第34話 予選 六
第34話~予選 六~
ランデルが道を踏み外したその時、予選の試合を見守る観客席でも異変が起こっていた。
「なんだ!?突然映像が消えたぞ!?」
広大なフィールドの周囲に作られた観客席ではあるが、当然観客がその中で戦う選手たちの姿をそのまま見ることが出来るはずもない。それゆえに作られたのが、観客席の中央に設置された大型のモニターだ。
そのモニターにはフィールドで行われている戦いのあらゆる映像が映されており、そのおかげで観客は試合の詳細を逃すことなく観戦することができるのだ。
フィールドの様子を実際に映し出しているのは手のひら大ほどの大きさの小型ゴーレムであり、数百体にも及ぶ小型ゴーレムがフィールドを飛び回ることにより、このリアルタイムでの映像を実現している。
表向きには王国の誇る研究者と魔術師達が開発した世紀のシステムと言われているが、これも先の魔導大戦により獲得した星の魔力炉を利用して作られたものだということを知る者はほぼいない。
そんなフィールドの様子を絶え間なく撮影しているはずの小型ゴーレムの一部が、急にその活動を止めてしまったせいで観客のモニターの映像にも支障が出ていた。
用意されている四つの特大のモニターの内、二つはレイン達とランデル達の戦いを映し、残りの二つは残りのパーティーが入り乱れている乱戦の様子を映していたのだが、その内のレイン達の方だけが突如として消えたのだ。
「原因はなんだ!?」
「わかりません!撮影していた一部のゴーレムの信号が突然ロストしています!!」
魔闘祭の管理、運営を行っている学院関係者や、外部からの業者などが慌てて原因を究明するが、わかるのはレイン達の戦いを映しだしていた小型ゴーレムがなんらかの理由で故障した可能性が高いということのみ。
会場から巻き起こるどよめきとブーイング。関係者たちが必死に復旧作業を行うが、映像を再び映し出すことは叶わない。
時間経過とともにさらに大きくなるブーイングだが、その原因は消えてしまった映像が非常にいいところだったということも関係していた。
ランデル率いるA組の生徒が巨大な砦を打ち建て、シャーロット率いるF組の生徒がなんとかそれを突破しようと試行錯誤をしながら敵の猛攻をしのぐ。観客たちが手に汗握る展開が突然消えてしまったのだ。会場からブーイングがどんどん増していくのも仕方のないことだった。
今必死に映像の復旧に努めている大会運営者ですら、一時は自分たちの役割を忘れるほどにその戦いに見入っていたのだから、いかに今も行われているであろう戦いの結末を誰もが見届けたいかが分かる。
それゆえに他の場所で仕事にあたっていた者も総出で復旧に当たり始めたのだが、その努力もむなしく、結局レイン達の戦いが終わるまで映像が復旧することはなかったのだった。
◇
広大な魔闘祭フィールドの上空で、映像が消える要因を作ったシルクハットの男は一人ほくそ笑む。
「アフターケアもできる商売人の仕事の内ですからね。いかにクズでも客は客。あなたの醜く果てる様の放映はなくして差し上げましょう」
この世界には重力があり、それは全ての質量を持つ者に等しく平等に作用している。人間という空を飛ぶという構造をしていない生物がそれを受けてなんの助けも借りずに空に浮かぶというのはまず不可能。
にもかかわらず、シルクハットの男はこともなげにそれを成していた。
「それに私の商品が日の目を浴びるにはまだ早いですからね。物事にはそれにふさわしい登場の場があるのですよ」
男はそう言うと、まるで空を歩くかのようにその場からゆっくりと離れていく。
「さようならランデル家のお坊ちゃん。あなたの来世での活躍を期待しています」
そう言った男は仰々しく一礼をすると、わき目も振らず空を悠然と歩いて去っていく。魔闘祭の裏で動く者が人知れずそこから姿を消したことを知る者は、誰もいない。
◇
今目の前で起こることがシャーロットには理解できなかった。
レインに言われるがままに前衛から下がったシャーロットだったが、自分が突破できなかった魔弾の雨をいかにしてレインが突破するのか。その方法がわからなかったのだ。
しかしレインはそんな心配をよそに、あろうことかただ頭上から降り注ぐ魔弾をただ回避するという方法で敵の懐である砦に辿り着いてしまったのだ。
そこまででも驚くべきことで、レインの実力に驚嘆してしまうところなのだが、真に驚くべきはその後。
