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第50話 新たな砦

第50話~新たな砦~


 防衛拠点に全ての生徒が配置されると、いよいよエジャノック伯爵の私兵やハンターたちが湿地帯の中へと進入していく。それを以て、実技試験が開始となった。


「ここに私は打ち建てる!魔鉄砦!!」


 各パーティーに与えられた防衛拠点の面積はおよそ五十メートル四方であり、五人のパーティーであれば一人が守る範囲は十メートル四方。それなりに広く思えるかもしれないが、魔術師にとっては守る範囲としてはそれほど広くはない。


 しかし不測の事態が起きればある程度ある余裕などは簡単に吹き飛ぶ可能性は高く、その不測の事態が起きるのが戦場というものだ。


 だからこそレインはセリアにまず最初に拠点に砦を建てる様に指示したのだが、その成果はレインの予想を超えるものだった。


「この短期間で材質を石から鉄に変えるか。流石だな、セリア」


「あ、ありがとうございます!レインさんのおかげで、回路の使用効率がすごく上がってなんとか鉄までコントロールできる様になったんです!」


 うまくいってよかったと、砦の上で胸を撫でおろしているセリアだったが、この結果は全てセリアの努力の賜物だ。


 レインがこの一週間で教えたのは今まで基礎をおざなりにしていたセリアに対、基礎を徹底させ、さらに回路の本来の使い方を教えただけだ。


 それを自分の中で消化し、しっかりと成果に結びつけたのは、偏にセリアが鍛錬を怠らなかったからだ。


 しかもそれはこれまでの人生でしっかりと魔建師というスタイルに向き合い、研鑽を続けていたという土台があったからこそ。


その結果がレイン達の目の前にそびえる高さ十メートルほどの鉄の砦だ。横幅は二十五メートルほどの大きさを誇り、その砦が防御拠点の中央に鎮座しているのだから、守る範囲はそれだけ狭くて済む。


 魔物といえど、ある程度の知性はある。ゆえに進む方向に障害物があればそれを避けて進もうとするのだ。ランダムに進む敵よりも進む方向が分かってる方が対処しやすいのは自明の理。


 セリアの打ち建てた砦は、拠点を強固にするだけでなく、防御という戦略を容易にする効果を持ち合わせている。


「それじゃあここからは作戦通りいくわよ!!」


「ああ、俺とパメラが砦の東側、シャーロットとリカルドが西側の防御だ。セリアは砦の上から全体の観察と支援を頼む」


「はい!わかりました!」


「よし、行くぞ!」


 短い言葉を交わした後、レインの号令で全員が持ち場へと移動する。すでに打ち合わせは何度もした。想定できるパターンはほとんど全て考えた。後はそれを実行するのみだ。


 所定の持ち場に移動しながら、レインは目の前に広がる湿地帯に目を向ける。この後、ほぼ間違いなく湿地帯から魔物がこちらへ多数向かってくることになる。それが試験なのだからそれはいいそれはいいが、懸念があるとするならやはりこの舞台の裏でうごめく怪しい影のこと。


「何もないのが一番だが、どうなるか」


 一抹の不安を抱えながら、実技試験がいよいよ始まったのだった。


 ◇


 湿地帯の広さは非常に広く、しかも隣国であるヘルメス王国と国境がその中にある以上、湿地帯の中の魔物の討伐と言えども政治的な介入は避けられない。


 湿地帯の内部が魔物宝庫ということもあり、国境線を明確にすることが出来ず、気づかずに踏み越えてしまうということもあるだろう。


 ハルバス聖王国側の魔物を駆逐しすぎてしまえば、危険を感じた魔物達がヘルメス王国側に移動し、被害をもたらしてしまう可能性もある。


そうなれば人的被害はもとより政治的な争いは必至。東側の大陸の中で随一の力を持つハルバス聖王国が相手であるため、それほどの騒動にはならないだろうが、それでも大陸内での揉め事は大陸の力を落とすことにもなる上に、今も虎視眈々と世界の覇権を狙っている西側の雄である帝国の介入を許すことにもなってしまうのだ。


