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第19話 最初のハードル

第19話~最初のハードル~


 シルフィの話を聞いた休日から一週間、周囲にいつも以上の注意を払っていたレインだが、とりあえずこれまでに何かが起こったという話は聞いていない。


 もちろんシルフィにもあれから何度か会い、新しい情報はないか聞いているが、シルフィの方もあれから進展はないようであった。


 何もないことはいいことだと無理矢理思い込むことにしたレインは、教室の壇上に立つトリシティ教諭の話へと意識を戻す。


「来る六月の第一週に、あなた方が最初に越えるべき課題が行われます」


 今日の全ての授業が終わり、終業のホームルームが行われている場でトリシティ教諭が相変わらずの仏頂面でそう言った。


「新入生オリエンテーリング。場所はルミエール魔術学院が保有する大森林。あなた方にはそこで課題をクリアし、他の生徒よりもよりよいタイムでゴールを目指してもらいます」


 そう言ったトリシティ教諭の言葉に、おそらくは事情を知っているのであろう生徒が戦慄し、レインと同じように何も知らない、もしくは詳細までは知らない生徒はその様子に首を傾げた。


「各自これから配布する資料を熟読し、期日までに準備をしておくように。いかな落ちこぼれであるF組とはいえ、この課題を越えられないようでは困りますからね」


 今日も今日とてまばゆいばかりの光沢を放つ眼鏡を押し上げ、トリシティ教諭は冊子にまとめられた資料を配布し始めた。遠目からその冊子を見たレインであったが、学園行事としてはあまりの分厚さを誇るその冊子を見て思わず声が出そうになった。


 一体そのオリエンテーリングとはどのような行事なのか。


 戦々恐々としながら生徒たちが配られる冊子を手に取るのを待つトリシティ教諭は、全員がそれを受け取ったことを確認して教室を後にした。最後に一言、不吉な一言を放って。


「オリエンテーリング終了後、この教室に半数以上の生徒がいることを望みますよ」


 その言葉を残し、後ろ手に教室の扉を閉めたトリシティ教諭。すでに十人がいなくなった教室内において、その一言が阿鼻叫喚な図を誘ったことはもはや言うまでもないことだろう。


 ◇


「新入生を対象としたチームでのレース。それがこのオリエンテーリングの正体だな」


 その夜、寮の談話室のソファでくつろぎながらリカルドがどう言った。レイン、リカルド、パメラはいつものごとく夜のひと時を一緒に過ごしていたのだが、必然、話題は今日提示されたオリエンテーリングの事となり、レインがリカルドに詳細を尋ねたというところだった。


「私も聞いたことがあるよ。大森林にはいろんな魔物がいたり、魔術的な罠があって、いっつも怪我人が続出するって」


 リカルドに続きパメラが怯えたようにそう言った。


「パメラの言う通り。このオリエンテーリングっていう行事は、言うならば新入生にとって最初の篩の場。この学院で上を目指すために越えなきゃいけない最初のハードルってわけだな」


 そう言ったリカルドに、レインはそこでようやく得心が行く。教室での訳を知る者の怯えた顔。それの意味は、どうやらこの行事の本質に繋がるものなのだろう。


「レインは知らないだろうが、パメラはこの行事がどんなものか知ってるか?」


「ううん。噂では聞いたことあるけど詳細までは。私が知ってるのはこの行事の後、大量の退学者が出るってことくらいだよ」


「表向きに出る情報はそんなもんだろうな。実際、この行事の後は真面目に大量の退学者が出る。しかも学院側からの勧告ではなく全員が自ら望んでだ。この意味が分かるか?」


「先日の総合戦闘訓練と同じで、自分の実力の限界を突きつけられるからじゃないのか?リカルドの言い方を見るに、よっぽど厳しい行事のようだしな」


 リカルドの問いに答えるレインだったが、この行事があまり優しくないものであることは否が応でも気づいていた。おそらくだが、魔物や魔術による罠など、生徒を苦しめる環境は嫌でも生徒に己の限界を突きつけることになる。人というのは極限状態でこそ、その本質が浮き彫りになり、そこで自身という者がどういう者であるのか知ることになる。


 自分の実力以上の環境でそのような状態となり、怪我を負い、勝てない相手と相対し、時には自身が越えられなかった状況を一瞬で越えていくものを目の当たりにすることもあるのだろう。


 もしそうなってしまえば、よほど自分を強く持てるもの以外は心が折れる。そして歩みを止めてしまうことになる。きっとそれこそがこの行事で続発する退学者の理由であり、学院が強く優秀な者を選別するための最初の篩となるのだ。