比喩でもなくなんでもなく、レインは拳一つで魔建師の建てた砦を破壊して見せたのだ。拳を引いた瞬間にあふれ出たレインの白色の魔力。一瞬のきらめきでしかなかった魔力であったが、その輝きをみたシャーロットには自身とレインとの間に横たわる大きな壁を幻視するには十分だった。
格が違う?いや、そんな生温いものではない。まさに次元が違う。レインの強さの一端をみたシャーロットが感じたのは恐れにも似たそんな感情だったのだ。
もとからレインがただ者でないことくらい、あの日、学院の門で会った時からわかっていた。いたって平凡に見えるのに、強者然としたオーラを纏う少年が普通でないということくらい。だからこそシャーロットはあの日レインに声をかけたのだ。
そこからは驚きの連続だった。シャーロットの持つ魅了の魔眼をこともなげにレジストした上に看破して見せた。食堂で再会した時にはこれまで感じたことのないほどに濃密な殺気を放って見せていた。総合魔術訓練での模擬戦では、A組でも屈指のパワーを持つランデルの攻撃を片手で軽く受け止めて見せた。
そして今日、目の前でまるで呼吸をするかの如く魔建師の打ち建てた砦を拳一つで破壊して見せた。
レイン・ヒューエトス。彼は一体何者で、これまでの人生をいかにして過ごしてきたのか。シャーロットはレインをよく知りたいと思った。一体レインをそこまでにせしめた原因を知りたい。そう、強く思った。
この時を境に一人の少女であったシャーロットの心境は劇的に変化していくこととなる。本人にその自覚はまだないが、きっかけはまさに今この瞬間。シャーロット・フリューゲルという一人の少女のアイデンティティが今まさに確立した瞬間だった。
「ヒューエトス……、お前を殺す……」
破壊された砦から這い出て来た敵であるランデル達であったが、リーダーであるランデルを除き、残る三人はすでに戦意を喪失している。
それも無理はないとシャーロットは敵である彼らに同情した。何度も言うようにレインという存在は、この場においてはっきりと別次元の存在だ。実力の高いA組の生徒だからこそ、きっと今頃レインの力を肌で感じて恐れおののいていることだろう。
味方であるシャーロットですら底の見えないレインという存在に軽く恐怖しているのだ。敵である彼らからしてみれば、もはやレインは畏怖の対象となっていてもおかしくはないだろう。
しかしそんな中、リーダーであるランデルのみがレインへとまるで憎しみの対象であるかのような視線を送っていた。
まるで親の仇でもあるかのようなその視線に、シャーロットは違和感を覚える。
確かにランデルは総合魔術訓練の授業でレインに一方的に絡み、その上で攻撃を止められるという醜態をさらしていた。
加えてランデルがシャーロットに対し、恋慕の情を抱いていることも少なからず気づいてはいた。もちろんシャーロットにその気はなく、社交辞令でもってのらりくらりと躱してはいたのだが、どうやらランデルの想いは本物であったようだ。
だがそれだけの理由であそこまでの憎しみを込めた目をすることが出来るのだろうが。
確かに恋愛がらみや少しの私怨で誰かが誰かを殺すというのは珍しくはない話であることは理解している。しかし、だからといってここまでの憎しみを一学生が学生に向けることがシャーロットには理解できなかったのだ。
「お前、今何を飲んだ?」
レインがそうランデルに問う。確かに今、ランデルが何かを口に入れたのがシャーロットにも見えた。
「ぐがぁ……」
次の瞬間だった。ランデルの体から噴き出る濃密なまでの真っ黒な魔力。まるで尽きることのない泉のように溢れでる魔力は、ランデルの体を包み込みそれでも尚止まらずに溢れ続ける。
「コロス」
自身の意志をどこかに置き忘れてきてしまったかのような虚ろな目で、ただそれだけを発したランデルは、右手に持つ戦斧を振り上げレインを見据えた。
「コロスー!!」
言葉と共にレインへと跳躍したランデルに、シャーロットは思わず目を見開いた。
速すぎる!?
ほとんど目で追えないその動きに、シャーロットは今日何度目かわからない驚愕を覚えた。
しかし、そんなものは序の口に過ぎないことをシャーロットはこの後思い知ることになる。
レイン・ヒューエトス。シャーロットはこの日初めて、彼の戦闘を目の当たりにすることになるのだった。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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