第132話 情報の提供
第132話〜情報の提供〜
痛みを伴えば悲鳴が出る。いくら情報を得るためとは言え、アパートの一室で拷問まがいのことを行えば、悲鳴で誰かがやってくるのは時間の問題だ。
「氷牢」
シャーロットのその言葉とともに、部屋の中を覆うように厚い氷の膜が張られていく。それは数秒のうちに部屋の中を覆い尽くす、氷の膜が張られた部屋の中は外界から音が遮断されるとともに、急速にその温度を下げていく。
「これなら音は外には漏れないと思います。ですがその分温度も一気に下がるので、早めに情報の引き出しをお願いします」
「氷による遮音とは恐れ入る。その年でこれだけの魔術を使いこなせば将来は有望だな。ぜひ将来の進路に宮廷魔道士も入れておいてくれ」
分厚い氷の膜はその内部で生じる音の全てを遮断する。このまま拷問が開始されればあまりいいことにはならないだろうと判断したシャーロットは、自身の魔術で遮音を施したのだ。
本来の使用用途はその名の通り、氷により敵を閉じ込める魔術であるのだが、何事にも応用がつきもの。実際、これで誰かがこの部屋にやってくるような事態は防げるだろう。
「さぁ、これでなんの心配もいらなくなった。騒ぎたければいくらでも騒げばいい。その分苦痛の時間が長くなるだけだ。私としては早いうちに話すことをお勧めするぞ?」
動かない体を必死に後退させようとする刺客に対し、ファニアスの周りに魔力の弾丸が浮遊していく。
放出魔術を得意とするファニアスの魔力弾。浮遊する魔力弾の数が半分ほどになった頃、刺客の口からは全ての情報が話されることとなるのだった。
◇
「僕たちの組織は世界中で活動していますが、その本拠地は僕も知りません。ただ、こっちの大陸ではなく西側の大陸にあると、前に僕を幹部に取り立ててくれた人が言っていました」
マリット海洋王国の港街シーボル。その中にある、ゴースデル商会と取引のあったキドニー商会へ組織の情報を求めてやってきたレインは、その幹部の男であるシャルフから情報を聞いていた。
誰もいない部屋の一室で向かい合って座っている様子は、側から見ればただ友人同士が話をしているだけにも見えるが、その実情はただの取り調べだ。
現に涼しい顔をしているレインに対し、シャルフの額には玉のような汗がびっしりと浮かんでいる。
一つでも返答を間違えれば殺される。その思いがシャルフの心を支配していた。
レインとの実力差を察し、逃走を測ったまではよかった、だが結果は逃げるどころか、さらに互いの間にある実力の壁を再認識させられただけ。すでに折れていた心はその結果でもはや修復不能となり、それ以上の無駄な抵抗をすることなくレインの言われたことにただ答えるだけの人形と化してしまったのだ。
「お前は俺たちのことを狙っている組織のメンバーのことを知っているか?」
「いえ、組織内でも仕事によってチームが分けられているんです。僕はどっちかというと護衛や調査を得意とするチームなので、暗殺となると別のチームの担当かと」
「ならその別のチームはどこにいる?」
「全員は知りませんが、このシーボルにいる何人かであれば教える事ができると思います」
もはやシャルフの口を止めるものは何もなかった。目の前にいるレインの言うことが絶対であり、それに逆らうなど考えられない。
もちろんここでレインに見逃されたとしても、組織の情報を漏らしたことで厳しい制裁が待っているだろうが、もはやそんなことはどうでもよかった。
ただレインには逆らってはいけない。心を叩き折られたシャルフにとって、レインこそが今絶対の存在なのだ。
「なら後でそいつらのところへ連れて行ってもらう」
「わかりました」
そこからもレインの取り調べは続く。そこから得られた情報は非常に多く、これまで見えない敵と戦っていたのだが、その輪郭がようやく掴めてくるところまでくるほどだ。
ゴースデル商会やキドニー商会と言った、今回の一連の事件に関わっていた商会などは、組織にとっては策略の一つに過ぎず、世界中で組織により様々な計略が行われているらしい。
半魔人のようなキメラの売買、魔力炉暴走剤と言った劇薬の取引、奴隷による未開拓地の開梱、人を使った魔術の限界を超える実験、数えればキリがない組織の活動だが、ならばその目的はなんなのか。
