第123話 取捨選択
第123話〜取捨選択〜
まさに最悪としかいえない展開だった。
ビリーは魔役師として有能であるという事は知っていたが、ここまでの大規模な魔物の部隊を使役できるなど誰も知らなかった。
さらにはデスクローなどという凶悪な魔物までも配下につけたビリーは、言って仕舞えば一人軍隊のようなものだ。これだけの戦力があれば、国によっては一人で滅ぼす事だって可能だろう。
「守って見せて下さい!!それがファニアスさんが宮廷魔導士になった理由なんでしょ!!」
そう愉悦の表情でファニアスに向かい叫ぶビリーに、ファニアスは状況を分析しながら奥歯を噛んだ。
ビリーの言うとおり、ファニアスが宮廷魔導士となったのは弱者を守るためだ。もともと貧困街の出身であるファニアスは、幼少の頃からこの国の暗い部分を山ほど見てきた。
生きるために人が人を殺す。利を得るために人を騙し、奪い、そして争う。裕福の者の裏で貧困に喘ぐ者たちが醜い争いを繰り広げるのが貧困街。世界の中でも有数の豊かさを誇るハルバス聖王国であっても、そう言った場所は存在する。ファニアスはそこの出身だった。
そこでの暮らしはあまりに過酷で、十を過ぎる頃には親も友人も大半が死んだ。それでも自分と同じような境遇で育つ子供たちをなんとか守ろうと、ファニアスは必死に強くあろうとした。
だが世の中は時にどうしようもないほどに不条理だ。数日ぶりに手に入れた食料。それを奪いにきた者たちにより、ファニアスと一緒に暮らしていた子どもたちは全員が殺されてしまったのだ。
自分の無力さへの怒り、そして世界のへの絶望と憎しみ。それらが極限に達した時、ファニアスは魔術に覚醒した。飛翔魔術と放出魔術。
上空から行われる一方的な蹂躙劇を可能とする殲滅魔術。守ろうとした者たちの命と引き換えに。ファニアスは強大な力を手に入れるに至ったのだ。
その力でしばらくは貧困街に蔓延るくずどもを殺して回ったが、それは守りたいものを守れなかった自分への怒りに対する吐口でもあった。言ってみれば八つ当たりだ。
殺して殺して殺して回り、最後にたどり着いたのは一人の魔術師だった。無精髭を蓄えた老齢の魔術師、不意に現れたその魔術師にファニアスはなす術なくやられた。
『その力、もっと別のことに使わねぇか?』
そう言って倒れ伏したファニアスに手を差し伸べた人物こそ、宮廷魔導士の長であるグレイス・キーファーソンだったのだ。
復讐に身を落とすのではなく、守りたかったものを今度こそ守れるように力をつけろ。最初こそ何を言っているのだと思ったファニアスだが、グレイスの言葉に次第に共感を覚えていく。
自分は一体何をしたかったのか。それを考え、答えにたどり着く頃にはファニアスは宮廷魔導士となっていた。そしてその力を使い、今度こそ弱い者を守ろうと心に決めたのだ。
それなのに、今その誓いが再び破られようとしている。ビリーの使役する魔物の群れは膨大で、時間さえあればファニアスなら全てを殺す事は可能であるが、それをしている間に村の住民が死ぬことになるだろう。
奇跡が起こったとして、魔物をなんとかできるとしても、その間ビリーが動かないとは考えづらい。おそらくデスクローでもってファニアスの妨害をしてくるのはわかり切っている。そうすればやはり魔物から村の住人を守る事はかなわない。
今はまだレインのおかげでなんとか村人は抵抗を続けているが、村に迫りくる大量の魔物を見てしまえば間違いなく心が折れるだろう。
「さぁ、どうします!?ファニアスさんは僕の始末をしにきたんでしょう!?村人を見殺しにすればそれができるかもしれません!ですがきっと村人は全員死ぬことになるでしょう。村人を守ろうとすれば少しは生き残りが出るかもしれませんが僕のことは殺せません!己の誓いか宮廷魔導士としての責務か、ファニアスさんはどっちを選びますか!?」
まさに最悪の取捨選択。どちらを選んでも一生この先の人生で後悔をすることになる選択。ビリーはわかっているのだ。どうすればファニアスの心を縛ることができるかを。
このままではファニアスは戦闘に全力を注ぐことも、防衛に専念することも出来はしない。どっちつかずの戦いをした果てに、何も守れずに最悪自分の命すらも落とすことになる。
ある意味それはビリーがファニアスを認めているからこそとられた心理戦であるのだが、ファニアスにはそれに気付く余裕がない。ただどうすればいいのか分からずに、それでもなんとかしようと必死に頭を回転させている。でるはずのない答えを求めて。
また守れないのか!?
