第49話 実技試験開始
第49話~実技試験開始~
実技試験が行われる七月の終わり。
この試験が終われば晴れて夏季休暇となるのだが、そこに辿り着くためにはこの試験に合格しなければならず、例年通りであるならば、おそらくこの試験で入学した新入生の内三分の一は退学になることだろう。
レイン達が所属するF組に関していえば、この試験で人数は半分ほどになるのが例年の流れだ。
「それで、みんなは夏休みはどうするのかしら?」
「今から退学をかけた試験だっていうのに、その先の話をするのはシャーロットくらいなものだよな」
「あら、私はこのパーティーなら問題ないと思うから言ってるのよ?リカルドは自信がないのかしら?」
「いちいち煽るなよ。前も言ったが俺はしっかり緊張する方なんだ」
試験の場所となるエジャノック領、その湿地帯の直前までは学院の用意した高速馬車により移動が行われる。もっとも、馬車を引く馬はおらず、見えない何かに引かれて動くこの乗り物を馬車というのかどうかは怪しいが、その内部は非常に快適なため特に文句を言うのはお門違いというものだ。
今の会話はその中でのシャーロットとリカルドのものであるのだが、この一学期の間にリカルドもシャーロットと問題なく話せるくらいには打ち解けたようだった。
「き、緊張する……」
「で、ですよね!わ、私もさっきから震えが止まらなくて……」
そう言いながら寄り添いあいながらお互いを宥めているのはパメラとセリアなのだが、こちらはこちらで感性や性格が似ているのか、シャーロットとリカルドとは違った意味で仲良くなっているようだった。
五人での初めての実践ではあるが、レインはそれほどの心配はしていなかった。
全員のレベルがすでにそれなりに高いことは最初から分かっているし、なにより四人はしっかり向上心を持っている。その上でこの一週間、全員が今自分にできることをやってきたのだ。
もちろん絶対ということはないが、この四人と一緒ならば大丈夫だと、レインは自信を持って言えるのだった。
だが一つだけ気がかりなことがあるとすれば、それは出がけに言われたシルフィの一言。
『ヘルメス王国でおかしな動きがあるみたいなの。気を付けてね』
魔闘祭予選からこっち、その事後処理と魔力炉暴走剤の経路の調査に忙しそうだったシルフィであるが、特にその後に話す時間もなく今日この日まできてからのこの言葉だ。
『どういう意味だ?』
『詳しいことはまた今度。レインなら何の問題もないと思うけど、周りの子のことを注意してあげて?何か良くないことが起こる気がするの』
それだけを言ったシルフィは言うことは伝えたと、また風のように去って行ってしまった。
察するに、おそらく帝国はなにやらヘルメス王国にもちょっかいをかけているのだろう。そして奇しくも今回の試験の部隊である湿地帯は、ハルバス聖王国とヘルメス王国に跨る場所。そこにシルフィの警告を合わせれば、何も起こらない可能性の方が低いだろう。
「レイン、どうかした?」
「いや、シャーロットが柄にもなく緊張しているようだから大丈夫かと思ってな」
「だ、誰が緊張してるっていうのよ!?私はいつも通りじゃない?」
「ほう、ならその前後ろになっているズボンはわざとというわけだ。体を張って俺達の緊張をほぐそうとするのは大したものだ」
「え、うそ!?わ、ほんとじゃない!?」
そう言って慌てたようにズボンを直そうとするシャーロットだが、慌てるあまりこの場で脱ごうとするのでパメラとセリアに羽交い絞めになって止められていた。
レインはそれを横目に見ながら、いよいよ目前に迫って来た湿地帯に目を凝らす。
果たして向かう先で何が待ち受けているのかは知らないが、このパーティーできっちり合格してみせる。レインはそう心に決め、ひそかにやる気をみなぎらせるのだった。
◇
全ての学生が試験会場である湿地帯に到着したのは、それから数十分後の事。
湿地帯まで数百メートル地点の所に設けられた仮設の休息所に集められたレイン達学生は、改めてこの試験の説明を受けていた。
「君たちに課せられた課題は一つ。各パーティーに与えられた拠点を通過しようとする魔物の駆逐、つまりは防衛線の保持だ。君たちが拠点を築いた後、エジャノック伯爵の私兵と雇われた冒険者が湿地帯へ魔物の討伐に侵入する。君たちに与えられるのはその打ち漏らしや逃げて来た魔物が湿地帯から出ないようにすること。もちろん後ろに教師陣が控えているが、抜けた魔物の数に応じて減点となるから覚えておくように」
今回の試験の総責任者である、東の塔の教授であるナイツ教授がレイン達に向けて再度説明をする。
「ちなみに他の拠点への妨害行為はその時点で不合格。言い訳などは一切聞かない。即刻、退学となるから絶対にしないようにね」
その言葉に生徒たちは静かに頷く。ひりついた空気が周囲に流れ、レインは久しく感じていなかった戦場独特の空気感を思い出す。
試験であるとはいえ、ここは立派に戦場。敵は魔物であり、言葉など通じない相手なのだ。もちろん教師は待機しているし、不測の事態には助けはあるが、それでも初撃で致命傷を負えば最悪死ぬことだってあり得るのだ。
一学期の中盤にあったオリエンテーリングでも書かされたように、この試験の前にも誓約書を生徒は書かされている。
最悪の事態が起こった場合であっても、同意の上であり学院に一切の過失はない。そういった文言の書かれた誓約書に、レイン達は全員サインをしているのだ。
だからこそ試験に臨む生徒の緊張は開始時刻と共に高まっていき、中には緊張で顔色が悪くなっているものまでいる始末。あれでは本来の力など発揮できないだろうと思うが、今は他人に構っている暇はない。
「全員大丈夫か?」
「もちろんよ。ちゃんとズボンも履き直したし何の問題もないわ!」
「間違える時点で問題なんだがまぁいい。今回の防衛線、打ち合わせ通りにやるぞ」
不満そうな顔を見せるシャーロットを無視し、レインは今回の防衛線の要であるセリアに視線を向けた。
その顔色は悪く、どうやらレインの言葉も届いていない様子に、レインはセリアに歩み寄り声をかけた。
「セリア」
「は、はい!?」
上ずった返事を無視し、レインはセリアの肩に手を置き目を合わせる。
「この一週間、俺と訓練したことを思い出せ」
かけた言葉はその一言のみ。だがそれを聞いたセリアはゆっくりと目を閉じ、この一週間のことを反芻する。
「私、できるでしょうか?」
「それはわからない。だが、俺はセリアがしっかりと努力していたことは知っている。それにもしうまくいかなくとも俺達はパーティーだ。しっかり全員でフォローをするから失敗を恐れずにやればいい」
セリアはそう言ったレインを見て、次にレインの後ろにいるシャーロット、リカルド、パメラに視線を飛ばす。
三人が同じように頷き、それを見たセリアの表情がようやく少しだけ柔らかくなる。
「私、がんばります!」
そう意気込むセリアを見て、レインはもう心配ないと判断した。そして改めて全員に向き直ると檄を飛ばす。
「さぁ、行くぞ!!」
「「「「おう!!」」」」
そうして、ついに実技試験が始まったのだった。




