第122話 戦乱を呼ぶ
第122話〜戦乱を呼ぶ〜
デスクロー。死を呼ぶ鴉として名高い最強種の魔物が今まさにの目の前にいる。
本来デスクローほどの魔物はこんな場所にはいない。力を持つ魔物であるほど人間との余計な接触を嫌い、人間が訪れることのない様な場所に住処を作る。
実際、デスクローが過去に見つかった場所も広大な密林の奥地であったり、それこそ瘴気の濃度が高い人の住む大陸以外の場所でしか見つかっていない。
それが何故こんな場所にいるのか。その理由を理解するのにそれほど時間は掛からなかった。
「お久しぶりですねファニアスさん。ここにいるって事は、あなたが僕を始末しにきた宮廷魔導士って事であってます?」
デスクローの背、どうやらその上に乗っているらしい人影がひょっこりと顔を出しファニアスに気軽にそう声をかける。
「ビリー、何故こんなことをしている!?」
「嫌だなぁ、それならちゃんと宮廷魔導士をやめる時に言っていったじゃないですか。こんなクソみたいな国は滅ぶべきだってね」
言葉とは裏腹にどこまでも軽い口調でそういう青年、ビリーに対してファニアスは苦虫を噛み潰した様な表情で以てビリを睨みつけた。
ビリー・クリント。かつてファニアスと同じく宮廷魔導士であったこの青年こそが今回の一連の事件の首謀者であり、そしてファニアスが王都を遠く離れてまで一人でやってきた最大の理由。
数ヶ月前、王都である事件が起こったのが全ての始まりだった。宮廷魔導士が一人と、法衣貴族の一人が何者かによって殺されたのだ。
その宮廷魔導士は法衣貴族の護衛をしていたのだが、貴族の住む屋敷の中で戦闘の形跡すらなく死んでいるのが発見された。その死のあまりの不自然さにすぐに綿密な調査がなされ、その結果、犯人としてビリーが捜査線に浮上した。
しかしその頃にはビリーはとっくに逃亡したあとであり、どこに行ったのかすら誰にも分からなくなっていた。
宮廷魔導士があろうことか国の貴族を殺害したなどと言うことが世に出れば、不祥事の大きさに混乱は必死。そこで宮廷魔導士を統べる隊長はビリーが最初から宮廷魔導士ではなかったことにし、そして秘密裏に見つけ出し殺害することにしたのだ。
しかし秘密裏に全てを行う以上、なかなかビリーの痕跡を見つけることができないでいたのだが、そんな折に飛び込んできたのが聖王都から離れたリーツの街付近での今回の魔物の一件だったのだ。
魔役師として優秀だったビリーであれば、魔物を率いて村を襲う事は可能。情報の確度としては低かったが、それでもそれ以外の情報もなかったためにファニアスが送り込まれることとなった。
「だからと言って関係ない村を襲う必要はなかっただろう!!」
「関係ならありますよ。彼らもこの国に住んでいるんですから、死ぬ理由としてはそれだけで十分です」
ファニアスが送り込まれた先で、こうしてビリーと見つける事は出来たが、その言い分は最悪だった。
確かにビリーは前々からこの国はおかしいとよく口にしていた。しかしそれはいつも決まって酒の席だったためファニアスは本気にした事はなかった。
『なぜ龍穴を手に入れたのにそれを軍事利用しないのか僕にはわかりません。今や聖王国は大国として東大陸を支配しているんですから、その勢いで西大陸も制するべきです』
宮廷魔導士であるビリーは最重要機密であるアンフェール島の龍穴の存在を知っていただが、それを軍事利用するべきだと何度も言っていた。
聖王国は星の龍穴という過去に類を見ない強大な力を手に入れたが、それを使って世界を支配するという事はしなかった。もちろん利用しなかったわけではないが、その多くは人々の暮らしを豊かにするものや、医療などの分野において多く使われていたのだ。
だがそれがビリーには納得できなかった。ビリーが宮廷魔導士を抜ける前に殺した貴族は、龍穴を平和的に利用しようとしている第一人者だった。
その人物を殺したということが、ビリーが口にしていた不満がどれほどに本気であったかということの証明。
「お前の目的はなんだ!!」
しかしファニアスには分からなかった。なぜそこまでビリーが龍穴の軍事利用を推すのかが。宮廷魔導士という地位は、貴族にも匹敵する破格のもの。生活は間違いなく保障され、人生は約束されたと言っても過言ではない。
