第46話 魔建師というスタイル
第46話~魔建師というスタイル~
実技試験まで残り一週間と迫ったころ、レインとセリアの二人は魔闘祭予選の会場ともなったフィールドの湿地帯へとやってきていた。
「セリア、今回の防衛線。俺達の生命線になるのは間違いなくセリアの魔術だと俺は思っている」
湿地帯から溢れる魔物からの防衛。その詳細は実技試験に臨む生徒へ配られた冊子に記載されていた。
エジャノック家の調査によれば、現在湿地帯には数えきれないほどの魔物で溢れかえっているとの報告が届いている。通常の状態の湿地帯であれば、二国に跨るその広さに鑑みても数千程度の魔物の数であるそうなのだが、現在の魔物の総数は、少なく見積もって五万はくだらない。
しかも総数の算出方法は単位面積当たりの魔物から出されたものであるため、実際の正確な数は不明と来ている。
今回の試験に当たり、ルミエール魔術学院の生徒と領兵、さらにはハンターたちも同時に防衛にあたるのだが、同時に湿地帯の中へ攻めへ出る者もいるのだ。
防衛は重要であるが、増えすぎた魔物という脅威を取り除くためには実際にその中で魔物を間引く作業も必要となる。だがそれを行えば、自分たちの縄張りを侵された魔物達は反撃を開始するだろうし、場合によっては湿地帯から出てくる可能性だって十分に考えられる。というよりも、むしろその可能性は高いと考えていいだろう。
「ただ向かってくる魔物を倒すだけなら俺達のパーティーの実力を考えればわけない。不測の事態がなければ怪我もなく、試験を終えられるだろう。だがそれでは防衛は不可能と言っても過言じゃない」
与えられた試験内容は拠点防衛。パーティー単位に割り振られた拠点をいかに魔物が通り過ぎないようにするかがカギとなる。
もちろん生徒で構築された防衛線の後ろには、打ち漏らした際に備えて学院の教師陣などが待機しているのだが、打ち漏らしが増えれば増えるだけ減点は免れないだろう。
一体どれだけの魔物を打ち漏らせば失格となるのかが分からない以上、なるべく魔物は殲滅することが絶対条件となってくる。
「そのために重要なのが私、ですか?」
「そうだ。魔建師の強みはその圧倒的な防御力にある。練度を高めれば高めるだけ打ち建てる建造物の強度はあがり、それこそ一個軍隊であってもそれを抜くことは叶わない。魔建師とは防衛線においてはそれほどに貴重な戦力となり得る」
レインはそれを先の大戦で嫌という程経験している。敵の人数はこちらよりもはるかに少なく、後は追い詰めた目の前の拠点を堕とせば終わり。短い傭兵としての経験ではあるが、その任務は非常に楽に終わるはずだったのだ。
だが実際は一人の魔建師がその状況をひっくり返すという事態となった。打ち建てられた砦は強固であり、それを抜くことは出来ずにただ無意味にこちらの仲間の命だけが奪われていく。
結局その砦を攻略するためにこちらの用意していた人員の大半は命を落とし、アーノルドが幾人もの囮を犠牲にしてなんとか魔建師を打ち倒し決着となったのだ。
「だが今の君にはそれだけの力はない。砦のサイズは小さく材質も石のみ。初見の学生であればしのげるだろうが、物量に任せて襲い掛かってくる魔物には通じないだろう」
「わかってます。私の魔術はまだまだ未熟なことは自分が何より自覚しているんです」
セリアは俯きながらレインにそう答える。
「私のスタイルである魔建師は知っての通り珍しいです。だからこそ目を惹きますが、それは裏を返せば使い手が少ないということです。だから私は一人で魔術を磨くしかなかったんです。手探りで、教えてくれる人なんて誰もいない状況で」
そう、それはセリアのように数の少ないスタイルの魔術師全員の共通した悩みであろう。その総数が少なければ当然そのスタイルの魔術のノウハウが著しく少なくなる。ゆえに大成する魔術師が非常に少なく、仮にそうなったとしてもその技術を後世に伝えることが難しい。
「これまで独学で学んできたのか?」
「はい。私の家は代々建築に秀でていましたので、家の建て方を学ぶ環境は整っていたんです。ですから私は建築の基礎を学び、それを取り入れることで魔術をなんとか構築していったんです」
学ぶ術がないゆえに珍しいスタイルは世の中から消えていく。魔建師もそんな消えかかったスタイルの一つであったが、どうしてセリアがそのスタイルを選んだかが少し今の台詞で分かった。
「建築が好きなのか?」
疑問形で聞いたが、ほぼ間違いなくセリアは建築が好きなはずだ。そもそも魔建師のなり手がいないのは、その圧倒的な知名度の低さが問題なのだ。所かまわず魔術師の力量に応じた建築物を打ち建てる魔術と聞けば、本来なら一定数の需要があってしかるべき。
