第39話 これからを見据えて
第39話~これからを見据えて~
西の塔の最上階。それは非常に見晴らしのいい展望塔となっており、そこに入ることが出来るのは、西の塔を管轄しているシルフィ及び、シルフィに許可をされた者だけとなっている。
そんな展望塔に、レインとシャーロットは二人でいた。
『さて、私はこれからいろいろと処理をしてこなきゃだからレイン、後はよろしくね』
そう言ってシルフィが出て行ったのが三十分前の事。塔のセキュリティは万全なので、レイン達がこの後出て行っても問題はないが、自分の居室である塔に生徒を残す。それこそがシルフィがレインを信用しているということの表れであり、レインが五芒星の魔術師であるという証明の一つでもあった。
「ねぇ、ランデル君の身代わりの護符、あれはどうやって突破したの?」
「あれは大したことじゃない。魔力炉暴走剤を使った魔術師の魔力は変質するんだ。もともと身代わりの護符は使用者の魔力を認識し、その魔力をもとに身代わりを作成する。ランデルは魔力炉暴走剤を使って魔力を変質させた。それゆえ身代わりの護符が反応しなかっただけだ」
もちろん理由はそれだけじゃない。変質した魔力とはいえ、根本はランデルの魔力なのだ。不完全ながら身代わりの護符は発動していたのだが、レインはその効果を力で押し切ったのだ。
身代わりの護符の効果はあくまで魔力によって機能している。だったらそれよりも大きな魔力を通すことで、その効能を塗りつぶしてしまえばいい。
莫大な魔力炉を持つレインだからこそできる荒業だが、レインはあえてそのことをシャーロットに伝えることはしなかった。
おそらく今のシャーロットの胸中は非常に複雑。というよりも今日知った事実をどの様にかみ砕けばいいか自分でも処理しきれていないだろう。だからこそレインは最低限の事実のみをシャーロットに伝え、その心情に配慮したのだ。
「余計な気遣いはしなくていいわ。レインが私の想像の及ばない存在だっていうことはちゃんと理解してるから」
だがシャーロットはそんなレインの気遣いを一蹴する。それはもちろんレインに対する嫌味などではなく、あくまで事実をちゃんと受け止めているからだ。
もちろんまだすべての情報を整理し切れたわけではない。それでもここで余計な気を使われてしまえば、ちゃんと事実を受け止められなくなる。だからこそそのような返答になったのだ。
「そうか」
そのシャーロットの答えにレインはシャーロットという人物の認識を再度改める。
シャーロットはやはり強い。普通であればここまでの事態に直面すれば、最悪レインと今こうして話すことだって拒否したくなる可能性だってあるのだ。なにせ今日、レインはシャーロットの目の前で人を殺した。しかもクラスメイトである非常にシャーロットに近い存在を殺したのだ。恐怖感や忌避感を抱いたとしてもなんらおかしくはない。
それでもシャーロットはしっかりとレインの目を見つめて真っ直ぐに話をしてきている。だからこそレインはきっちりとシャーロットの疑問に答えようと思った。
「レインは、五芒星の魔術師、なのよね?」
「世間ではそう呼ばれているみたいだが、俺にはあまりその自覚はないな。あくまで俺はレックス傭兵団の一員としてあの戦争で戦っていただけだ」
レインにとっては五芒星の魔術師などと言う言葉はどうでもよく、大事なのはかつての仲間、レックス傭兵団という仲間たちと一緒にあの戦争を戦ったということのみ。
だがシャーロットにとってはそうではない。五芒星の魔術師とはあらゆる魔術師の憧れであり目標でもある。シャーロット自身も、その存在に憧れていたのもまた事実。
幼少から望まない大きな力を持ち、周囲に腫物のように扱われたシャーロットにとって、自分と同じ、いや、それよりもはるかに大きな力を持った人たちが国の最前線で戦っている。その姿に憧れないはずがなかったのだ。
「レインは、これからどうするの?」
最初に声をかけたのは興味から。だが自分の持つ魔眼をレジストしたことでさらにその興味は大きくなった。日々を過ごす中でその興味はどんどんと大きくなっていき、今は出来れば多くの時間を共に過ごしたいと思っている。
そして今日、その相手が自分が憧れていた魔術師であることを知った。
だからこそ聞いたレインへの質問。もしかしたら今日のことで、レインはどこかへと行ってしまうかもしれない。あまりにも情報過多である今日という日の出来事が、シャーロットにそう聞かせるまでに追い詰めていたのだ。
「別におれはどうもしないぞ」
だがレインから帰って来た答えはそんな、シャーロットの胸中など何も考慮していないような答えだった。
「確かに少し不安はある。帝国がこれから何をしてくるかはわからないし、もしかしたら再びあの戦争が引き起こされるような事態になるかもしれない」
「なら……!」
「今の俺はあくまでルミエール魔術学院の学生だ」
レインの返答に言い募ろうとするシャーロットだったが、その言葉で口をつぐんだ。
