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第135話 シーボルの港にて

第135話〜シーボルの港にて〜


 海洋王国の名の通り、シーボルの港街はかつてレインが見たどの港よりも栄えていた。


 船の出入りは激しく、そこから降ろされる積荷は見たこともないものが多い。またその逆に船に積み込まれていく物も多く、まさに物資輸送の拠点というにふさわしい光景だった。


 その光景と同様に、そこで働く者もまた多く賑やかだ。積荷の上げ下げをするものが威勢よく声を上げ、屋台のようなもので食べ物を売る者は客引きの声を他の店に負けないように張りあげる。


 そこかしこで競りが行われ、今まさに降ろされた荷物や海産物などが様々な商会によって買い取られていく。


 ここには世界の縮図があった。しかしそんな賑やかな場所だからこそ横行する犯罪もある。


 木を隠すには森の中。多量の積荷が出入りするこの港の中には、危険な薬物や食物、時には魔物の密輸なども行われている。


「ここなら半魔人を輸送するのも容易か」


 これを全て管理するには相当量の人員とシステムが必要だ。例えるなら全ての人と物に発信器でもつけなければ必ず何かが見落とされる。


 だが当然そんなことをマリット海洋王国ができるわけもない。と言うよりも最初からするつもりなどないのだ。


 海を玄関口として、それ以外の一切の出入り口を塞いだ排他的なマリットという国にとって、この港は絶対に失うことのできない生命線だ。


 それゆえにこの場所だけはなんとしても守り、秩序を保つ必要がある。そのためなら些細な密輸など見逃すくらいどうと言うことはないのだ。むしろそれを見逃すことで港がさらに活性化するのであれば、それは願ったりとすら思えてしまう。


 毒を食らわば皿まで。全てを受け入れるだけの器量があれば、裏で悪が横行したとしても国の発展のためになる。


 だからこそ組織もここを選んだのだ。半魔人という、人を合成獣として扱うという倫理を犯した行為からできた産物を輸送するには、ここがうってつけの場所だったから。


 港を進み、人で賑わうエリアから大型の帆船がいくつも停泊しているエリアへとレインは足を向けた。


 このエリアはこれから大海原へと出港していく船の停泊場所。これからの大航海を前に、静かに英気を養っている船の溜まり場。


 その場所のさらに奥。賑やかな喧騒の欠けらもなく、人の気配どころか小さな生き物の気配すら感じられない場所をレインは歩く。


「止まりな。その迷いのなさから見て、迷い込んだってわけじゃないんだろ?」


 ジェニーとシャルフから得た情報から、レインは組織の暗殺班であるスカルチームのいるであろう船に向かっていた。そしてその途中でかけられたのがこのセリフ。


「存外早く出てきたな」


「は?」


 することは迅速に。声の一つも出させることなく相手を制圧。レインがここに来るまでにあらかじめ決めていた作戦だった。


「俺の許可なく声を出せば殺す。動いても殺す。何をしても殺す。ここでお前が死んでも変わりはいる。言っておくが俺はお前が仲間を呼ぶよりも早くお前を殺せる。お前に与えられた選択肢は、俺の質問に素直に答えるかそれとも死ぬかの二択だけだ」


 船の影から現れた男に何もさせることなく地面へと叩きつけたレインは、その背中を腕ごと踏みつけてそう告げた。


 組み伏せられた男は素直にその指示に従った。当然だろう、自分が何をされたのかもわからず、気がつけば地面にキスをしていたのだ。


 抵抗しようにも体がまるで動かない。おまけに告げられた言葉に乗せられた殺気のせいで、呼吸の仕方も怪しくなってきている。


「お前はスカルチームの人間か?」


 その圧力からただ逃れることしかもはや考えることができない。レインを殺すつもりで現れた男は、自分の仕事を何一つとして行うことができずに全ての情報をレインに与えることになるのだった。


 ◇


 スカルチームが所有している大型の帆船。見た目は帆船だが、実際のところその動力は大型の魔石による物だ。魔石の力で推進力を得た船体は、通常の帆船よりはるかに速い速度で海を突き進むことができる。