それなのになぜ聖王国から命を狙われるようになることをしたのか龍穴を軍事利用することでビリーが得られる利とはなんなのか。ここに来るまでの間、ファニアスはそれについて幾度となく考えたが、ついぞ答えが出る事はなかった。
「そんなに難しいことじゃないんですけどね」
ビリーはデスクローに乗る自分と同じ高さまで飛翔魔術で飛び上がってきたファニアスに対し、肩を竦めながらそう答える。
「僕はただ戦っていたいだけなんですよ。戦いの中に身を置き、常に命のやりとりをしていたい。ただそれだけなんです」
わかりますか?と言いながらビリーは言葉を続けた。
「昔から僕が生を感じるのは何かと命のやり取りをしている時だけでした。幼い頃はよく近くの森に住んでいた獣を殺してそれを満たしていたんです。そのうちに自分に魔術の適性があると知ったので、それを磨いてさらに強い者、多くは魔物を殺して欲求を満たしていたんです」
ビリーはただ、自分が生を感じるためだけに魔術を磨き魔物を殺して回っていたのだが、その行いは他人から見れば魔物を倒してくれる正義の味方に見えてしまった。
「聖教会から使者が来たときには驚きましたよ。ただ自分のために魔物を殺していたのに、気がつけば魔物殺しの英雄です。宮廷魔導士にならないかと言われたときは危うく笑っちゃうところでしたよ」
理由はどうあれビリーは実績を残した。ビリーが当時住んでいた村の周辺、いや、地域にいた魔物を一時的とは言えほとんど駆逐してしまったのだ。中には力のある魔物も含まれており、それほどの実力者を聖教会が逃すはずもない。
「かくして僕は宮廷魔導士となりました。断ろうかとも思ったんですけど、宮廷魔導士になればより強いものと戦える可能性がありますからね。そして僕の狙いはその通りになったのはファニアスさんもご存知でしょう?」
ビリーのいう狙い。より強いものと戦う機会というのはつまり第二次魔導大戦のことだ。
帝国との世界の覇権をかけた戦いである以上、当然宮廷魔導士にも戦場への出兵の機会はあった。最前線であるアンフェール島を含め、戦争の最前線での宮廷魔導士たちの活躍は目覚ましいものとなったのだ。
「僕はね、あんな心から生を感じることのできる時間をまた味わいたいんです。聖王国が龍穴を軍事利用して世界の覇権をとりに行けば、間違いなく大戦はまた起きます。いや、きっとあの大戦以上の戦火が起こる事でしょう!」
そこで命の限り戦いたい。それこそがビリーの唯一にして最大の望み。
「そのためなら僕はなんでもしますよ?村でもなんでも襲いますし、強大な魔物も従えます。それに、どんな国にだって協力を惜しみません!」
「ビリー!お前、まさか!?」
「なんで僕がこの地域を狙ったと思います?この辺りは聖王都からも距離があって、むしろ隣国との国境付近です。しかも隣は聖王国に過去に恨みを持つ共和国。ここで聖王国に混乱が起きれば、間違いなく共和国は攻め込んで来るでしょうね」
リーツの街は聖王国の中でも辺境と言われる場所であり、ビリーの言うとおり国境に近い場所だ。もしここでこのまま周辺の村が襲われれば、聖王国の国境沿いの混乱は必死。おそらくだが、ビリーはこの襲撃の最後にはきっとリーツの街を襲うつもりなのだろう。今はそのための戦力を整えている最中。それが今のやりとりからファニアスにはわかってしまった。
「共和国では聖王国には勝てんぞ!!」
「そうですね。ですが、その後ろにもっと別の国がつけばどうです?」
そう、もしも共和国の後ろに聖王国に最も恨みのある国、西側の大陸の雄がついたとしたら。
「貴様っ!?」
「考える時間は与えませんよ?ファニアスさんの事は少なからず認めていますからね」
最悪のシナリオをファニアスは想像するが、それ以上を考える前にビリーは一気に魔力を高めた。
「僕の使役している魔物はファニアスさんが倒した物だけじゃないんですよ!!」
ビリーの叫びに呼応するかのように現れるのはさらなる魔物の群れ。その数はゆうに千を超え、中にはこの付近にはいないような強力な魔物まで存在していた。
「さぁ、僕は僕の目的のために闘います!ファニアスさんも見せて下さい!あなたの目的のために振るう力を!!」
狂気とも呼べるビリーの声とともに、文字通り最悪の戦いが幕を開けようとしていたのだった。




