいだけ、それだけでもこの量の魔物を考えれば十分に賞賛される行為だ。だがセリアは今、それ以上のことをしてこの防衛線を支える文字通り最後の砦となっている。ほとんど放棄してしまった本来の防衛線の代わりに、なんとか魔物を押し留めようと孤独な戦いを続けているのだ。
「なら私がここで諦めるわけにはいかないじゃない」
「同感だな。少しでもセリアの負担を減らしてやらないといけない」
言葉と同時、シャーロットの背後から襲い掛かろうとしていた魔物の頭部に一本の矢が突き刺さる。その間にシャーロットは前方の魔物を次々と切り裂いていくのだが、その間にも背後の魔物はその全てが正確無比な矢の一撃で絶命していっていた。
「櫓はどうしたのよ?」
「そんなものとうの昔に壊れたな。だからこっからは前衛として戦うんだよ」
「あら、遠距離が主体の魔弓師さんが前衛で戦えるのかしら?」
「舐めるなよ。腐っても俺はアーチス家の人間だ。弓だろうがなんだろうが、全ての射程で戦えるように訓練くらいは受けている」
そう言うといつの間にかシャーロットと背中あわせになったリカルドは、襲いくる魔物に対し弓を使わずに矢だけでその攻撃をいなし、さらにはカウンターで頭部へ的確に矢を突き刺して行ったのだ。
シャーロットとてリカルドが、いや、アーチス家がどれほど凄いかなどは知りすぎるほど知っている。王国内でもある意味有名なアーチス家だ。公爵家であるシャーロットが知らないはずはない。
「なら背中は任せてもいいのよね?」
だからこそシャーロットはリカルドにそう問いかける。
「無論だな。あの砦が崩れてない以上、撤退なんて言葉はあり得ない」
「そう、ね。なら戦いましょう。この体が尽きるまで!!」
そう言って魔物へ向かうシャーロットだが、今の言葉は勇ましいようではあったが、実際には諦めの言葉でもあった。
この体が尽きるまでと言うことは、つまりは死ぬ気で出し尽くすと言うことだ。それはもはやこの戦場に勝ち目がないからこその言葉であり、本人も無意識のうちにシャーロットは負けを覚悟していたのだ。
「そうだな!!湿地帯の奥でも戦いが終わったみたいだし、レインが帰ってくれば俺たちの勝ちだ!!」
しかし、リカルドのその言葉にシャーロットの無意識下での諦めはあっという間に霧散することとなる。
「レイン勝ったの!?」
「ああ、遠視で見えてた不穏な影が綺麗さっぱりなくなった。それにさっきから湿地帯からの追加の魔物が減ってきてるからな。そんな理由があるとすれば、レインが何かやった以外にないだろう!?」
そう言いながらも矢を放つ手を止めることはないリカルドと同様、シャーロットもまた細剣を振るう手を止めることはなくその言葉の意味を反芻する。
湿地帯の奥の異変が消えた。さらにはスタンピードも納まりつつある。それはつまり、自分たちの勝利が近づいてきているということに他ならない。
「さすがはレインね!!」
「だな!やる奴だとは思ってたが、噂通りの力ってわけだ!五芒星の魔術師ってやつは!!」
「ほんとよね!これが終わったらどういうことかちゃんと説明してもらいましょ!!」
明るい事実。希望の光が見えたことにより再び戦意を取り戻したシャーロットに加え、それをサポートするリカルドもまた仲間と共に戦うことで本来以上の力でもって魔物を倒していく。
砦は健在、スタンピードは収束に向かいつつある。すでに防衛線は崩壊し、こちらの被害も甚大なものとなっているがそれでも終わりが見えてきた。その事実に感情が高揚し再び戦えるようになった。
しかしそれが一つの油断へと変わるのが本物の戦場というものだ。
シャーロットの戦い方は何も悪くない。それまでと同じようになるべく多数の魔物に囲まれないようにしながら、リカルドに背を預けつつ正面の敵を倒していく。間に合わない時のみ魔術を駆使し、ギリギリの消耗線を行っていた。
だがそんな綱渡りのタイミングが高揚した戦意により少しだけ綻びを生じてしまう。
それまでの慎重さが攻めっ気に変わり、シャーロットの位置どりを半歩前進させてしまう。その半歩が命取りとなり、左右から挟撃してくる魔物の存在が死角になってしまったのだ。
「シャーロット!!」
それに気づいたリカルドが叫び、矢を放つがもう遅い。左右から遅いくる魔物の凶刃にシャーロットが気づいたのは、すでに回避も防御も不可能となってしまった時だったのだった。
 




