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第144話 クーデター

第144話〜クーデター〜


 全ての逃げ道を封じられたアドルフのとった行動は早かった。


 元からこの事態を予測していたのだろう。そうならないようには立ち回っていたのだろうが、如何せん今回は相手が悪すぎた。だからこそ最悪の場合に備えて保険をかけておいたのだが、今回ばかりはそれが功を奏した。


「これは……」


 間違いなく動けない状態だったはずのアドルフが、突如としてその場から消え失せたことに対し、レインはそう小さく呟く。気配を探ってみてもその欠片すら拾えないところを見ても、どうやらこの近くにはすでにいないらしい。


 手加減をしたとはいえ、あの状態でレインの目を掻い潜り逃げ遂せるなどまず不可能。しかしそれを実行できたとするならば、考えられる可能性は多くはない。


「転移魔術かもしくは魔道具か。いずれにしても相手の本気度が窺えるな」


 そう一人で納得しながらレインは思考を走らせる。


 ここまでの状況とレインの持つ情報。それらを足し合わせて予測される現状とこれから起こり得る可能性。いくつかの可能性は考えられるが、やはりそのどれもが今この場所で起こっている状況が一つの答えに向かっていると言っている。


「クーデターか」


 あくまで予測。だが確度の非常に高いその予測に対し、その場にいるもう一人であるシュバルツの方がピクリと反応した。


「まさか、だが……」


「何を動揺している?あんたがさっき自分で言っていたことだろう?自分の近くでことが起きる可能性が高いと」


 冷静な、そして的確なレインの指摘。シュバルツとて理解はしている。この国の貴族の頂点に立つ者として、これまで得てきた情報と自身の経験に裏打ちされた分析がレインの指摘が正しいことを誰よりもシュバルツに理解させてしまう。


「アドルフがなぜ……」


 それでもその事実を肯定することができないのは、裏切った人物が絶対にあり得ないと思っていた者だったからだ。


 自分に近く、情報をある程度共有している者が裏切っているのは間違いないと確信していた。昨今の情勢と不穏な空気を的確に読み、そしていくつかの貴族におかしな雰囲気を察知していたからこそシュバルツはいち早く動いていたのだ。


 そしていよいよ裏切り者を突き止める直前まで来ていたところだった。餌を蒔き、あとは食いつくのを待つだけ。帝国が絡んでいる以上、それだけですべてを解決するのは無理でも、幾らかは聖王国内の均衡を保つことができると計算していたのだ。


 しかし蓋を開けてみれば、まさか自身の一番の側近が裏切っていたのだ。


 それはつまり、これまでにシュバルツが得ていた情報、ひいてはこれから行おうとしていた手札の全てまでが裏切り者に伝わっていたことと同義。


「事態は最悪と見た方がいいみたいだな」


「あぁ……。少なくとも今回私がやろうとしていたことが露見したとするなら、この国の貴族の半分は不信感を覚えるだろう……」


 未だに起こった事実を飲み込めていないながらもレインの問いにシュバルツは静かにそう返す。


 アドルフ・ミニスター、つまり現ミニスター家の当主が裏切った。


 古くから、それこそフリューゲル家の創設時から従者として共にあり続けた家。そして同じだけの時を主従として過ごしてきたからこそシュバルツはアドルフのことを何一つとして疑ってはいなかった。


 主人と執事。すでにそれだけの関係では計り得ない。それだけの絆があると信じて疑っていなかった。


「私の知ることの全てはアドルフも知っている。それはつまりフリューゲル家の情報すべてをアドルフは知っているということだ」


 そのアドルフが裏切ったのだ。つまり今、フリューゲル家の全ては敵の手の内にあると言っても過言ではない。


「だがどうして……」


 現状を言葉で表すことはできても感情は別。いかに歴戦の大貴族といえど、流石に肉親と同等以上に扱ってきた者が裏切ったとなれば動揺をするなという方が無理な話だろう。


「理由は後で本人に直接聞いてくれ。それよりも今は今後の方針を決める方が先決だ。悪いが俺はシャーロットを連れて早々にフリューゲル領を出る。あんたはどうする?」


「私は……」


 そんなシュバルツの心情を切って捨て、レインは己の方針だけを冷静に伝えた。


 実際、公爵家当主の側近がクーデターを起こした。しかもその側近は当主と同等の情報を持ち、その信頼から公爵家のあらゆる執務をこなしていたのだ。その者が的になったとするならば、それはもはや公爵領事態が敵になったに等しいと考えた方がいい。


 だからと言ってそれでレインがどうこうなることはない。仮にこの領地の魔術師が大挙してレインに襲い掛かろうとも、それを全員倒してしまう自信がレインにはあった。


 凡百の才能がいかに群れようと、至高の才能に届くことはない。その程度で崩れるほど五芒星の魔術師、世界の頂点は低くはないのだ。


 だがそれは最悪の一手とも言える手段だ。


 もしレインが公爵領内の魔術師を一掃してしまえば、フリューゲル家は大きく力を落とすことになる。聖王国内最大の貴族。全ての貴族を束ねる大貴族が失脚すれば、それすなわち聖王国自体が大きく力を落とすことと同義であるのだ。


 そもそもレインがここにきたのは、そうならないために事前に手を打つためだ。にも関わらず自身の手でそれをして仕舞えば、何をしにきたのかわからなくなってしまう。


 そして何より大きな理由は、レインがこの場所にいるにも関わらず敵がことを起こしたということだ。


 シュバルツがレインの正体を知っていたのならば、アドルフもまたレインが五芒星の魔術師であることは知っているはず。五芒星の魔術師の名は、今や世界中の人が知るほどのものであり、その実力もまた全てのものが知るところであるのは間違いない。


 魔術師の頂点。最強の魔術師。


 そんな言葉で称される存在がいる場所でことを起こした。それはつまりレインがいたとしても敵は目的を達することが出来ると考えているということだ。


「俺としては今この領地で信用できるのはシャーロットだけだ。もしかしたらこの一連の裏切り行為すらも、俺を欺くための罠かもしれない。あんたとあの執事で何かをしでかすつもりなのかもしれないからな」


「馬鹿な!?私がこの国を裏切ることになんのメリットがある!?」


「それは知らない。事実がどうであれ、今の俺にはあんたを信じるだけの材料がないことに変わりはないんだ。しかもあまりに状況が不透明すぎる以上、一度引いて態勢を立て直すことを優先させてもらう」


 そういうとレインは踵を返す。


 しつこいようだがこの場所で何が起ころうと、おそらくレインに問題はない。だが、敵がレインのいる場で事を起こした自信を考えると嫌な予感が拭い切れないのだ。


「待て!」


 シュバルツの返答を待つ事なくその場から去ろうとしたレインだったが、その背にかかる声に足を止める。


「信じる信じないはこの際いいが、一つだけ私の話を聞いてくれ!」


「なんだ?」


 レインとしてはこれ以上余計な話をするつもりはなかった。何が真実なのか、誰が敵なのかわからない以上、必要以上の問答は混乱を招く。とにかく一刻も早くこの場を離脱したかったのだが、それでもその足を止めたのはシュバルツの声があまりに必死だったから。


「あの子を、シャーロットのことを頼む!」


 短く、だが的確に己の心情を表したのだろう。その言葉に振り向いたレインの目に映ったのは、今度は逆にレインに背を向け走り去るシャバルツの後ろ姿だった。


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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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