 そのおかげでマリット海洋王国から西の大陸の玄関口であるガントまで、通常なら一月はかかるところを半月という時間で航海できてしまう。


 その船を使用し、スカルチームはゴースデル商会で作られた半魔人を、キドニー商会経由で砂漠の国であるガント王国のリオット商会へ卸すと言う役割を担っていた。


「もう一度言ってみろ」


「く、繰り返します!ハルバス聖王国、フォーサイトのターゲットを消しに言ったチームとの連絡が取れません!おそらくはターゲットに返り討ちにあったのかと……」


 そのスカルチームのリーダーを任されているのは、シャルフと同様成り上がりで組織の幹部となったキースという男だ。


 貧しい村で口減らしのために捨てられ孤児として生きてきたキースは、己の魔術の才覚を幼い頃に気づくことができたおかげでここまで生きてくることができた。


 そして同時に世の中は腐っている。信じられるのは自分だけであり、他者は利用してでも成り上がらなければならない。そうでなければただ惨めに死んでいくだけ。そんな思いでこれまでの人生を生きてきた。


 自分のために人を殺し続け、気がつけば組織の中でも暗殺を担うチームの一つを任されるようになった。


 もちろんスカルチームは組織の中でも数あるチームの中の一つでしかなく、幹部とは言っても下に近い立場であることに変わりはない。だからこそキースはここからさらに成り上がるつもりでいた。そのためにはこんなところで躓くなどあってはならない。


「どうなってやがる!?」


 今回キースが任された任務はゴースデル商会によって主導されていた、半魔人という次世代の新たな生物兵器の情報が表に出てしまったことへの後始末。


 ハルバス聖王国の一つの街、フォーサイトの中でその情報を知る者の抹殺だった。


 そのためにマリット海洋王国の港町であるシーボルを拠点にしてそれを行なってきた。できればフォーサイトに直接乗り込みたいところだが、流石に現在の世界の頂点である国で暗躍するにはキースの実力はまだ不足している。キースは野心家ではあるが、決して奢るような人間ではないのだ。


 最初に情報を隠蔽しようとした村での始末は失敗し、さらにそれを封じるために派遣された者も失敗した。巡り巡ってキースに与えられた情報の封殺。キースはそれを容易なことだと思い、自分がさらに上へ行くための足がかりくらいにしか思っていなかった。


「全滅したのか!?」


「お、恐らく……。仕込んでいた盗聴用の魔石からは断末魔がしっかりと聞こえてきていたとの報告が上がっています」


 部下の言葉が信じられない。今回送り込んだのは、万が一にも失敗のないようにとチームの中でも選りすぐりのメンバーだったはず。


 抹殺の対象はルミエール魔術学院に通う二人の生徒。一人は貴族の令嬢のようだが、闇に乗じて殺してしまえば問題ない。むしろ貴族という繋がりで半魔人や組織のことが明るみになることの方が大きな問題。そう思ったからこそキースは指令が出た段階で速やかにメンバーを派遣したのだ。


 だが部下の言葉を信じるなら暗殺は失敗。しかも断末魔という言葉から、敵は相当の手練れであることが予想できる。情報もいくらか引き出されたと考えるのが妥当だろう。


「リ、リーダー……?」


「……撤退だ」


「え?」


「撤退だ!すぐに荷物をまとめて船を降りろ!船を乗り換えてすぐにマリットを離れて西へ戻る!急げ!」


 キースの判断は迅速だった。確かに今回の任務が容易だとは思っていたが、決して慢心をして手を抜くようなことはしていない。


 それでも自身の手札があっさりと潰され、その上で情報がさらに漏洩した可能性を考えれば撤退が適切。これ以上の傷を広げる前に体勢を立て直すのが正解だと考えたのだ。


「制裁は受けるだろうが仕方ねぇ。ここで下手に引っ張るよりもマシだ」


 それはリーダーとしてのキースの器量が確かであることの証明。ここで撤退の二文字を放てるものはおそらくごく少数しかいないだろう。


 普通は失敗を帳消しにするためにさらに戦力を送り任務を完遂しようとするはず。だがキースはそこに危険を嗅ぎ取り、速やかに離脱を判断した。


 このまま成長を続ければ、間違いなく有能な指揮官となっただろう。生まれた場所や環境が違えば、歴史に名を残すこともあったかもしれない。


「逃げてもらっちゃ困る。今からお前達には色々聞かなきゃならないからな」


 だがキースには決定的に運がなかった。どれだけ判断に優れ、頭が切れても運がなければ生き残ることはできない。キースにとっての最大の不運。それは今回の任務にレインが絡んでいた。ただそれだけだが、それがキースを破滅に至らす要因になったのだった。


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連載中である他作品、 【『この理不尽な世界に復讐を~世界に虐げられた少年は最強の龍となり神に抗う~』も引き続きよろしくお願いいたします。
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