第26話 乱入者の捕縛
第26話~乱入者の捕縛~
背後からレインの首を狩り取ろうとした襲撃者だったが、裏拳一発でその戦意の大半はすでに折れていた。
レインは膝だちになり、半ば戦意を喪失しかけている襲撃者を見下ろし冷たく告げる。
「選択だ。死ぬか、全てしゃべるか。それ以外の選択肢はない。指先一つ動かした瞬間に殺す」
端的に、だが伝えるべき全ての事柄を含んだレインの言葉に対し、すでに襲撃者は諦めていた。この場から逃げることはまず不可能。それどころか一矢報いようなどと余計なことを考えれば、その瞬間に自分の命は刈り取られるだろうと察してしまったのだ。
ならこのまま捕虜となり、全てを話すのかと問われればそれもまたノーだ。もし自分の命可愛さに依頼主や自分の目的などを話してしまえばそれこそ最悪。自分の命だけならまだいいが、きっと把握されているであろう自分の大切な人たちにまで被害が及ぶ恐れがある。
「……」
襲撃者は選択した。いや、その選択肢しかなかったのだ。
その魔術は誰にでも使える。誰にでも使えるがゆえに難しく、相応の覚悟が必要となる魔術だ。
術式はいらない。回路での意味の付加もいらない。必要なのは魔力炉。そして自身の魔力炉を正確に把握し、その上であえてそれを暴走させうるだけの勇気。
そう、襲撃者が選択したのはシンプルに自爆だ。魔術師に必ず存在する魔力炉。それをあえて暴走させることによっておこるメルトダウン。暴走した魔力は圧縮し、最後には術者その者を炉心として大爆発を起こすまさに最終手段といえる魔術だ。
すでに退路を失った襲撃者にとって、どう転んでも行きつく先は死しかない。ならばせめて全てを巻き込んで死のうという、闇に生きる者にとっては実に鮮やかな決断だった。
「舐めるのも大概にしろ」
だが襲撃者にとって不運があるとするならば、対峙したのがレインであったということだろう。自らの魔力炉を暴走させるために襲撃者が内に意識を向けた瞬間だった。
「っがはっあ!?」
突如として襲ったのは腹部に突き刺さるような得体のしれない痛み。それが単純にレインに腹部を殴られたのだと悟った時には、すでに襲撃者の体はまたしても背後の木々にぶち当たった後だった。
「余計なことをされても面倒だしとっとと学園に引き渡すとするか」
ただ腹部を殴られただけ。それだけのはずなのに襲撃者はそれきり指一本動かすことすらできず、ただ遠くで聞こえるレインの声を聞くことしかできない。
格が違う?そんな生易しい話ではない。もはや次元が違うのだ。
そう今度こそ心に刻まれた襲撃者は、全ての抵抗を諦め、この後課されるであろう運命を受け入れることに決めたのだった。
そんな襲撃者の様子を見たレインは、懐から掌に乗るほどの小さな魔石を取り出しある人の名前を呼んだ。
「シルフィか?森の中腹から少し入ったところで怪しい奴を捕らえた。とりあえず一人でこっちに来れるか?」
そう魔石に向けて話しかけるレインに対し、これまでの光景の一部始終を見ていたシャーロットは驚愕する。
通信魔石とは文字通り遠方の人と通信を行うことのできる魔石の事だ。離れた場所にいながら通信を行えるということの価値は計り知れない。情報の速やかな共有は言うに及ばず、もしこれを軍事に応用したのなら、敵の行軍の様子や狙いなどが即座に伝わることになり、圧倒的な有利に立つことが出来るほどに貴重な魔石なのだ。
ゆえにどこの国もこぞってこの通信魔石を手に入れようとするのだが、需要に対して供給が圧倒的に少なく、手にしているのはほとんど国でも王族、ないしそれに次ぐ者が家に一つあるかないかというほどなのだ。
もしそれを売りに出せば人生を少なくとも十周は遊んで暮らせると言われるほどの価値を持つ魔石。それを目の前で使用しているレインにシャーロットは驚愕した。それほどの価値を持つ魔石を一個人が所有している。その時点ですでに異常。だというのに、そこから先の出来事はそれ以上の異常であった。
『オッケー。すぐに行くからちょっと待ってて』
