第131話 一方その頃
第131話〜一方その頃〜
レインがシャルフという組織の幹部と交戦していた頃、フォーサイトでも組織の人間が動いていた。
「ふむ、明日にでもこの街の怪しい部分を探ろうと思っていたのだが、相手からきてくれるのなら手間が省けていい。こいつらから色々と聞くとしよう」
フォーサイトのアパートの一部屋。そこでファニアスの過去の話を聞いていたら突然、何者かが部屋に押し入ってきた。
もちろんシャーロットにはそれが山脈の麓の村を壊滅させ、そして口封じにリンダを殺し、そしてゴースデル商会の裏で糸を引いているであろう組織の者であることはすぐにわかった。
レインとシャーロットはこの短期間の間にあまりに多くのことを知りすぎた。それはどう考えても組織にとって不都合なことであり、これまでの組織のやり方を見ていればレインとシャーロットを生かしておくとは考えにくい。
だからと言ってレインをどうこうする事ができるとは思えない。ほとんどの人が知らないが、レインはあれで間違いなく世界最強の魔術師である五芒星の魔術師なのだ。
例え組織がどれほど残酷で強大であっても、そう簡単にやられるとは全く想像する事ができないのだ。今頃、無理だとは言ったが、きっとマリット海洋王国で自由に色々とやっているのだろう。さすがにそのくらいは数ヶ月もレインと一緒にいれば嫌でもわかる。
だがシャーロットはレインと同じことを知っているからと言って、レインと同じように自分の身を守ることはできない。
確かにシャーロットは今の年齢を考えれば非常に優秀な魔術師だ。将来的には間違いなく世界中に名を轟かせる魔術師になる。
だがそれはあくまで表での話であり、今直面している世界の裏ではシャーロットの実力などなんの役にも立たないことはすでにわかっている。
今こうして部屋に侵入してきた刺客に対しても、まともな対応などできずに殺されるのが落ちだ。
そんなことはこの夏休みでのレインとの生活で、嫌と言うほど思い知った。だからこそシャーロットは対応を間違えない。
「うむ、それが正解だ」
感心したようなファニアスからの声を聞きながら、シャーロットは動く。自身の細剣を引き抜き、いつでも魔術を使えるように警戒しながらファニアスを挟み、刺客と対角の位置に移動する。もちろんこの時アイシャを一緒に連れてくることも忘れない。
「自分の力量を理解することは何よりも大事だ。もっとも、どれだけ自信があってもレインと行動をしていたのであれば、よほどの馬鹿でもない限りそこに気づくだろうがな」
満足そうなファニアス。それを聞いて宮廷魔道士に認められたことに少しだけ嬉しさを覚えるが、すぐに気を引き締めシャーロットは敵を見る。
アパートに侵入してきた刺客の数は三人。このタイミングでの襲撃を考えれば、間違いなく裏で蠢く組織からの口封じのために送り込まれた刺客だろう。
組織に所属する魔術師の実力は、村での一件ですでにわかっている。今のシャーロットでは万が一にも勝てない相手。
だがそれを見越してレインはファニアスにシャーロットたちの護衛を頼んでくれていた。
ならば今自分がしなければならないことは、余計なことをすることではない。この場から逃げるでもなければ、変な対抗意識を燃やして刺客に立ち向かうことでもない。
ファニアスの邪魔にならぬよう、戦闘要員ではないアイシャを連れてファニアスが自分たちを守りやすいように位置取りすること。だからこその刺客との対角の位置。万が一を想定して、武器と魔術をいつでも使えるようにすることだけは忘れない。
「心配せずとも撃ち漏らしはしない。安心してそこにいていいぞ」
ファニアスと刺客三人が動いたのは同時だった。だが動きを追う事ができたのは、四人が動いたと言うのを理解したところまで。
瞬きをしたつもりはなかった。宮廷魔道士として名高いファニアスの戦いを、あまり歓迎したい状況ではないにしても見る事ができるのだ。できる事なら目に焼き付けたい。シャーロットはそう思っていたのだが、次の瞬間にシャーロットが目にしたのは、無様にアパートの床に這いつくばる刺客の姿。