 だからこそハルバス聖王国、その中でこの湿地帯を領内に持つエジャノック伯爵はこの作戦が決まってからこっち、その調整に追われていた。


 ヘルメス王国の湿地帯を管理する貴族、リーシャル辺境伯に何度も連絡を取り、向こう側にも同時に湿地帯の中の討伐をしてもらうように調節。さらには湿地帯の中で実際に討伐を行うハンターや私兵の選抜と報酬の用意。そしてルミエール魔術学院の試験という名目で構築させる防衛線の配置と学院側との協議。


 正直言って目が回る忙しさだった。だが、それも今日でひとまずは終わる。もちろん後処理などは多く残るのは事実だが、それでもこれまでの忙しさに比べれば、だいぶ楽になることは間違いない。


 湿地帯へと入っていく雇ったハンターや私兵の後姿を見ながら、エジャノック伯爵はそっとため息をついた。


 アリンツ・エジャノック。ハルバス聖王国の伯爵であり、いずれは辺境伯にまで昇りつめるであろうとかつては王都で有名だった男も年にてすでに六十を超えた。


 少し薄くなった毛髪は白いものが大半であり、これまで苦労してきたのだろう、顔には深い皺がいくつも刻まれている。


 昔の栄冠に縋っても仕方がないことは分かっているが、それでもやはり時折思い出してしまうことはあるのだ。


 第二次魔導大戦が終わった頃。それまでの王国への貢献が認められ、辺境伯位が与えらようとしていた際にエジャノックの伯爵に起こった悲劇。


『こんなことは前代未聞だぞ!!』


 烈火のごとく怒りに燃える国王の顔が忘れられず、数年たった今でも未だに夢に見るほどの失態。


 思い出すだけで背筋に冷たいものが走るのを感じたエジャノック伯爵は頭を振り、それをかき消した。


 とにかく今はこの湿地帯の問題を片付けることが先決。失墜した自分に対し、再びそれを挽回する機会がやってきたのだ。であるなら今できることはこの仕事を最大の成功でもって終えること。だからこそ寝る間を惜しみできうる最大の準備をしてきたのだから。


 雇える範囲で最高のハンターを雇い、私兵の練度も最大に高めた。隣国の辺境伯であるリーシャル家との連携も上々、不測の事態が起こらない限りは湿地帯の抱える問題、魔物の異常発生は片付くはずだ。


 もう一度軽くため息を吐いたエジャノック伯爵は、湿地帯の前に設けられた簡易的な天幕から湿地帯を眺め、そしてこなさなければならない執務に戻ろうとした。


「親父、少し話がある」


 エジャノック伯爵とそれを警護する近衛兵のみがいる天幕に現れそう告げたのは、誰であろう息子のアーリヒであった。


「後にしろ」


「頼む、少しだけでいいんだ」


 今は湿地帯を巡る作戦の最中であり、本来なら息子と言えど余計な問答をしているときではない。ゆえに話を後にするように言うエジャノック伯爵だったが、一向に引き下がる気配を見せないアーリヒに仕方がないと、何度目になるかわからないため息をつき近衛兵を天幕から外に出し人払いをする。


「手短に話せ」


 二人きりになった天幕の中。用件だけを聞き、手早くアーリヒを追い出そうと方針を転換したエジャノック伯爵は言葉少なくそう言った。


 まるで自分を見ようともしないエジャノック伯爵のその態度に、何かを言いたそうな表情を見せたアーリヒだったが、すぐに思い直したのかその表情を引っ込めてこちらも要件を切り出した。


「親父、俺も湿地帯の中に行かせてくれ」


「お前、一体何を……」


「頼む!俺も出来ることをしたいんだ!しっかり用意はしたし無理もしない!だから頼む!」


 そう言って頭を下げるアーリヒに、エジャノック伯爵はその真意を測ることが出来ず、アーリヒをただ見つめることしかできないのだった。



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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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