通信魔石の向こうから聞こえてくるのは、学院内でも最高峰の実力を持つとされる西の塔の教授、シルフィ・ファスタリルの声。シャーロットほどの生徒をして、入学してからまだろくに話したことのない教授をいともたやすく呼び出すレイン。
次の瞬間、レインの隣の空間が歪む。歪んだ空間は真ん中でぱっくりと割れ、人ひとりが通れるほどの次元の狭間となる。そしてそこから現れた人こそ、今しがたレインが呼びつけたシルフィであったのだ。
「相変わらずすごいなそれ。転移魔術だったか?」
「でしょでしょ!私の自信作だからねー!今のところ真似されたことはないかな?」
離れた距離を一瞬でゼロにする転移魔術。おとぎ話の中でしか見たことのないような魔術を目の当たりにした上に、さらにその使い手たるシルフィとレインの会話は、まるで旧知の仲であるかのように親し気。その様子にさらにシャーロットは混乱する。
「状況は?」
「シャーロットを攫おうとした襲撃者を捕縛。おそらくこの前言ってたやつらだろう。そっちに身柄は渡すから尋問は任せる。情報は後で教えてくれ」
「了解。狙うならここだろうとは思ってたけど、近くにレインがいてくれてよかったよ。流石の私もこの大森林の広さを一人じゃカバーできないからね」
つつがなく進む会話に、襲撃者は諦めた心がさらに沈むのを感じる。レインという次元の違う存在に加え、現れたのはこの世界でもトップに君臨すると言われる五芒星の魔術師の一人。もはや何をしても襲撃者に未来はない。そう感じるには十分な事実だった。
「なら私はこいつを連れて先に戻るけど、レインはどうする?お友達はさっき保護されたみたいだけど、なかなかカオスな状況だったみたいだねー」
「詳細はまた報告があるだろうが、あの馬鹿にはしかるべき処罰をしてくれよ?学院がしないなら俺がする。流石に三度目は見逃さないからな」
「わかってるよ。レインに任せたらそれこそあの子の家、まるごと無くなっちゃいそうだからね」
「ならいい。俺はシャーロットを連れて戻るから先に戻って事情の説明をしてくれ。くれぐれもその襲撃者を捕まえたのはシルフィってことで頼むぞ?」
「レインの手柄にすればいいと思うけど、まぁ、昔から目立つの嫌いだもんね。後のことはお姉さんに任せなさい!」
そういうとシルフィは再び転移魔術を行使し、空間に裂け目を作った。そして襲撃者を立たせると、後ろ手で縛り上げる。その縛り上げているものがロープなどではなく、光の輪のようなものだったのだが、もはやシャーロットはそれが何かについて考える余裕もなかった。
「あ、そうだ。その子に話すの?」
転移門をくぐろうとしたシャーロットがそうレインに問う。おそらくは明らかにおかしいレインのことについてだとシャーロットは予測する。
おそらく相当の手練れであろう裏で生きる魔術師をあっという間に倒し、通信魔石を所持。さらには世界最高峰の魔術師である五芒星の一人と親し気に話す。もはやレインは普通の学生というには無理があった。
「そう、だな。どうしようか考えているが、シルフィはどうするべきだと思う?」
「うーん。レインがその子を信頼できるならいいかもしれないけど……」
そこで一度言葉を切ったシルフィ。だがすぐに答えを出したのか、レインに向けてこういった。
「その子、フリューゲルの家の子だよね。それだと流石に放置ってのもまずいから、とりあえず落ち着いたら一緒に私の所に来てくれる?どうするかはその時に考えよ」
そう言うとシルフィは襲撃者を連れてさっさと転移門をくぐってしまった。残されたのはレインと、まだ痺れ薬が効いているのか、地面に力なく横たわるシャーロットのみ。
「さて、とりあえず俺達も戻るとするか」
この場をどうするべきか考えながら、答えが出ぬままレインはシャーロットを助け起こすのだった。
レインの圧倒的な戦闘シーンの第一弾でした!!これからさらに格好いいシーンが出てくるのでよろしくお願いします!!
三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。
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