「実際、この行事は三年の学院生活の中で比較すれば容易なレベルの行事だ。だからこそこれを越えられないならやめた方がいい。それが分かっているからこそ退学者も増えるってわけだ」


 己の力量を知るのも立派な強さ。その極端な例がこの行事というわけだ。戦場で嫌という程見て来た人の心が折れる瞬間。あまり気持ちのいいものではなく、できれば見たくないと思う反面、レインはその行事に少しの期待を寄せていたのも事実だった。


「内容は単純。四人でチームとなり、課された課題をクリアして大森林の中に設定されたゴールを目指す。期限が一週間設けられているところから、サバイバルは必至。魔術の腕だけじゃなくて、総合力が求められる行事だ」


「あの、リカルドくん。その課題の内容とかってどんななのかな?」


「俺も詳しくは知らないが、課題はチームごとにランダム。採取系の課題もあれば討伐系の課題もある。過去に一番難しかった課題は大森林の中腹に辿り着くってものだったらしい」


「そっか……。できたら簡単なものがいいけど」


「それはもう運だろうな。課題の難易度によってゴール後の点数も変わるし、あんまり簡単な課題でもよくないんだよ。もっとも俺達は出された課題をクリアするしかないから、結局は運になるんだけどな」


 そこまで説明し終えたリカルドはスポーツドリンクに口をつけ、みんなで食べようとパメラが持ってきてくれたクッキーを一つ口へ運んだ。どうにも手作りらしく市販のものと比べれば多少不格好だがその分味がよく、できたらもっと量が欲しいとレインは思っていたりもする。


 話がそれたがおおよそ行事の内容は理解できた。つまりはチームでのミッション。課された課題を如何に効率よく遂行し、その上で目的地を目指すという実践的訓練だ。やはり感情が少しばかり高ぶるのを感じ、それを顔に出さないようにしながらレインもまたスポーツドリンクを口に含んだ。


 学院での生活に不満があるわけではないが、それでもレインにとっては少し物足りないものでもあった。戦争という血で血を洗う戦場で生きて来たレインにとって、学院での生活は少しばかり平和すぎる。ハンターとして暮らした三年はまだよかったが、それでも物足りなさを感じていたのだ。戦うことすらないこの学院生活で、レインは少なくないフラストレーションを溜めていたのだ。


 だからこの行事は楽しみだった。大森林という魔物も多く存在する秘境。管理地であったとしても、少しは実践の感覚に浸ることができる機会がレインはまんざらでもなかったのだ。


 だがそれと同時に一つ気にかかる点もある。先日ギュンターから警告され、そしてシルフィが言っていた帝国の影。いかに学院の管理地とはいえ、大森林ともなれば学院の目が生徒全員にいきわたるとはとてもじゃないが思えない。とすればそこで帝国がなんらかのアクションを起こす可能性は高いと言える。


「レイン?どうした?なんか聞きたいことでもあるか?」


「いや、そういうわけじゃない」


 顔には出さなかったが、黙りこくってしまったレインにリカルドが何か疑問でもあるかと聞いてくれたところで、レインはその思考をバッサリと切り捨てた。


 もちろん楽観視しているわけではないが、どちらにせよ現状で打てる手はない。もし何かが起こればその時に対処すればいいとレインは納得し、リカルドとパメラに向き直る。


「まずはもう一人メンバーを探さないといけないんだな?」


「そういうことだ。今の俺達は三人。規定人数未満での参加も認められちゃいるが、それすらも集められないって理由で減点になるのは間違いない」


「なら明日から早速クラスで声でもかけてみよう。すでにグループはできてはいるが、一人くらいならなんとかなるだろう」


「だと、いいね」


 とりあえずの方針を決め、その夜はそこでお開きとなったのだが、最後に呟いたパメラのフラグが、翌日しっかり回収されることになったのは言うまでもないことだった。


新たな行事の幕開けです。オリエンテーリングと聞くとみんなで目的地を目指して歩いたことを思い出しますが、みなさんはどうでしょうか?

もちろんレイン達の行うオリエンテーリングはそんなに甘いものじゃないですけどね(笑


三日ごとの更新でお届けする予定ですので、また次回も読みに来てください。

ブックマーク、評価の方して頂けると作者が泣いて喜びます。長く続く作品にしたいと思いますので、お手数ではありますがぜひよろしくお願いいたします。


広告下に私の他作品のリンクを貼ってありますので、そちらも合わせてよろしくお願いします。

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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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