第118話 魔人の誕生
第118話〜魔人の誕生〜
「少なくとも報告を聞いて暴れる様な事はしないから心配するな。どちらにしてもレンデル達が悪いわけじゃないだろう?」
言葉を発するたびにレインの顔色を伺うレンデルとクラリッサに対し、レインは軽くため息を吐いてそう告げる。
確かに商会のやっていることに対して憤りを覚えてはいるが、だからとって今言った通りレンデル達が悪いわけではない。むしろレンデルたちはそれを止める側の人間である以上、レインが怒りをぶつける事はあり得ない。
もちろん領主であるライザッツ家がゴースデル商会と手を組んで、などと言うことがあれば話は別だが、少なくともそれはなさそうだと言う事は騎士団が来るまでに調べた商会の資料から明白なのだ。
だからこそそう告げたのだが、それでもレンデルたちの顔色は優れない。
その理由はレンデルとクラリッサでは異なるが、どちらもレインを恐れている事は同じ。
レンデルに関してはレインの正体を知っており、その実力も知ってはいるが、だからこそレインが今回の件に怒りを覚えていることに危機感を抱いていたのだ。
五芒星の魔術師と言う存在は、比喩ではなく化物なのだ。一人で軍と渡り合うどころか勝ってしまうほどの実力者。もしそんな者が怒りに任せて暴れ始めてしまえばとてもじゃないが手に負えるものではない。
そう思うからこそレインに事実を告げることに恐れを抱き、それが顔に出てしまっていた。戦場でのレインの強さを目の当たりにしているレンデルだからこそ、レインが暴れたときの光景が現実味を帯びてしまい余計に恐怖を感じているのだ。
それに対してクラリッサはレインの正体を知らない。それでもレインが異常な者であると言う事はゴースデル商会内で捕縛した魔術師の素性を調べるうちに明らかになっていた。
レインが降伏させた紳士の姿をした魔具師だが、この人物は裏では相当に優秀な魔術師だった。
名をファニウス・レミンドといい、これまで様々な者に雇われ裏で活躍してきた人物だったのだ。殺しはもちろんのこと、魔具師としての卓越した技術で兵器やトラップなども山ほど手掛けている。
報酬は莫大に請求されるが、味方につければあらゆる勝利は約束される。それほどまでに裏では偉大な人物であったのだが、
捕縛して事情聴取を行ったところ。
『私に話せることであれば全てを話しましょう。あの少年に敵対した以上、私にできるのはそれくらいでしょうから』
そう言うと素直にファニウスが知ることを話し始めたのだ。
こんな事はあり得ないとクラリッサは思った。確かにレインが強者である事に間違いはない。実際に自身もレインに対し攻撃を仕掛け、その結果何をされたのかも分からないうちに意識を刈り取られたのだ。
騎士団の中でも強さだけならトップレベルな自信があった。統率や性格的な面など、人を率いるにはまだまだなところがある事は自覚していたが、それでも強さだけは負けないと言う自負があった。
そんな自分をまるで赤子をあしらうかの如く相手にしていたレインの強さは相当のものだとは思っていたが、まさか裏の世界の強者であるファニウスをしてそう言わしめるほどの者。
自分が今生きているのはもしかして幸運だったのではないか。自分はとんでもない人に攻撃を仕掛けてしまったのではないか。
ファニウスの事情聴取をしているうちにそう感じていたクラリッサは、レインに対して恐怖を感じる様になってしまったのだ。
今の二人の怯えの様な表情はそんな理由から来ているのだが、レインにとしてはそこまでの考えが及ばない。ただ五芒星の魔術師である自分が怒りだすのを恐れているくらいにしか考えてしないのだが、互いの意識の解離はこの場では埋まることはなかった。
「とにかく話を続けてくれ。ゴースデル商会は人と魔獣の合成された者を売買していたのか?」
レインにそう促され、レンデルはクラリッサに話を続ける様に目配せをした。クラリッサは怯えを残しながらもそれに頷き手元の資料に目を落とす。どうやらレインを極力見ない様にすることでなんとか平静を保つことを選択したらしい。
「は、はい。人と魔獣の合成獣。これを私たちは通称として半魔人と呼ぶことしました。どうやら研究結果によれば、半魔人は通常の人と比べ大きな力を持ち、かつ合成された魔物の特徴的な能力を使えるそうです」
「それがゴースデル商会から売られていたってことか。その半魔人は残ってはなかったのか?」
