第33話 予選 五
第33話~予選 五~
あまりに異様な光景に、シャーロットを始めとしたリカルドとパメラが浮足立ってしまったのは仕方のない話だ。
あまりに現実離れした石の砦が森のど真ん中にそびえたち、その上から現れたランデル達A組のメンバーがそこから攻撃を仕掛けてきたのだから。
それでもなんとかその攻撃から身をかわし、未だ無傷で防御できているのは流石と言ったところだろう。パメラの演奏が即座に味方の身体能力を上げ、シャーロットが氷の壁で魔弾を防ぐ。リカルドは要所で弓を敷き絞り、相手の魔銃師へと攻撃を仕掛けているが、それでも防戦一方なのは地の利のせいだろう。
相手に遠距離攻撃がある以上、どうしても下からの打ち上げによる攻撃よりも上からの打ち下げの攻撃の方が重力などの問題で有利になってしまう。加えて上からならば敵の動きはよく見えるということもあり、先ほどは遠距離ゆえに精度を捨てていた魔銃師の攻撃が今は的確に飛んでくるのだ。
その状況に歯噛みするシャーロット達だったが、そんな中でレインだけは違った。
「へぇ、流石は王国内でも最高峰の魔術学院だ。まさか学生のうちにこれほどの砦を建造する奴がいるとは思わなかった」
一人だけ特に表情を崩すことなく魔銃師の魔弾をかわすレインだが、実はレインはこの砦に似た魔術を見たことがあった。
かつての魔導大戦で帝国側にこの魔術を扱う者がいたのだ。その魔術師は強力なレックス傭兵団をもってしても、攻略に三日という時間をかけたほどだ。
砦の建造、それは魔建師というスタイルの魔術師の得意魔術だ。その魔術はどこにでも、それこそ山だろうが森だろうが、街の中であっても好きなところに建造物を建築することができる魔術だ。
レインがかつて戦った魔建師の建てた砦は、一国の王城と思われるほどに巨大な砦であり、しかもその建材もアダマンタイトと言われる強度でいえば、世界最高と言われるほどの鉱石を使用したものであった。
それゆえになかなかその砦を攻略することが出来ず、王国軍に非常に甚大な損害を出すことになってしまうほど、魔建師というのはこと団体戦においては優秀なのだ。もちろんその反面、個人同時の戦いでは力が劣ることになるのだが、今はパーティー同士の団体戦なのだから、非常にやっかいな相手であることは間違いないのだ。
「シャーロット、下がれ!俺が出る!」
前線でなんとか砦を突破しようと奮闘しているシャーロットにレインはそう叫ぶ。氷属性の魔術を使い、砦を攻略していようとしているが、流石のシャーロットも上から降り注ぐ魔弾を防ぎながらでは難しい。しかもシャーロットのスタイルは魔剣士だ。砦という完全防御型の相手に対して、近接武器であるシャーロットは相性が悪いと言わざるを得ないのだ。
「なんとかできるの!?」
「むしろこれまで何もしてないからな。少しは俺にも活躍させてくれ」
そう言うと同時に前へ出るレインと入れ替わるようにシャーロットが中衛に交代する。
はっきり言って、シャーロットにはこの場をどう攻略するのが正解なのかわからなかった。もちろんシャーロットにはこの状況を打破する策がなかったわけではない。しかしその策はどう転んでも確実にこちらに被害を出す。しかも下手をすれば全滅すらしてしまうような、はっきり言って分が悪すぎる賭けのようなものだ。
それゆえに踏ん切りがつかず、これまで防戦一方だったわけであるが、レインはそれをどう攻略するのか。シャーロットは絶え間なく降り注ぐ魔弾を防御しながらレインの一挙手一投足に視線を注ぐ。
「出て来たなヒューエトス!!」
「お前に恨まれる覚えはないんだがな、ランデル」
「うるせぇ!お前のせいでこっちは恥をかかされたんだ!お前のことだ!きっとあの模擬戦のときだって何か卑怯なことをしたに違いねぇんだよ!!」
「自分で挑んで攻撃を止められただけだろうに、逆恨みもここまで行くと笑えるな」
「黙れ黙れ黙れ!!ピット!!あいつを打ち抜け―!!」
憤りの止まらないランデルは砦の天辺からひたすら魔弾を打ち続けているピットと呼ばれた長髪の男子生徒にそう命令する。
「そろそろ魔力炉も尽きそうなんだけどな」
「いいから黙って撃ちやがれ!あのクソを倒してからぶっ倒れろよ!!」
「人使いが荒いな、うちのリーダーは」
本人の言う通り、すでに魔力炉が枯渇しかけているのだろう。ピットの顔色は悪く、すでに倒れる寸前だ。だがそれでもためらいなく魔弾を打ち続ける理由はレインにはわからない。
「早めに終わらせてやるか」
レインへと集中的に降り注ぐ魔弾だが、レインはそれに掠ることすらなく砦へと距離をつめていく。
「当たらない……!?」