どのような選択をしようと、大量の人が死ぬ。それがわかっていながらファニアスにはそれを止める手段がない。
わかっていたはずだった。魔物を使役する魔役師と言うスタイルの恐ろしさを。ビリーを始末すると決まった時、こうなる可能性だって十分に予測できたはずだった。
ビリーの願望だって聞いていたし、何よりファニアスはビリーが裏でどこかの国とつながっていることにも薄々気がついていた。
酒の席で漏らした不穏な言葉。それがどうしても気になってビリーのことを調べるうちに、ビリーが再び戦火を起こそうとしている可能性だって気づいていたのだ。
それでもファニアスが何もしなかったのは、偏にビリーのことを信じていたから。かつて仲間と決めた者達を守ると決めたがそれは全て奪われた。だけど宮廷魔導士になり、同じ同僚という新たな仲間ができた。
仲間を信じたい。ファニアスの優しい性格がゆえの思い。だが真の悪は、そのような思いを利用し裏切り、そして自身の糧に変えてしまう。
「ほらほら!もうあっちから大量の魔物が来てますよ!!」
ビリーの言葉に村の東側を見れば、押し寄せる魔物の群れが視界にはいった。おそらくはその魔物の群れだけでこの村は容易に壊滅するだろう。そしてそれを止めにファニアスが動けばきっと、別の方角からあれと同規模の魔物が押し寄せてくるようにビリーは仕向けるはず。
しかし動かなければ結局は今見えている魔物によって村人は死ぬ。奇跡的に魔物の群れをなんとかできたとしても、その後ろにはビリーが控えているのだ。魔物を倒してい間にビリーが動けば全てが終わる。
いかにファニアスが熟練の魔術師であっても、どれだけ強かろうとも不可能なことはある。それがまさに今この村を舞台に行われている襲撃という盤面をどうにかすることだった。
最初から詰んでいた。いや、用意周到に仕込まれたこの状況に飛び込んできた時点で、すでに最初から勝負はついていたのだ。
「くっ……」
あまりに強く噛み締めたせいで、奥歯が嫌な音を立てる。唇は食いしばり過ぎたせいで血が滲み、表情は苦渋に満ちていた。
「さぁ、ファニアスさんの選択を見せてください!!」
東側から来ている魔物を倒しにいくか。それともビリーを叩きにいくのか。
魔物を倒しにいけばビリーを倒せないことはもとより、村人も少なからず死ぬ。ビリーを叩きに行けば村人が死ぬ。究極の二者択一。最悪の取捨選択。
もはやどうしていいのか分からずにファニアスは動きを止めてしまう。自分の選択にあらゆる者の運命が左右している。その状況にファニアスの頭はついに動きを止めてしまったのだ。
「何をやってる!!」
だがこの場にはファニアスはもちろん、ビリーも想像だにしないジョーカーがいた。しかもそのジョーカーは一人でこの詰んだ板状をひっくり返すだけの圧倒的な力を持った、そんな札がファニアスに向けて怒号を飛ばす。
「あんたが動かなければ村人が死ぬんだぞ!何をためらう必要がある!!」
その声は村人が必死に魔物を押し留めていた建物から響いていた。ファニアスをこの村まで案内し、そしてファニアスをしてただ者ではないと感じさせた少年。
「レイン……」
「あんたは宮廷魔導士だろ!宮廷魔道士なら自分のしなければいけないことはわかるはずだ!だったら迷う必要なんかないだろう!!」
宮廷魔道士たる自分がしなければならないこと。宮廷魔道士の本分は二つ。一つは聖都における守護者としての役割。そしてもう一つは。
「民を、守ること……」
そう、宮廷魔導士とは国を守り民を守ることがその本分。確かにここでビリーを始末することは重要だが、第一優先ではないのだ。
「私は、守るべきものを守ってみせる!!」
心を決めた者は強い、それを体現するかの如く、ファニアスは全ての魔物を駆逐するため上空へと一気に飛翔したのだった。