「組織の最終目的は世界の支配です。それが唯一のスローガンであり、組織へ入る際には必ずそれを聞かされるのです。たとえどんなに下っ端であろうとも、その目的だけは共通認識として叩き込まれます」
世界の支配。それはとある国の悲願でもある。アンフェール島の龍穴を抑えたハルバス聖王国を妬み、未だに龍穴を狙って軍事活動を活発化させている国。
「組織はガイダント帝国と関係があるのか?」
問題の核心。これまでレインがルミエール魔術学院に入学して以来、どうにも至る所で帝国の影が見え隠れしている。シルフィから聞いた話やこれまでの経緯を考えれば、組織の裏に帝国がいたとしても何らおかしくはない。
シャルフが組織の幹部であると言うのなら、背後関係くらいは知っているはず。だからこその質問をレインは少しだけ語気を強めてシャルフへ尋ねた。
「わかりません」
だがそんなレインの思惑とは裏腹に、これまではっきりと全ての質問に答えていたシャルフの答えはわからないだった。
「知らないと言うことか?」
「と言うよりもわからないです。幹部になって組織の事をより知るうちに、あなたと同じように背後関係に僕も興味を持ったんです。ですがそれは調べれば調べるだけ迷路に嵌まり込んでいくものでした」
少し眉を寄せるレインに対し、若干の怯えを見せながらもシャルフはさらに続ける。
「あなたの言うとおり、帝国が組織を立ち上げたと言う情報もあれば、組織は完全にどの国家からも独立していると言う情報もあります。皇国や連邦議会が黒幕という者もいて、もはやどの情報が真実なのかまるで判別がつかないんです」
そう告げるシャルフの目に嘘偽りはない。だとするならやはり組織は一筋縄ではいかない相手なのだろう。
どこで尻尾を掴まれても本体には決してたどらせない。幹部であっても情報を教えていないところを考えれば、組織の中枢部は完全に秘匿されたものだと考える方がいいだろう。
残念ながらここで組織の全容を知る事はできなかったが、それでも少なからず情報を得る事はできた。ならば今はできる事をするだけ。
レインがそう考え、行動に写そうとしたときだった。胸のポケットで感じるは通信の魔石。どれほど離れた距離であっても対となる魔石同士であれば通話ができるという貴重な魔道具。
これに通信が入るという事は、どうやら向こうでも動きがあったらしい。
『あぁ、繋がったな。今いいかレイン?』
「そっちから連絡をしてくるという事は、襲撃でもあったのかファニアス?」
そう、レインに対し通信を送ってきたのはフォーサイトに残してきたシャーロットの護衛を依頼した、宮廷魔導士のファニアスからだった。
レインはマリットに密入国するにあたり、ファニアスには必要時以外は連絡をしない事を取り決めていた。
通信の魔石は対となる魔石以外の魔石では会話を拾う事はできないが、それでもそれが完全に保証されるというわけではない。とある魔術師のスタイルの中には通信に特化したものもある。
もしそんな者がマリットにいた場合、レインたちの通信も盗聴されてしまう恐れがあるのだ。
だからこそ必要時以外の通信を制限したのだが、ファニアスがそれでもこうして連絡をしてきたという事は、向こうでも何かがあったという事なのだろう。
その予想に反することなく、ファニアスがレインに告げるのはやはり刺客による襲撃があったという事実。
「シャーロットたちに怪我はないか?」
『もちろんだ。むしろシャーロット嬢に関しては戦闘に参加してもいいくらいに感じたな。さすがはレインが目をかけているだけのことはある。アイシャ嬢に関しても、戦えはしないが自分のすべき事をしっかりと理解している。レインがよければ二人とも私がスカウトしたいくらいだな』
「その話は帰ってからゆっくりと聞く。わざわざ連絡してきたんだ。話はそれだけじゃないんだろう?」
シャーロットたちを褒められることに悪い気はしないが、今はそれよりも大事なことがある。レインはここからキドニー商会を潰し、さらなる情報を得るつもりでいるのだ。
無駄話とまでは言わないが、それでも用件があるなら手短にしてほしい。そう思いレインはファニアスの言葉を切る。
『慌てるな、と言いたいところだがことが事だ。こっちも得た情報を伝える』
そこで一度ファニアスは言葉を切ると、衝撃の事実をレインへと伝えた。
『どうやら組織の根は相当に深いようだ。我が国の聖教会にも裏切り者がいるぞ』