ピットが驚愕し、目を見開く。それはそうだろう。砦に近づくということは、それだけ魔銃師たるピットとの距離が近づくということだ。銃というのはその構造ゆえ、初速が一番早くそれゆえ距離が近づくほど回避が難しい。
だがレインはそれをことごとく回避し、砦への距離を詰めていく。その光景にピットはおろか、シャーロットやリカルド、パメラはおろか、敵であるランデル達ですら目を奪われる。
「さて、破壊させてもらうぞ」
ついに砦に手が届くところまで来たレインは、おもむろにそう宣言した。
「おいフォライト!!強度は大丈夫なんだろうな!!」
「この辺りで丈夫な石材を使ってるから、大丈夫だと思うんだけど……」
そう答えるセリアであったが、果たして本当にそうなのか自信がなかった。目の前でたった今起こった信じがたい光景。そのせいでこれまで破壊されたことのない自身の砦だが、本当に大丈夫なのかまったく自信が持てなかったのだ。
「何する気?」
シャーロットがそう呟いたのと同時だった。レインが右の拳を引いた次の瞬間、迸ったレインの魔力。白色の魔力が一気にレインの回路を通して引いた右の拳に集中し、そして爆発した。
「「「なっ……!?」」」
その光景にその場にいた全ての人が驚愕し、そしてありえない光景に目を見開く。
目の前に広がっていたのはにわかには信じられない現象。それまでレイン達の前に立ちふさがっていた石の砦は、レインの右の拳一発が当たった部分から粉々に砕け散ったのだ。
「さて、ようやく戦いやすい場所に降りて来たな」
砦が破壊されたことにより当然その上にいたランデル達は下へと落ちるしかない。落ちた先、砦が砕け散った後になんとか着地したランデル達の前に立ちふさがるのは、今の今、目の前で常軌を逸した攻撃を見せたレイン。
「ひっ……!?」
悠然と目の前に立つレインにセリアは思わず後ずさった。それを見た魔銃師のピットも魔呪師のリルもまた後ずさる。
三人はただそこに立っているだけのレインを見て、同時にこう思ったのだ。
“格が違う”
一度そう思ってしまえばもはや足は前に出ない。これまでレイン達に全力の攻撃を仕掛けていたこともあり、残りの魔力が少ないということもあるが、それ以上に格付けが済んだ三人にとってはもうこの場で戦いを選ぶ気力がないのだ。
「ふざけるな……」
しかしセリア達はそうであってもこの場にはもう一人いる。
「なんでお前にそんな力があるんだよ……」
砦を破壊したのは紛れもないレインの力。それはこの場にいた誰もが目撃したのだからどうあがいてもひっくり返すことなどできない。
魔建師の打ち建てた砦は一学生に破壊できるほど容易ではない。それはランデルはもちろんのこと、A組でトップレベルの実力を誇るシャーロットとて例外ではない。
力づくで砦を破壊するのであれば数人がかり、しかも圧倒的な火力をもつ魔術師達で行うか、もしくは遠距離からの攻撃で術者自身を打ち倒す。それが砦の攻略法のセオリーであり、熟練の魔術師同士の戦いであってもそれは変わらないのだ。
「お前は落ちこぼれで、魔術が使えないただの平民だろ……?なのになんなんだよその力は……」
だがレインはそれを一人で成した。しかもまるで息をするかの如く、ただ拳を振りかざしただけで。
「俺は選ばれた人間なんだ……。お前なんかとは格が違うんだぞ……」
その事実が許せない。一連の出来事がランデルの頭をよぎり、そしてさらにその怒りを増幅させていく。
訓練で自身の攻撃を受け止められたことに始まり、憧れのフリューゲル家の令嬢であるシャーロットを奪われたこと。実際はシャーロットの方がレインに寄って行っているのだが、すでに怒りに染まったランデルの思考ではそんなことなど考えられない。
「なんで、なんでそんな目を向けるんだ……」
極め付きはそんなレインを見つめる一人の少女の視線だった。幼少から憧れ、その高みに辿り着きたいと願った高嶺の花。その少女の眼は、自分に注がれることはなく一番向けて欲しくないやつへと向いている。
「認めない……。俺はそんなことは認めない……」
ランデルはポケットから徐に何かを取り出した。それは真っ赤な色をした錠剤。見た者を取り込んでしまいそうになるような赤い色をしたそれをランデルは一気に呑み込んだ。
「ヒューエトス……。お前を殺す……」
それがこれまでまばゆい道を歩み、そしてそこから転落した者の選んだ道。一度そこに落ちた者は二度と戻ることは出来ずにただ落ちるのみ。
一人の男は今この瞬間そこに落ちた。
そしてその言葉が、ランデルの最期の言葉となったのだった。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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