第27話 オリエンテーリングのその後
第27話~オリエンテーリングのその後~
オリエンテーリングが終わり一週間。あの日に起きた出来事は、一部を除き秘匿されることとなった。
表向きは何者かがシャーロットを攫おうとしたが、駆け付けたシルフィにより捕縛されシャーロットは無事。レインはたまたまその場に居合わせただけということになっている。
リカルドとパメラはそれが事実と違うということは知っているが、やはりレインが話してくれるまでは知らない振りをするスタンスは変わらないらしく、それを聞いても何も深く聞いてくることはなかった。
そしてまたシャーロットも、シルフィから直接事情を聞けるということでわざわざ表向きの事情をひっくり返すようなことはしてはいなかった。
こういったことは公爵家のような貴族ともなると慣れているようで、情報の操作や秘匿などはもはやなんでもないのだろうとレインは推測していた。
その推測は当たらずとも遠からずなのだが、実は理由はそれだけではない。
理由の一つは誘拐未遂のせいで、自分への警護という名の監視が非常に多くなってしまったからだ。公爵家の次期跡取りともいわれるほどの存在であるシャーロットが攫われかけたという事実は、もちろんすぐさま公爵家並びに王家へと伝わった。
事態を重く見た両家はすぐさまシャーロットの護衛を強化。アンリが従者を務めるのは変わらずだが、近くには数人の精鋭魔術師に加え、付近を巡回する魔術師も派遣する始末。一応は一定の期間の間と言われてはいるが、これのせいでシャーロットは身動きが取れなくなってしまったのだ。
そして理由のもうひとつ。実はこっちの方がシャーロットにとっては重要で、最近のシャーロットの思考はこのことばかりが大半を占めていたりする。
襲撃者を捕縛し、シルフィが転移門の向こうに消えていった後、あの場にはレインとシャーロットが残される事態となったのだが、生憎とシャーロットは嗅がされた痺れ薬のせいで身動きが取れなかった。
それを見たレインがどこからか取り出した状態回復薬を飲ませようとしてくれたのだが、手や口の筋肉も痺れてしまっていてとてもじゃないが上手く飲むことが出来ない。レインが抱き留める様に支えてくれたのだが、それでもうまくいかないシャーロットの様子に、レインが驚きの行動に出たのだ。
すでに体を抱き締めるような形で支えられているだけでも、男の人とそんなに接近したことのないシャーロットは顔から湯気が出るほどに緊張していたというのに、あろうことかレインは回復薬を自分の口に含むとそのままシャーロットに口移しで飲ませて来たのだ。
「!?!!??」
公爵家の令嬢としてまさに箱入りで育てられたシャーロットだ。これまで異性と手を繋いだことはおろか、家族以外の男性と一定の距離未満に近づいたこともない。だというのにレインは支えるだけとはいえ抱きしめるようにシャーロットに触れている上に、まさか薬を口移しで飲ませて来たのだ。
シャーロットとてわかっている。これはあくまで痺れ薬の解毒のためであり、自力でそれを飲むことが出来ないがゆえにとった仕方がない行動だと。だとしても、それでもシャーロットにとってはそれはキスと同じ。この先の人生で、どういう人になるかは知らないが、一生を共にする伴侶とすることになると思っていたファーストキス。それがこんなところであっさりと奪われてしまった。シャーロットにとってはもはやその事実だけで他には何も考えられなくなってしまったのだ。
もちろんその行為を行ったレインに解毒以外の他意はない。戦場でも同じような状況は割とあり、回復薬をすでに飲めなくなってしまった仲間に口移しで飲ませた経験はむしろ多かったりもする。
それでも戦場とはいえ、まだ年端もいかないレインにそれをさせるのは忍びない。そう思ったアーノルド達が気を使い、レインには極力むさくるしい男たちにそう言う行為はさせなかった。
なのでレインがそれを行ったのはシルフィやクラリスなどの女性や、若い仲間が多かったのだが、それはそれでどうかと思うがそれはまぁ今は関係ない話だ。
とにかく今大事なのは、シャーロットがレインのその行為により非常に気もそぞろになってしまっている現状のせいで、二人でシルフィのところに行くことが出来ていないということだ。
実際シルフィも事後処理に追われていて、仮にシャーロットの状態が普通だったとしても、シルフィとコンタクトをとるのは難しかったのだが、そんなこんなでその後の詳細をレインが聞くことのできないまま時だけが流れていった。
◇
六月の始めに行われたオリエンテーリングから二週間。その間は特に学院内で目立ったことはなかった。行事前にトリシティ教諭が言い放ったように、やはり大森林での体験に耐え切れずにF組のクラスメイトはさらに四人が自主退学をしていったが、それ以上に目立ったことはない。
ちなみに、この退学者に関しては何もF組だけに限定したものではなく、他のクラス、とりわけD組より下のクラスから相次いだのは言うまでもない。それほどまでにこのオリエンテーリングという行事は過酷なものであったのだ。
