第29話 予選 一
第29話~予選 一~
六月も終盤となり、そろそろ夏休みが見えて来た頃。ついに魔闘祭に向けての予選が行われることとなる。
まずは五つのパーティーごとのグループに分かれ、その中でデスマッチを行う。その勝者が一年生の代表として魔闘祭に出場するという形式だ。
現在の一年生のパーティーは全部で四十パーティーあるので、八パーティーが魔闘祭に出場できるという計算だ。どのグループに入ることになるかはくじのため完全なランダム。もちろんA組だらけのグループになる可能性もあれば、逆にF組だらけのグループになる可能性もある。運も実力の内とは言うが、皆がなるべくいいグループに入れるように抽選会で祈っていたのがレインには印象的だった。
「不正とかないのか?」
「ゼロとは言わないが、多分ないと思うぜ?なにせくじの管理は東の塔の教授であるナイツ教授だ。あの人の目を欺けるなら、それこそそんな不正をしなくても十分に上を目指せるはずだ」
「それに不正がばれたらすごい処罰があるっていうし、私も過去に不正があったって言うのは聞いたことがないかな」
レインの疑問に対して二人がそう答えてくれる。どうやら魔闘祭のグループ決めにおいては不正などは入る余地はないらしい。であるなら純粋にパーティー同士の力のぶつかり合いによって勝者が決まるこの戦いは、どうやら貴族が中心のこの学園であっても公平性は揺るがないようだ。
先日のシルフィの話やこれまでの経験から、レインの中で貴族に対する印象は絶賛急降下中でストップ安目前であるのだが、寸前で踏みとどまっているのはリカルドやパメラ、そしてシャーロットの存在と言ってもいいだろう。そのせいかそう言った考えを抱いたのだが、どうやら心配は杞憂に終わったようであった。
「で、レイン。シャーロットとは仲直りしたのか?」
「何度も言うが別に俺達は喧嘩なんかしてないんだが」
「でもシャーロットさん、明らかにレイン君のこと避けてるし、時間が経てば経つほど謝りづらくなるよ?」
そんな押し問答ももう何度目になるだろうか。シャーロットがパーティーに残ると表明してからすでに半月経つのだが、未だにシャーロットの警護は解かれていない。
ゆえにレイン達と一緒に過ごす時間はなかなか取れないのだが、授業でパーティーごとの練習の際に顔を合わせた時にもシャーロットはレインのことをあからさまに避けていたのだ。
原因はわかっている。あの口づけはあの場においてはしょうがないとレインは思っているのだが、シャーロットはそうは受け取らなかったのだろう。
そのせいもあって一緒にシルフィのところに行くことも出来ていないため、あの襲撃者の正体は未だにわかってはいない。もっとも一人でシルフィのところを訪ねもしたのだが、相変わらずシルフィの姿は西の塔にはなかった。
事後処理にどれだけかかっているのかわからないが、その姿が居室にないことを考えてもあまりにいいことにはなっていないのだろう。
「今度ちゃんと話すよ」
「予選の本番は明日だけどな」
となれば今のレインに出来ることはシャーロットとしっかり話すこと。それゆえに機会があればという、逃げ口上の定番の言葉を言ってしまったのだが、リカルドの非情な宣告にもはやこの話題で何度目かわからない大きなため息を吐くのだった。
◇
迎えた翌日。魔闘祭予選を迎えたルミエール魔術学院の天候は快晴。まさに行事を行うにはうってつけの日であった。
「さぁ、みんな!私たちの力を見せてやるのよ!!」
予選の直前になり、ようやくレイン達に合流をしたシャーロットは声高らかにそう告げる。どうやらオリエンテーリングからの厳しい警護体勢に辟易し、非常にストレスをためていたらしいシャーロットは、この予選でそのストレスを全て発散させる腹積もりらしい。
「対戦相手はE組とB組が二組、それからA組が一組ね。相手としては不足はないと思うわよ」
「不足どころか過分な気がするんだけど……」
「大丈夫よ。パメラの補助魔術があれば、敵は全員は私が倒すわ」
「そ、そうだね?」
なんとも頼もしいシャーロットに、パメラも思わずつられて同意を示す。それを見ていたリカルドは苦笑しながらも、しかしシャーロットと同じように闘志をみなぎらせていた。
「レイン、少しばかりいつもよりも攻撃が荒くなるかもしれないが許せよ」
「事情は聞かない方がいいか?」
「時が来たら話すが、そうだな、今はどうしても見返したい奴がいるとだけ言っておく」
「了解。好きなだけ暴れてくれ。ケツは俺が持つ」
「はっ、レインが言うと嘘に聞こえないから困る」
そう言って拳を突き合せたレインとリカルドにそれ以上の言葉はいらなかった。人は誰しも秘密を持つ。それはリカルドだってそうであるのだろうし、レインにだって当然みんなに言ってないことがあるのだ。
だけど、それでも人は人を信じることが出来る。その証拠にレインはリカルドを友人として信頼しているのだから、それ以上の詮索などは不要。そうと決まれば今はこの予選を勝つことのみに集中するだけだ。
「シャーロット」