「残念ながら。僕たちも隅々まで探したんですが、どこにも見つけることができませんでした」
レンデルがレインにそう告げる。どうやら事は思いの外悪い方向へと進んでいるらしい。
魔人といえば、この世界でも有数の強さを持った種族であり、滅多に人前に姿を表す事はない半ば伝説の種族だ。
人の身でありながら魔法を扱う者。まことしやかにささやかれる都市伝説の様な魔人の名を取るのはどうかと思うが、クラリッサの話によればどうやらその半魔人はそれほどの力を有しているらしい。
もしそれが帝国へ流れていたとしたら。
「あの、そういえば興奮剤の方はどうだったんですか?」
思案するレインの横で、シャーロットがレンデルへそう尋ねた。そもそもレイン達は興奮剤の販路を調べてゴースデル商会へと辿り着いたのだ。それがどうなっているのかを気にするのは道理なのだが、半魔人と言う想定外のことにそちらのことは頭からすっかり抜けてしまっていた。
「それに関してなのですが、どうやら興奮剤の原料である野草は合成魔獣の実験に使われていた様なんです」
「実験に、ですか?」
「はい。レポートによれば、興奮剤を合成に用いると魔力炉へ影響を与えることができるのだそうです。実験結果では最大で元の魔力炉の三倍の数値を出すことに成功しています」
確かに興奮剤というのは使用者の魔力炉を一時的に刺激して通常よりも魔力量を増やす薬だ。であるならその効果にも納得できるが、一つ疑問も残る。
「一応聞いておくが、魔力炉暴走剤は使われた形跡は?」
「それは確認できませんでした。物的なものもなければ、レポートにも使われたという記録はありません」
「最近の事件を考えれば僕もそれは考えたんですけどね。ですがあれは材料に竜の血を使用します。いくらなんでも実験に使うほど簡単に入手できるものではありませんよ」
「確かにな」
レインの疑問にクラリッサとレンデルが私見を述べる。レインもまたその意見について概ね納得していた。
「だがこれで線が一本につながったな」
「はい。山脈麓の村で栽培されていた興奮剤の原料である野草は、ゴースデル商会で半魔人合成のための材料として使われていた。故に市場に出回ることはなかった」
村の麓の村で起きた事件とゴースデル商会の疑惑。それがつながったことにより、どうして裏にいる組織がここまで口封じを徹底しようとしているのかが分かってきた。
「これだけ規模の犯罪となると、もはや領主の案件どころじゃないわ。聖教会が動くわよ」
そう。もはや行われていることの性質と規模を考えれば、これは国が動いてもおかしくない案件だ。公爵家の令嬢であるシャーロットにはそれが誰よりも分かっている。だからこそそう言ったのだが、レインはその前に聞くべきことを聞いておくためにクラリッサに尋ねた。
「この件を王都へ報告は?」
「まだです。ですがお館様へはお伝えしてますので、直に連絡がいくのでないかと」
「ならその前に聞かせてくれ。もしこの事件が国の預かりとなれば、もはや俺たちの様なハンターには情報は降りてこないから」
正確にはレインの本来の立ち位置ならば降りてくるのだが、あくまでレインは一ハンターとしてここにいる。だからこそそう言ったのだ。
であるなら今聞いておかねばならない。レインはレンデルを一度見て、それからクラリッサに対し口を開く。
「販路はどうなっていた?」
商品である半魔人をどこに売っていたのか。それこそが一番重要なこととなることくらい、ここにいる全員が分かっていた。それでもそれを口にしなかったのは、あまりのことの重大さにどうして良いのかがわからなかったから。
だがレインにとってそれはまるで関係のないこと。レインが参加した第二次魔道大戦。そこでの多大な犠牲の上に今この平和が成り立っている。だが今も社会の裏で起こっていることは、そんな平和を犯すことになっているのだ。
そしてそれに帝国が絡んでいる可能性が高い。ならばレインはあの戦争の生き残りとして、それを止める責務があるとそう考えている。
だからこその問いに、クラリッサは答えるべきかどうか迷いを見せたが、レインの瞳に見つめられては答えるしかない。
「ゴースデル商会で見つけた資料によれば、半魔人を含めた合成魔獣は隣国のマリット海洋王国へ売られていた様です」
クラリッサのその言葉に、レインは静かに頷く。脳内では今後の方針を検討するために様々な展開を検討するのだった。