そんな中、結局レインとシャーロットはシルフィのところに行くことは出来ず、襲撃者の詳細も、シャーロットに対する説明も出来ないまま六月も終わりに差し掛かった日の事だった。
「ドリントの馬鹿が停学処分になったってさ」
夜の談話室で、いつもの三人で集まっていた際にリカルドがそう言った。
常々行いが問題視されていたドリントだが、先のパメラへの件、食堂での一件はドリントの父であるマッケロイ伯爵の尽力もあり目を瞑ってもらっていたのだが、さすがに今回の一件はもみ消すことが出来なかったようだ。
大森林の中での他者への危険行動の誘発。それだけでも重大なことなのだが、そこにシャーロットがいたことが何よりまずかった。レイン達だけであればまだもみ消すチャンスもあったようだが、流石にそこに公爵家の令嬢がいたとなれば話は別。
リカルドによれば、ドリントは名目上は停学という処分であるが、もはや今後貴族として表舞台に立つことは難しいという話だった。
「いかに馬鹿のやったこととはいえ、公爵家に喧嘩を売ったも同然だからな。最悪、マッケロイ家が取りつぶしになったとしても俺は驚かないな」
「家みたいな下級の男爵家だと、シャーロットさんと同じパーティーを組んだってだけで栄誉だもん。どれほど雲の上の人かって言うのがよくわかるね」
そう口々に言う二人に対し、レインはやはり貴族のことはよくわからないとため息を漏らす。
はっきり言ってレインにとってドリントなどとるに足らない存在であったし、そんなことよりも今気になっているのはあの襲撃者の詳細だ。シャーロットと一緒にと思っていたのだが、生憎とシャーロットが難しそうだったので一人でとシルフィのところへ赴いたのだが、残念ながらあの一件以降シルフィはいつもの居室を留守にしていた。
おそらく事後処理に奔走しているのだとは思うので、無理にコンタクトをとることはしていないのだが、やはり頭の片隅からそのことが離れなかったのだ。
「とにかくこれで馬鹿はいなくなった。少しは風通しも良くなるだろうよ」
リカルドがそうまとめたが、実際その言葉は間違いではない。学院内においてドリントのような声の大きい者の話というのは噂として広まりやすい。なのでレインのこともあっという間に広がったのだが、その張本人が停学処分となったのだ。
噂の出どころがドリントだというのは有名な話であるので、そのドリントが停学ともなれば噂の信憑性は大きく落ちる。すぐに状況が改善するとは思えないが、それでも幾分は増しにはなるだろう。
「ならそろそろ次の授業について考えないとね」
「ああ、確かにそうだな。六月もそろそろ終わるし、用意はしとかないといけないだろうな」
「ん?何か特別な授業があったか?」
二人が言うことに心当たりがなかったレインはそう問うが、それに対して呆れたような視線が返ってきたので、少しばかり居心地が悪くなる。
「お前がカリキュラムにあんまり興味がないのは知ってるが、少しは目を通しておくべきだと思うぞ」
リカルドの視線から目を逸らし、パメラへと助けを求める。確かにカリキュラムは入学式の後に配られていたが、少し中を見た後は部屋の奥へとしまっていた。
「少し見たの?」
「……いや、まったく見てないな」
助けを求めた先で、再び冷めた視線にぶつかりレインは言葉を訂正する。
「もう!ちゃんと見ておかないとダメだよ!いくらレイン君が強いって言っても、対策をたてることは重要なんだから!!」
パメラが頬を膨らませながら怒って見せるが、その様子がまるで小動物のようでレインは少しばかりほっこりしてしまう。
しかしどうやらパメラの中ではレインはすでに強者として確立しているようだが、特に訂正はしなかった。先日のオリエンテーリングの時にも、シャーロットを追う際にバイコーンを一撃で仕留めたところを二人にはばっちりとみられている。それでも二人は深く聞かないでいてくれているのだから、こちらから余計なことを言う必要はない。レインはひとまずそう判断しているのだ。
「すまない。それで、なんの授業があるんだ?」
「話が進まないから教えるが、お前、ちゃんとカリキュラム読めよ」
「善処する」
「これ、絶対に読む気ないよね」
ため息を吐くパメラを視界に捉えつつも、聞こえないふりをしてリカルドの次の言葉を待つ。
「夏休みが終わり、二学期が来るととある大会があるんだが、そのことは知っているか?」
「ああ、確か魔闘祭だろ?」
「そうだ。魔術師達の魔術による力比べ。その大会の練習も兼ねた前哨戦が、六月の終わりから始まるんだよ」
そういったリカルドは、どこかいつもよりも高揚しているように見えたのはきっと気のせいではないのだろう。隣でその話を聞いているパメラでさえも、同じように目を輝かせていたのだから。
レインは割と大人です。必要な行為であればキスでも何でも簡単にやってくれます。
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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