第141話 疑念には直球で
第141話〜疑念には直球で〜
レインとシュバルツは屋敷の中庭に出てきていた。無論、少し離れた場所にシュバルツの護衛を兼ねた使用人はいるのだが、二人が話している内容までは聞こえない。
「シャーロットが何も言及してこないとはな。どうやら君のことをよほど信用していると見える」
中庭に二人で出てくる前、部屋に残してきた娘であるシャーロットのことを思い出しシュバルツは少しだけ目を細めた。
シュバルツはシャーロットのことだ、強引にでも二人についてくると考えていた。昔から自分が関わることは全て知っておきたいという所があった。だからこそ今回もそうだと思ったのだが、意外や意外。嫌そうな顔こそしていたが、特に食い下がるどころか意見すら言わずに二人を見送ったのだ。
「シャーロットは僕があなたに聞くことを知っています。その場に自分がいない方がいいと判断したんでしょう」
「かも知れないが、あの子があれほど素直に引くとは思わなかったのでね。少々君のことを私はみくびっていたらしい」
互いに核心には触れることなく中庭をゆっくりと歩く。先の防衛戦での話を聞くと言っていたのに、シュバルツがその話を切り出すことはない。レインも特に自分から何かを話すことはない。
これからレインが問おうとしているのは、フリューゲル家の立ち位置についてだ。シャーロットはこの夏季休暇の具体的なことについてだと思っているだろうが、あくまでそれは報告事項。重要であることに変わりはないが、真に重要なのは後者の方だ。
しかしそれはフリューゲル家という、国内でも最大の貴族を疑うということに他ならない。普通の神経でできることではなく、それ相応の聞き方が求められる。
それも当然だろう。もしここでシュバルツの機嫌を損ねることがあれば、その瞬間にこのフリューゲル領にいる全ての人間を敵に回すことになりかねないのだ。
無論、レインであればそれを全てを躱す、ないし倒すこともできるだろうが、それがこの場において得策でないことは火を見るよりも明らか。それではフリューゲル家を完全に敵に回すことになってしまう。
今は帝国という強大な敵に対し、国内はまとまる必要があるのだ。にも関わらずここで五芒星の魔術師とフリューゲル家が拗れるなど愚の骨頂。いかに政治に興味のないレインであってもそれくらいは理解をしている。
「さて、腹のさぐり合いはこれくらいにしておこう」
だからこそレインはどう切り出すべきかを探っていたのだが、意外にもその口火を切ったのはシュバルツの方だった。
「私もこれで忙しい身だ。娘の話は聞きたいが、それは夕食の席にでもゆっくりと聞けばいいだろう。そっちの方がシャーロットのうろたえる表情も見れるのだから尚いい」
変わる空気、変わる表情。
それまで見せていた飄々とした雰囲気も、どこか娘をからかうような父親の表情も全てが一変する。
そこにいるのはあらゆる荒波を乗り越えてきた大貴族、フリューゲル家当主、シュバルツ・フリューゲル。幾人もの貴族を従える、聖王国内でも屈指の人間。その人がレインを真正面から見据える。
「我が領地に一体如何なる用かな?五芒星の魔術師が一人、拳帝レイン・ヒューエトス」
射抜くような視線。その視線は一変の嘘も虚偽も許さないという、まさに人を束ねるにふさわしいもの。それを見てレインは納得する。昼行灯に隠されたカリスマ性。この人はこれでこの国の貴族を束ねているであろうと。
「予想はしていましたがやはりこちらのことは調査済みですか」
だがレインとてその程度で怯むような人生を送ってきたわけではない。幼くして第二次魔導大戦の最前線、アンフェール島で戦い生き抜いてきたレインにしてみれば、名だたる貴族たちを眼光一つで黙らせてきたシュバルツの威圧でさえ、その効果を発揮することはない。
「そちらが自身の立ち位置から俺に対して質問をするのであれば、こちらもそれ相応の返答を持って答えよう」
雰囲気を変えたシュバルツ同様、レインもまたその雰囲気を変貌させる。