「確かに俺には力がある。多分ある程度のことであれば、俺が力ずくで解決しようとすれば一晩のうちに片付くのは間違いない」
そう、それほどまでに五芒星の魔術師たるレインの力というのは強く、その力を際限なく振るおうとすれば、たいていの問題は解決してしまう。
「だが俺はいろんな巡り合わせで、入れるはずのなかったこの学院に入ることができた。そこで俺にはもったいないと思える友人もできた。だから俺は今というこの学院での時間を今は大事にしていきたいと思っている」
それがレインの曲がりない本当の気持ちだった。確かにこれから帝国の動きを探る、もしくは止めるために動くことを考えなかったわけではない。レインからあまりに多くのものを奪ったあの戦争を、再び繰り返したくはないと思っているから。
だがレインはそれ以上に今大切にしたいものがあった。
それがこの学院での生活。決して手に入れることのできないと思っていた、学生という生活。もしかしたら外では何かとてつもないことが起きようとしているのかもしれないが、それはきっと他のもっと上の大人たちが対処するだろう。
だからこそレインは、今はここで自分の人生を大事にすることを決めたのだ。
「もちろんこの学院で何かが起きるならちゃんと戦うから心配するな。俺の守れる範囲で起こることなら、ちゃんと守ってやるさ」
「それは私もってことでいいのかしら?」
「ああ、シャーロットが俺の傍にいるならな」
それは酷い殺し文句だった。言われたシャーロットはもちろん、言ったレインでさえ少しばかり言葉がくさかったと反省する程の威力。
「もっとももうすでに一回守ったか。オリエンテーリングで……、あ」
言った言葉によってできてしまった空気をなんとかごまかそうとしたレインだが、そのために発した言葉でさらに大きな墓穴を掘る。
そもそもシャーロットがレインと距離を取っていた理由はなんだったのか。そのせいで妙に意識したシャーロットがレインを避け、今日の魔闘祭予選の後に話をする予定ではなかったのか。
先の言葉とのダブルパンチによりすでにシャーロットの頬は真っ赤に染まり、白い肌のせいでその赤さが余計に派手に見えている。
真面目な話をしていたはずなのに、なぜか青春真っ盛りのような雰囲気となる二人だが、そこはいくつもの修羅場をくぐって来たレインだ。
「と、とにかく俺はこれからもこの学院でこれまで通りに生活をする。ひとまずは俺の素性については秘密にしてくれると助かる」
「え、ええ。わかったわ。約束する」
お互いにどこかまだぎこちない空気ではあったが、どちらからともなく視線を合わせ、そして吹き出して笑った。
波乱の一日が終わり、その中心で戦った二人はそろそろ落ちる陽に照らされながら笑いあう。
明日からもこんな穏やかな時間が続くことを祈って。
◇
陽が完全に沈んだ学院の敷地。魔闘祭の予選が行われていたフィールドの上空に佇む影が一つあった。
「ふむ。五芒星の魔術師の一人である、シルフィ・ファスタリルやそれに連なる魔術師がいる以上、そんなにうまくいくとは思っていませんでしたが、死者はあのお坊ちゃん一人、ですか。もう少し死ぬと思っていたんですが、いやはや、物事はそううまくはいかないものですねー」
トレードマークであるシルクハットを弄びながら、佇む影は笑った。
「依頼主の要望は果たしたとはいえ、この結果は企画者としてはあまり面白いものではありません」
笑いながらそう言った影は、数時間前にランデルが暴れた場所に視線を向け、何かを探るようにその場所を見つめる。
「貴族の子どもがもう後何人か、欲を言えば大物であったフリューゲルの令嬢が死ねばもっと盛り上がったんですけどねー。私の計画も大いに進展したでしょうに、少しばかりプランの変更が必要となってしまいました」
影はそう言うと、懐から何粒かの真っ赤な薬を取り出し、そして徐に口へと放り投げる。それは飲めば莫大な魔力と引き換えに使用者を死へと誘うはずの劇薬、魔力炉暴走剤。
しかしその影の誰かはそんなことを気にするでもなく数粒を一気に飲み干してしまったではないか。
「誰だか知りませんが、私のプランを乱した責任はとってもらいますよ」
その言葉と共に影の前に現れる転移陣。それはシルフィが使ったものよりもさらに大きく、この魔術師の力量がそれだけすさまじいということを如実に物語っていた。
「それではまた、月下のもとで相まみえんことを。学院に潜む誰かさん?」
そう言うと影は消えていく。ただ不気味で不吉な、静かな笑い声だけを夜の闇に残して。
学院の裏で動く黒い影。その誰かがレインと相対するまで、後、少し。
これにて第一章は終わりとなります。
レインの学院での生活が始まったこの章はいかがだったでしょうか?
この先はさらにレインの力が発揮され、かつての仲間の登場もありますので是非この先もお楽しみいただければと思います。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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