そう、ファニアスが何をしたのか。それすらも分からないうちに、戦いはあっという間に終わってしまったのだ。
「え、あれ?あの、一体何が……」
シャーロットですら今何が起こったのかを理解できなかったのだから、非戦闘員であるアイシャには余計にわかるわけがない。
と言うよりも、おそらく刺客が部屋に現れてから今に至るまでのことも、一体何が起こっているのか全く理解できていないだろう。レインとシャーロットを取り巻く環境のことも詳しく知らず、ただレインへの恋慕の想いのみでこの場にいるのだ。いくら優秀なハンターギルドの職員とはいえ、あまりにこの状況はイレギュラーすぎる。
軽く混乱をしているアイシャに色々と説明をしてあげたいが、今はゆっくりしている時ではない。必ず後で説明すると心に決め、シャーロットはファニアスへ尋ねる。
「殺し、たんですか……?」
「ん?あぁ、一人を除いてな。悪いが不安材料は減らすに限る。今みたいに正面からわかりやすく攻めてきてくれればいいが、流石に私も搦手からこられては君たちを守り切れる保証がない。であるなら出来るときに数を減らすのは必須だからな」
そう言うとファニアスは倒れ伏している刺客の一人の頭を掴むと、一気に頭ごと体を引っ張り上げる。
「おい、手短に答えろ。お前たちの組織の概要、それから拠点、並びに協力者を答えろ。虚偽の発言一回につき、指を一本とばす。指なくなれば腕、足、歯。末端から少しずつ飛ばしていく。嫌なら嘘は言わない事だ」
淡々とそう告げるファニアスに、さっきまでの朗らかな様子は一切ない。アイシャはファニアスの言葉に息を飲むが、それでも何も言わずにシャーロットの服の裾を強く握るに止めたのはやはりさすがだ。
以前、レインが同じように情報を聞き出すために組織の刺客を拷問したのを見ているシャーロットでさえ、今のファニアスの雰囲気には押されるものがあるのだ。
それなのにアイシャは怯えこそ見せているが、それでもこの場の空気をいち早く察し、事情もよく分からないのに自分にできる事、つまりこの場においては黙っていることを選択した。
簡単そうに見えて、そんな事が誰にでもできるとは思えない。もっと感情的な態度をとることもできただろうに、それをせずにいる事ができると言うのは、それなりの度胸がなければできないのだ。
シャーロットはアイシャをそう評価したが、実際のところアイシャはそこまで深くは考えていない。ただ本当に今の状況に驚きすぎて何も言えないという事が理由の一つであるが、実は理由はもう一つある。
リーツの街でも何度かあったのだが、レインの周りでは時折不可解な事が起こっていた。ハンターギルドへの領主の介入や、巨大な魔物がいつの間にか討伐されていたこともあった。時には賊がいくつもまとめて捕縛されていたなんてこともあったのだ。
それらは全て誰がしたことなのかわかっていないが、それが起こった時にはレインがいつもおらず、アイシャはレインが絡んでいると睨んでいた。
レインという存在は、必ず何かを持っている。だとするなら、その隣に立とうと思うのであれば、並大抵のことで動揺する女であってはならない。
いつしかアイシャはそう決めてレインに対してギルドでの対応を行うようになっていた。何をしても動じない。何があっても態度を変えることはない。
レインに対してはそういう自分であろうと決めていたからこそ、今回の件もレイン絡みである以上、何が起ころうとも受け入れる。その結果が今のアイシャの冷静な対応というわけだ。
「優秀な者の護衛というのは楽でいい。自分の立場に溺れた貴族など全てを説明しても状況の理解すらできないのでな」
そんなシャーロットとアイシャに満足げにうなずいたファニアスは、刺客に対し再度厳しい目を向けて問う。
「まずはお前たちの組織について教えてもらおうか」
有無を言わせぬその言葉に、刺客は一度だけ生唾を飲むとゆっくりと口を開く。
「答え、られない」
「そうか。ならばまずは指だな」
そこから始まるのはファニアスによる拷問。自分たちに必要な情報を知るための、情け容赦ない一方的な暴力。
それから数十分の間、アパートの一室からは刺客の呻き声が続くことになるのだった。




