第47話 あなたは一体何者なの?
第47話~あなたは一体何者なの?~
実技試験までの一週間は、まさにセリアにとって転機だったと言えるだろう。
「何度言えばわかる。魔力炉から回路に流す魔力は一定だ。複数ある回路の内、一本に同じ量を流すようにしろ。その効率を覚えなければ次のステップなんてないんだぞ」
レインに魔術の基礎を鍛錬すると言われ早二日。魔術の基礎がこれほどまでに難しいものだとはセリアは全く思っていなかった。
曲がりにもルミエール魔術学院に入学、しかもそのトップであるA組に入ることが出来た自分は、意識などしなくても基礎はできているものだと思っていた。
だがそれが大きな勘違いであったことは、この二日間で嫌という程思い知らされた。
「ダメだ。今わずかだが右腕への回路へ魔力が流れた。流すべきは左腕の回路だけだ。他の全ての回路の魔力の供給を完全に遮断しろ」
少しだけ気を抜いたところへ飛ぶレインの声。魔術をうまく扱うためにはまず、魔力炉から魔術回路への伝播効率を高める必要がある。
レインがセリアに課した課題はただ一つ。回路の完全なる制御ということのみ。一見簡単そうに聞こえるその課題であるが、これが存外難しい。
右腕に伸びる回路にのみ魔力を流そうとするが、どうしても他の回路にも微々たる魔力が流れてしまう。次に流す魔力の量を調節しようとするが、大まかな調節はできるものの、狙った値に微調整することが全くできない。
レインからの指導を受け、セリアはいかにこれまで自分が基礎を疎かにして魔術を行使していたのかを痛いほど思い知った。
だが同時にそれは希望にも変わる。
これが基礎なのだとしたら、これを身に着けた時、きっと自分は一段上のステップに上がることが出来る。きっとこれまでよりも格段に魔術の質は向上する。
セリアは確信にも似た想いを抱いていた。この一週間でそこに至れるかどうかはわからないが、少なくともこれまでの自分よりは上に行けることは間違いない。
魔術師が成長するには時間を要するというのは魔術師の中では常識であり、それが強く信じてこられたからこそ貴族は家の歴史を重んじる。
だがレインはその常識を根底から覆そうとしているのだ。果たして本人がそれを理解しているのかどうかはわからないが、レインの行っていることはまさに貴族への挑戦。このことを歴史を強く重んじる貴族が知ったとすれば、間違いなく標的にされるだろう。
そこまで考えてセリアは頭を自身の魔術回路へと向ける。
今はそんなことを考えている時ではない。これは自分に与えられたチャンス。本当ならランデルのパーティーが崩壊した時点でこの学院から去るという選択肢しかなく、嫁ぎたくない者へと嫁がなければならない人生を変える一世一代のチャンスなのだ。
ならば今は余計なことを考えて居る時ではない。一秒も無駄にすることなどできるはずもない。今の自分にできることは、ただ強くなることのみ。
そう頭を切り替えたセリアは、ただただレインから与えられた課題に集中をしていく。ただ強く、そして自分の運命を変えるために。
だが一つだけセリアには気になることがあった。
一体このレインという人は何者なのか。自分が打ち建てた砦をいともたやすく破壊し、さらには常識を打ち破る方法で自分を鍛えてくれている。
学院で彼に与えられた評価は魔術がろくに使えない落ちこぼれであったが、それが間違いであることくらいセリアはすでに気が付いている。
落ちこぼれどころか自分達とはまるで違う次元にいる存在。それがレイン・ヒューエトスという人間であるということに。
いつか聞いてみたい。その時に答えてもらえるように、少しでも強くならなくてはならない。
心の片隅に秘めたその思いは、セリアの魔術に劇的な変化を与えることになるのだった。
◇
レインとセリアが訓練に励んでいた頃、他の三人も遊んでいたわけではない。
ルミエール魔術学院には魔術の鍛錬のための訓練施設は多数存在し、現在レイン達が鍛錬を行っている湿地帯もその中の一つだ。
その訓練施設の一つである、体育館のような場所にシャーロット、リカルド、パメラはいた。
「リカルド!後方の敵は任せるわよ!!」
「任せろ!!」
「パメラ!私とリカルドに素早さの補助を!」
「了解!」
縦百メートル、横五十メートルほどの広大な空間。そこでシャーロット達三人は、四方八方から襲い来る魔物達と戦いを繰り広げていた。
「シャーロット!三時方向に氷壁!!」
「わかってるわよ!パメラ、こっちに魔力補助を!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!こっちも手いっぱいで!!」
最初こそ魔物の群に対し拮抗していた三人であったが、時間とともに連携は崩れ、次第に魔物に押し込まれていき後はじり貧。出現した魔物の三分の一を倒したころには三人の連携は完全に崩壊してしまったのだった。
「やっぱりこの辺りからが鬼門かしらね」
魔物が三人が構築していた戦線を突破し、一匹の狼型の魔物がパメラにその牙を突き立てたところで全ての魔物が一気に消え去る。その光景に小さなため息を吐いたシャーロットはそう零した。
この場所は、ルミエール魔術学院の持つ訓練施設の中でも特に人気の高い場所。幻想魔術により、仮想現実を体験することが出来るこの訓練室では、あらゆる事態を想定した訓練が行えるのだ。
今シャーロット達が想定しているのは、五百体の魔物に周囲を包囲されてしまったという、あまりに現実からはかけ離れた状況だ。
その状況を三人で連携し、なんとかしてノーダメージで乗り切る。それが三人にレインが課した課題だった。
実力からすれば一年生の中でも有数の三人であるが、それでも実践という経験は圧倒的に足りていない。いかに魔術の腕が高かろうが、実戦にそれを生かせなければそれは宝の持ち腐れにしかならない。
だからこそレインは学院にこの施設があると聞いた時、三人にこの課題を課したのだ。
「残り五日。クリアできる気がしないな」
「うん。やればやるだけ自分の弱さが見えて、すごい凹むね、これ」
すでにこの訓練施設で訓練を始めて二日。本来なら非常に人気のあるこの施設を一週間物間狩り切るなど不可能に近いのだが、そこはシャーロットが公爵家という権限をフルに使って押し切った。
いつものシャーロットであれば家の権限を使うなど、絶対にすることはないのだが、今回は事情が違う。
「セリアのためよ。余計なこと言っている暇があったら続きをするわよ」
そう、セリアと同じく貴族である三人にとって、セリアがこの学院から去ることになった後の人生が容易に想像できたのだ。
エジャノック家へ嫁ぐ。
貴族間の政略結婚は常識ではあるが、だからと言って全員が全員それを許容しているわけではない。実際、リカルドはそんな貴族的な家の方針に反発しているし、パメラは自分に甘い当主である父親を利用し婚約を先延ばしにしていたりもする。さらに公爵家の令嬢という、どんな家にとっても喉から手が出るほど縁を結びたいシャーロットなのだが、そんな彼女にも当然縁談の申し入れは多数存在しているが、全て蹴り飛ばしているのが現実だ。
貴族の中では異端ともいえるそんな行動を実際に行っている三人からしてみれば、悪い噂の絶えないエジャノック家に嫁ぐことになるセリアの人生を到底受け入れることなどできなかった。
「やるか」
「うん、そうだね」
シャーロットの言葉にリカルドとパメラも立ち上がる。
実技試験まであと五日。それぞれの思いを胸に、各々が鍛錬を続けるのであった。
 