だが現実にそうなっていないのは、知名度の低さともう一つの理由が大きい。だからこそそんな中で魔建師のスタイルを選んだセリアはきっと建築が好きなんだろうとレインは踏んだのだ。
「私は、私は建築が嫌いでした」
だがそんなレインの予想に反し、セリアの答えは真逆。うつむきながらも話を続けるセリアの言葉にレインは耳を傾ける。
「父も母も、兄も姉も、それこそフォライト家出に関わる者は全員が建築に何かしらの形でかかわっています。それは私も一緒でした」
建築家として名を轟かせるフォライト家にとって、それはおそらくは当然の事。幼くして他の勉学と共に建築のイロハを叩きこまれてきた。
「食卓での話題は全て建築関係。当然親子間、兄弟間であってもそれは同じ。そんな生活を毎日していたら嫌いになってもおかしくないと思いませんか?」
そう言われれば確かにと頷かざるを得ないだろう。幼少という多感な時期に、自身で選択の余地もなく建築というレールを歩かされる。それを拒まない者もいるだろうが、例えフォライト家の者であっても、それに反発する者がいておかしくはない。
「だがそれならなぜそのスタイルにしたんだ?」
「最初は反発心から、ですかね。嫌いでしたが必要だとは思っていました。フォライト家で生きる上で、建築は切っても切り離せないものでしたから」
だからこそあえて魔建師というスタイルを選んだとセリアは言う。
「魔建師という稀有なスタイル。習得すればフォライト家にとっては喉から手が出るほど欲しい人材です。それをもし建築が好きではない私が習得したら。そんな歪んだ気持ちがはじまりだったんです」
嫌いがゆえにそれを習得しようと志すという家族への皮肉。しかしその思いは確かに実を結び、教えてくれるものなどいない中で、セリアは独学でそれを習得した。
「そんな思いで習得したスタイルです。教えてくれる人がいなかったのも事実なんですが、こんな歪んだ私じゃ練度が低いのも当然なんですよ」
そう言って自嘲するかのように乾いた笑みを見せたセリアだが、レインはそれを一笑に付して語り掛ける。
「魔術に思いは関係ない」
「え?」
「もちろんやる気という意味で思いは関係あるかもしれないが、積み上げた努力に動機は関係ないと俺は思っている」
レインの言葉にセリアは驚きを見せ目を見開く。
おそらくこんなことを言う魔術師はそうはいないだろうが、少なくともレインは魔術にそれを磨こうとする動機は関係ないと思っていた。
なぜならレイン自身、魔術を極めたいと思ったのは、戦争により失った家族や村、そういった者を奪い去った者への復讐と自分を守れる力を得たかったからという酷く野暮なものだ。
はた目からそれは誰かを殺したいという酷く歪んだ動機のはずだが、それでもレインは他人に五芒星の魔術師と称されるレベルに到達することが出来たのだ。
「セリアは独学で今のレベルまで到達したと言ったな?」
「え、あ、はい。石の砦がせいぜいだけど、そこまでは一人で覚えました」
「はっきり言おう。そこまで独学で積み上げたのはある意味天才の類だ。少なくとも俺の知る中で、稀有なスタイルを独学で学び形にしたという話は聞いたことがない」
魔建師の他にも稀有なスタイルはもちろんあるが、それを習得した者で、誰かに師事せずに形にしたものはほぼいないとレインは思っている。
魔術師はそのスタイルごとに魔術回路での意味の付加の仕方に多大な差があり、それは基本的に誰かに教えてもらわなければ身につくものではないのだ。
基礎魔術ならある程度はそれも可能かもしれないが、魔建師のような複雑な意味の付加など、普通は独学など不可能なのだ。
「私が天才、ですか?」
「ああ、そこに至るまでには想像もできないような努力をしたことは間違いないだろう。だがそのせいか、そこに時間を費やしたせいか基礎が疎かになっている。後一週間と時間はないが、そこを鍛錬すれば、試験までにさらなる段階へ至れると俺は思っている」
魔建師としての修練にいそしむあまり、セリアの魔術回路への使用効率はあまりに未熟。それはこの前の予選の時に実際に戦ったレインにとっては明白だった。
だからこそ、実技試験までの一週間で基礎の鍛錬を行う。その目的でレインはセリアをこの湿地帯へ連れ出したのだ。
「もっと、強くなれるんですか?」
「無論だ。基礎を疎かにすれば応用などできない。どこまで行けるかは分からないが、この一週間で今よりも上のレベルに到達することは約束しよう」
今日何度目かわからないセリアの驚きの表情。だが、すぐに何かを決心したのか、セリアはレインに頭を下げる。
「お願いします。私を強くしてください」
「もちろんだ。セリアの成長はパーティーにとって非常に有益なものとなる。厳しくいくから覚悟しろよ?」
「はい!」
こうしてレインによる、セリアの短期集中トレーニングが始まったのだった。
実技試験まで、後一週間。
 




