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第35話 予選 七

第35話~予選 七~


 迸る漆黒の魔力。レインはその魔力に見覚えがあった。


 かつての第二次魔導大戦、その終盤で帝国が頻繁に使用していたある薬だ。


“魔力炉暴走剤”


 見た目は市販されている薬と変わらないものであるが、ランデルが口に入れる直前に見えた赤色。その後のランデルの様子を見れば、まず間違いなくその薬で間違いないだろう。


 魔力炉暴走剤の効力は読んで字のごとく魔術師の持つ魔力炉を暴走させる効力を持つ。


 本来魔術師は魔力炉の魔力を全て使用することは不可能だ。それは人が自身の持つ潜在能力を常時全開で使うことができないのと同じように、魔力炉に関しても脳が制限をかけているから。


 なぜわざわざ制限をかけるのか。それは魔力炉の魔力を常に全開で使い続けるということは、命に係わるほどに危険なことであるからだ。


 力の全てを使い続ければ、当然体にかかる負担は計り知れないものとなる。それゆえ脳は体にストッパーをかけ、その負担を失くそうとするのだが、この薬はその能のストッパーの制御をゼロとしてしまうものなのだ。


 世の中には火事場の馬鹿力なる、重大な危機に陥った時にのみ出せる百パーセントに近い潜在能力の開放といったものがあるが、その後には必ず相応の疲労などの体への負荷が生じてくる。


 魔力炉暴走剤は魔力炉を意図的に暴走させ、莫大な魔力を得ることがでる薬であるが、その薬によって脳のストッパーは抑制されてしまうという副作用も併せ持つ。


 使用すれば魔力量は爆発的に増え、行使できる魔術の種類や威力も軒並み向上する。その状態で戦闘行為を行えば、そこに圧倒的な差がない限りは勝利は間違いないだろう。


 だが一時的でも体のリミッターを外すことは多大な負担を強いるのに、それを意図的に外して魔力を得ればどうなるかなどと言うことは少し考えれば予想はつく。


 薬の使用者に待つのは破滅。精神や肉体の破綻ですめばまだいい方。多くは廃人と化し、使用者の半分に近い者は死に至るというまさに諸刃の剣だ。


「なぜお前がそれを……」


 レインがそう問うが、すでにランデルはあふれ出る自身の魔力に犯されたのか、精神が破綻をきたしているらしく薬を飲んで以降まともな言葉を話してはいない。


 魔力暴走剤はその危険度故、魔導大戦終了後には各国でその使用が禁止とされた薬剤だ。製造国であった帝国ですらその協定を決めた会議で調印をしていたのだからそれは間違いない。


 現在では世界中でその使用が禁止され、所持するだけで重い罰則を受けるその薬を、なぜランデルは持っているのか。そもそもどこでそれを手に入れたのか。


 疑問は数多くあるが、本人からそれを聞くのはもはや無理。仮にまだ精神が破綻をきたしていなかったとしても、あの状態ではこちらの話など聞き入れる気はないだろう。


「ヒューエトス……、ヒューエトス!!」


「男に名前を連呼されて喜ぶ趣味はない」


 その言葉が戦闘の開始の合図となった。真っ黒な魔力を噴き上げながらレインへ向けて駆けるランデルは、戦斧を振りかぶるとまだ射程の外にも関わらず一気にそれを振り下ろす。


 振り下ろされた斧が地面にあたると同時、地面がさく裂した。


 森の地面故、そこまで固くはない土ではあるが、それでもそこにクレーターを作るにはどれほどの力が必要となるだろうか。しかも振り下ろされた刃先の方向には、衝撃による斬撃のため亀裂が走り、木々が次々となぎ倒されていく。


「レインっ!?」


 シャーロットの悲痛な声が森に響く。今の攻撃をまともに喰らえば無事では済まない。そう思ったがゆえの叫びだったのだが、それが全くの杞憂であることはすぐに分かった。


 土煙が晴れた先、そこに立っていたのはまるで無傷のレインだった。


「コロスゥ!!」


 しかし一撃を躱されたところでランデルの攻撃がやむはずもない。戦斧を縦横無尽に振り回し、レインに迫る様はまさに戦鬼。


 もともと身体強化による戦斧による近接攻撃を得意としていたランデルは、魔力暴走剤により得た無尽蔵の魔力のほとんどを身体強化に回しているようで、その攻撃は斧という重量の重い武器を振り回しているにも関わらず、まるで重さなど感じさせない。


 さらに無限の魔力は身体強化のみに使用されているわけではない。ランデルが一番得意とするのは身体強化だが、次に得意とするのは水魔術だった。


 ランデルの家の領地は王国でも地方に存在し、その領地のほとんどを湖が占めるという、まさに湖畔の領地だった。それゆえ王国内において避暑地としての観光の色が強く、水との結びつきも非常に強い。