そのためにレインはシャーロットに歩み寄る。レインが近づいただけで視線をそらしてしまうシャーロットだが、このままでは予選に支障が出る可能性がある。そう思ったからこそレインはシャーロットに告げた。
「今日の予選が終わったら話がある。逃げるなよ」
「……逃げないわよ」
それだけ言うと、一度だけレインに挑むような目を向けたのだが、すぐに頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。
だがどこかそれまでのように言いしれない空気感は和らいだところを見ると、少しはシャーロットの心境に変化があったのだろう。
「よしっ、それじゃ行くわよ!!」
こうして魔闘祭、その予選が始まった。しかし、レインはこの時まだ気づいていなかった。この大会の裏で動いていた闇でうごめく者の気配に。
◇
魔闘祭会場となる特設フィル―ドの裏手。そこには二人の人影があった。
魔闘祭の会場は大森林とまではいかないが、広大な施設面積を持つ学院内の森林地帯も使用するため、必ずどこかに死角が出来る。普段は学生同士の密会などの場として使われることの多いその場所だったが、今そこにいる二人はそう言った雰囲気とはまったくの無縁そうに見えた。
「これを使えば勝てるんだな?」
「ええ、ええ。もちろんでございます。我が商店での最高峰のものとなりますのでその効果は折り紙付きです。少しばかり値は張りますが、誉れあるランデル家の御子息様であればお支払いできない額ではないかと」
「ふん。卑しい商人め。だが今回はいい仕事をしたと褒めてやる。お前の提示した通りの金だ。確認しろ」
人影の一人が受け渡した麻袋を受け取ったもう一人はその袋の中を除く。じゃらじゃらといかにもな音をたてるところからもわかる通り、中に入っているのは袋いっぱいの金貨。どうやらその人影たちは何かの受け渡しを行っているところらしい。
「間違いなく受け取りました。薬の使用方法はお聞きになりますか?」
「いらん。頼んだ商品なのだから使用方法くらい知っている」
「これは大変失礼を。それではそろそろ私はお暇を。この後も商談が控えているものですから」
そう言うと商人らしき一人は受け取った金貨を懐にしまうと、一例をして森の影へと消えていこうとする。
「おい、もしこれが上手く言ったらお前を伯爵家の御用商人に取り立ててやってもいいぞ」
商品を受け取った人影が今にも去っていこうとする人影にそう告げる。その内容に商人は一度足を止め、少し振り返り一拍をおいて言った。
「大変嬉しい申し出ではあるのですが、私は流しの商人ですので。裏で動く人間というのは表に出ないからこそできることもあるのですよ。ええ、ほんとに。ですのでそのお慈悲は是非別のお方に。ですがもし、また私めがご入用の際はぜひご連絡をお待ちしております」
そう言うと今度こそ商人は森の闇へと姿を消していった。その後ろ姿が消えるまで眺めていたもう一人の影は舌打ちをひとつだけ漏らすと、商人とは逆方向に踵を返し歩き出す。
「ふん。人の好意もわからん無能な商人め。そのままどこぞで朽ちるといいさ。俺の欲しいものは手に入った。これであのくそ忌々しいヒューエトスを嬲り殺すことができるんだからな!!」
顔中におぞましいまでの憤怒を張り付けたまま、その人影もまた森の中へと消えていく。
「見ていてくださいフリューゲル様。俺がきっとあなたの眼を覚まさせて御覧に入れます!!」
その声は誰にも聞かれることなく、いや、たった一人だけそれを聞いている者がいた。
「やれやれ、憎しみに溺れた人間というのはどうしてかくも愚かなのか。ほとほと理解に苦しみますね。もっとも、そのおかげで私が商売できるのですからその点は感謝なのですけどね」
森の闇から再び現れたのは先ほど立ち去ったはずの商人。この場にそぐわないシルクハット、黒のタキシードを着たその商人はにんまりと笑い手の中の金貨を見つめる。
「御用商人ですか。あの薬を使用するというのに未来の話をする時点で底が知れるというものです」
商人は金貨を一枚取り出すと、手の中で弄びなからその笑みをどす黒いものへと変えていく。普通の神経の者が見れば絶対にこの商人には近寄ってはいけない。そう思ってしまうほどの真っ黒な笑みを浮かべて商人はさらに笑う。
「さぁ、あの薬を欲している人は多いですからね。次の商談に向かいましょうか」
手の中で弄んでいた金貨を握りしめた途端、商人の姿はその場から今度こそ本当に消えた。まるで最初からそこには何もなかったかのように、痕跡のひとつも残さずに。
予選の裏で何者かが動く中、いよいよ本番が始まる。不穏な空気と共に。
始まった魔闘祭予選と何やら裏で動く何者か。第一章も終盤に差し掛かってまいりましたが、是非続きもお楽しみ下さい。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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