もちろん口調が変わったなどという上辺だけのものではない。レインもまた、シュバルツの前では礼節を重んじた態度を取っていた。あくまでここでのレインの立場は、シャーロットという公爵令嬢に招かれた平民という客人。故に敬語を使い、なるべく返答にも気を遣ってきた。
だがそれをシュバルツからして崩してきたのだ。レインを娘の客人ではなく、五芒星の魔術師として扱った。であるならレインもそれに準じた対応に切り替えるのが相応。
「ここ最近、いや、多分もっと前からなのかもしれないが、帝国が動いていることについては知っているな?」
「無論だ」
だがそんなレインに対してシュバルツは短くそう切り替えした。内心でどう思っているかはわからないが、五芒星の魔術師としての風格を隠すことのないレインに対し、ここまで威風堂々と話すことができるものはそうはいない。
その様子にレインはシュバルツという人物の印象を上方修正しながらも続ける。
「帝国の手が聖王国内部にも及んでいる件については?」
「知っているとも。どうにも貴族の中にもおかしい者がいると思って調べているところだからな。急に羽振りが良くなった者、これまでと全く違う事業に手を出す者。普通に考えればあり得ないことが起こっている。疑うなという方が無理な話だ」
やはり貴族にも帝国の手は及んでいる。国家の中枢である聖教会内にも手が回っていることを考えれば、地方貴族に回っていない方がおかしいが、それでも自身の予想が外れていなかったことにレインは内心で舌打ちをした。
この分では聖王国がどこまで帝国に侵されているかわかった物ではない。いくら龍穴を押さえているとはいえ、内部分裂をしてしまえば、その隙に龍穴をも奪われかねないのだ。
そうなってしまえば後は帝国の掌。世界を生かすも殺すも全ては帝国の意思一つになってしまうだろう。
「こちらは一つ質問に答えた。次はそちらがこちらの質問に答えるべきではないかね?」
思案を始めるレインにシュバルツが再び問う。
「五芒星の魔術師の一人が我が領地に一体なんの用事があって来たのかな?」
どう答えるべきか。
一瞬悩んだレインであったが、もはや腹のさぐり合いをしている時間は終わった。ならばその答えは直球であるべき。
「ならば聞く。フリューゲル家は帝国とつながっているか?」
空気がさらに変わった。
最初穏やかだったシュバルツの雰囲気は、先ほどから大貴族にふさわしいものとなっていたが、今はそれを通り越し、完全にレインを警戒するものに変わっている。もはや客人ではなく、敵として対峙していると言った方がふさわしいものにだ。
「君は今は自分が何を言っているのかわかっているのか?」
貴族、しかも聖王国という世界のトップである国の大貴族。その貴族に対し、一介の平民が国を裏切っていないかと問うている。それが今の構図なのだ。
普通であればどのような状況であれレインの首が飛ぶ。
不敬罪などではまだ生温い。貴族というのは一番に自分たちのメンツを大事にする生き物。仮に本当に裏切りを働いていたとしても、それを突きつけられて激昂しない者はいない。レインのしていることはそういうことだ。
「当然だ」
だがそんなことはレインには関係ない。
「もしフリューゲル家が裏切っているとすれば、それは聖王国内の貴族が全て裏切ることに等しい。そうなればこの国は終わり。世界の覇権を帝国が握るのは時間の問題。それだけはなんとしても止めないといけない」
前回の戦争を一番最前線で見て、そして誰よりも人を殺したからこその思い。自分が感じたことを再び誰かに感じさせてはいけない。だからこそレインはシュバルツにそう言い放つ。
「もし、仮にもしだ」
シュバルツの瞳がレインを射抜く。
「フリューゲル家が帝国と内通しているとしたら、君はどうする?」
時が止まる。空気も止まる。
その問いに、レインは静かに口を開く。
「悪いがフリューゲル家には消えてもらう」
二人の視線が、さらに深く交錯する。