 だからこそランデルも幼いころから水魔術については多くを学んでいて、すでにランデル持つ魔術回路の半数も水魔術へ馴染んでいるほどの使い手となっていたのだ。


 戦斧を振り回すランデルの猛攻は、まるで小さな嵐のようにレインに襲い掛かる。直接の攻撃はもちろんのこと、その余波で森林地帯の木々は吹き飛び、すでに最初に戦闘を開始した地帯一帯は更地の様相を呈する程になってしまっていた。


「ナゼダァ!!」


 常人なら、いや、仮にA組の生徒であっても何度死んだかわからないほどのランデルの攻撃。魔力炉暴走剤によって無尽蔵に湧き上がる黒い魔力はランデルの身体強化の性能をどんどん高め、すでにその攻撃はシャーロット達の眼ではまるで負えないほどになっている。


 にもかかわらず、レインは未だに無傷だった。息を切らすことすらなく、たんたんとランデルの攻撃を回避し、道を踏み外したランデルに対して冷めた視線を突きつけてきているのだ。


「ヒューエトスゥッ!!」


 それがランデルには我慢ならなかった。すでに自我はなく、本能のみでレインに襲い掛かっているランデルであったが、精神の奥まで刻み込まれたレインへの憎しみ。それがレインのその視線を許さなかったのだ。


「ニゲルナッ!!」


 これまで戦斧による攻撃一辺倒だったランデルだが、それではレインには通用しないと感じたのか。ここにきて別の攻撃手段を使用し始める。


 魔力炉から溢れる黒の魔力を回路に通し、ランデルが付加した意味は水。自身の得意な水魔術にさらに弾丸の意味を付加した魔術。


“水弾”


 水魔術の中では割と初級に位置する魔術ではあるが、今のランデルの魔力量で行使されたそれは通常とは一線を画するものとなる。


「へぇ……」


 思わずレインの口から零れたのは素直なランデルへの賞賛の声。


 通常水弾というのは発現しても一発か二発。しかも大きさは拳大というのが普通だが、ランデルの行使した魔術はそうではない。


 レインを取り囲むように発現した水弾の数はゆうに百を超え、しかも大きさはかるく人の頭部ほどはあろうかという水弾。それがレインの三百六十度全方位から一斉に射出されたのだ。


「……っ!?」


 息を呑む声は一体誰のものだったのか。少なくともそれを見ていた全員が思ったはずだ。シャーロットもリカルドもパメラも。そして敵チームであるセリア達三人も。豹変したランデルの水弾により、レインに風穴があくと。


「まだまだ甘い」


 だが結果は全員の予想に反するものとなった。


 水弾は間違いなくレインへと殺到し、その命を刈り取るように動いた。だが次の瞬間、レインは一呼吸とともに、強烈な回し蹴りを繰り出したのだ。


「ナゼダ……」


 ランデルにはもはや理解が出来ない。死角なく配置し、さらには暴走した魔力炉の魔力を惜しみなく注いだ自身の魔術。確かに初級魔術だったかもしれないが、それでも注いだ魔力から考えれば、常人であれば決して耐えられない威力だったはずだ。その証拠に、レインから少しそれた水弾は地面へと深く突き刺さっていることからもその威力は明白。だというのに、だというのに。


「蹴りの風圧だけで、全部打ち消したって言うの……!?」

 

 シャーロットがうめくように絞り出した言葉が全てだった。レインが行った行為は回し蹴り。だが尋常ならざる速度で打ち出されたそれは、ランデルが放った向かってくる水弾を風圧のみで全て相殺して見せたのだ。


「気が済んだか?」


 それを成した張本人であるレインが一歩進む。


「ァ……」


 それに気圧され、ランデルが一歩退く。


 魔力炉暴走剤という禁忌を犯し、それでも尚届かない相手。それを認識してしまったランデルにもはや希望はなかった。すでに崩れた理性ではなく、それを理解したのは本能の部分。それゆえにランデルはもはや何も考えることが出来なくなっていた。


「アアアアアアアァァァァァ!!」


 森に響く絶叫。それは全てを諦めたがゆえの咆哮だったのか。さらに爆発的に高まった黒い魔力はランデルの身体能力を高める。あふれ出た魔力は空気を振るわせ、ここにいるもの全てに恐怖を与える。


 だが、そんな中、レインだけは表情を変えることなくこう言ったのだった。


「幕引きだランデル。最後に本物の身体強化ってやつを見せてやるよ」


 ランデルから溢れる黒い魔力に呼応するかのようにあふれ出る白色の魔力。決着がつこうとしていた。


三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。

ブックマーク、評価の方して頂けると作者が泣いて喜びます。長く続く作品にしたいと思いますので、お手数ではありますがぜひよろしくお願いいたします。


広告下に私の他作品のリンクを貼ってありますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。

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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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