第114話 不意打ち
第114話〜不意打ち〜
レイン達の目的は大きく二つ。
一つはゴースデル商会が奴隷売買をしているという証拠を見つけ出すこと。そしてもう一つは奴隷の売り渡し先を特定することだった。
今は法務大臣の許可証という特権で動いているレイン達だが、ここで奴隷売買の証拠を見つければ、騎士団が正式に調査に入ることができる。
いかにレインが優れた魔術師であろうとも、個人でできることには限度がある。騎士団という組織がしっかりと調査に入ってくれればそれだけ実態の解明は早くなる。だがそのためにはゴースデル商会が奴隷売買をしているという証拠が必要なのだ。
そしてもう一つの奴隷の売り渡し先。こちらは帝国への足取りを追うためのものに他ならない。
帝国の狡猾さから考えて、直接の売買をしているとは考えにくい。間に何カ国かを挟み、その上で奴隷を購入していると考えるのが妥当なところだ。
ならばその足がかりとして、まずはゴースデル商会がどこに奴隷を売っているのかを知ることが肝要。もしかすると奴隷はここ以外にももっと多くの場所から帝国に流れている可能性すらあるのだ。
以前から出ている聖王国内での有望株の行方不明事件を考えれば、その可能性も満更間違いではないことくらい予想がつく。
「そこを調べるの?」
「俺はこう言ったことに対する専門家じゃないが、基本的にこういうものは地下に隠すのがセオリーだ」
もし奴隷を売買しているのであれば、商品としてどこかにその奴隷がいる可能性が高い。もちろんこんなフォーサイトの街中でないどこか別の場所に隠している可能性の方がはるかに高いが、一人か二人くらいは商会にいてもおかしくはないのだ。
だとすればそれはどこにいるのか。
想像されるのは地下の牢屋と言ったところだろう。安直だと言われればそれまでだが、レインにもシャーロットにも潜入調査のノウハウなどはないのだ。すでに潜入している以上、迷うくらいなら行動に移すべき。
互いにアイコンタクトでそうやりとりをした二人は、足早に商会の中を駆け抜ける。途中にあった階段を見つけそこを下り、首尾よく地下に潜り込んだ二人はそこで一度立ち止まることになった。
「どこから情報が漏れた?」
「私は誰にも言ってないわよ?」
「それはわかってる。少なくともシャーロットがそんなことをする奴だとは思っていない。もしこれでシャーロットが裏切り者なら、俺はしばらくの間誰も信じられそうにないからな」
「あら、なんだかそう言われると嬉しいわね」
「それだけシャーロットのことを信用しているということだ」
互いの友情を確認し合うという意味ではこれ以上にないほどいい会話なのだが、如何せん状況が悪すぎる。
地下の階段を降り切った二人の目の前にいたのは、完全武装状態の魔術師総勢三十名ほど。壁や扉もない広大な空間となっている地下には明らかに待っていたとばかりにそれだけの魔術師が待機していたのだ。
「ようこそゴースデル商会へ。本日は何をお求めですか?」
魔術師の集団の一人、黒服に身を包んだ紳士がレインに対してそう言った。
「そうだな。この商会の奴隷売買の証拠が欲しいんだがあるか?」
「そちらは残念ながら取り扱っておりません。代わりと言ってはなんですが、お二人にはとっておきの物がございます」
それに対してレインは率直すぎるほどの答えで持って答えるが、紳士の表情が変わることはない。それどころかあまりに不遜なレインに対し、恭しくも一つの小箱を放ってきたのだ。
「シャーロット!氷壁だ!!」
「え……?」
レインがそう叫ぶが、シャーロットは咄嗟のことに反応が遅れてしまう。
「招かれざるお客様へは死を」
紳士の短い言葉が聞こえた瞬間、小箱が激しい光とともに大爆発を巻き起こした。
地下の空間の全てを埋め尽くすような爆風が巻き起こり、その威力は人間など容易に粉々にしてしまうほど。
「少し威力が強すぎましたか」
そんな爆風の中にいるにも関わらず、紳士は黒服に埃の一つをつけることもなくそこに立っていた。それはその後ろに控える他の魔術師も同様であり、さらにはあれだけの爆発であったにも関わらず地下空間の壁に傷がついた様子も見受けられない。
その様子をさも当然と全員が見ていることからも、何かしらの対策を紳士がしているのは必然であり、魔術師としての高いレベルが窺える。
少しの時間が経ち、爆風が晴れる。紳士が見据えた先に人影はない。
「やはり改良が必要なようですね。これでは死体の確認もできません」
そう言って後ろにいた他の魔術師へ指示を出そうと振り返った紳士は、直後に聞こえた言葉に戦慄することになる。
「シャーロット、俺は警戒を怠るなと言ったはずだぞ?警戒を怠るなというのは、あり得る全てのことに警戒をしろという意味だ。予想外のことだからと言って反応できないんじゃ警戒の意味がない」
聞こえた声に振り向けば、爆発の中心地にいたはずのレイン達がそこにいた。シャーロットのことをレインが横抱きにしているという変化を除けば、そこにいた二人に特に怪我らしい怪我は見受けられない。
それはつまり、レイン達もまた今の爆発を対処し切ったということであり、紳士の警戒が一気に高まった瞬間でもあった。
「……何をしたんです?」
「特に大したことはしていない。爆発ってのは爆心地を中心とした衝撃の拡散だ。その衝撃に人体が耐え切れないからこそダメージを負うわけだが、だったらその衝撃に対して同程度の逆向きの衝撃を与えてやれば衝撃は相殺できる」
簡単なことだと、横抱きにしていたシャーロットを降しながらそう告げたレインに紳士は困惑していた。
最も簡単に述べたレインだが、そんなことができるはずがないのだ。爆発という全方向に広がる衝撃というベクトルに対し、それを相殺できるだけの逆向きのベクトルをぶつけ、尚且つそれを自分に向かってくるベクトルもののみに限定することなどまず不可能。
その為の大前提として、爆発という無差別な衝撃と同程度の衝撃を作り出すことをしなければならないのだ。あのノータイムでレインがそれをしていた様子はない。魔術を使う兆候すら見られなかった以上、生身でそんなことをするなどできるはずがない。
思考を加速させ、この状況を考察する紳士だったが、この時になり背中に冷たい物が伝うことに気づき始めていた。
「いいか。敵に攻撃をさせないことが何より重要だが、必ずしもそれができるとは限らない。そうなった場合に高確率で自分を守れる手段を確立しろ。シャーロットの場合であれば氷壁の展開が今は一番確率が高い。ほとんどノータイムで、それこそ無意識でも発動できるくらいには練度を高める必要がある」
しかも紳士の方になど見向きもせず、横にいるシャーロットに対しこの状況下でありながらレクチャーまで始めているでは無いか。
ここでようやく紳士は気づいた。目の前の少年は、決してここまで到達させてはいけない類の人種であったということに。もし本気で何とかしたかったのであれば、そもそも建物内に進入を許してはいけなかった。それどころか目をつけられることもしてはいけなかったのだ。
ゴースデル商会の建物の中には幾重にも感知魔術が仕掛けられており、紳士はレイン達の侵入にはそれなりに前から気付いていた。
だからこそ地下空間に誘い込み、そこで始末をしようと考えたのだ。地下であれば人が一人や二人消えても始末が楽。そう考えたからこその選択だったのだが、それは大いなる失敗だった。
もし紳士がこの時に正解の選択肢を選ぶのであれば、それはレインの侵入に気づいた段階でこの建物から逃げること。すでに目の前で相対してしまった段階で紳士の命運は尽きていたのだ。
「ガキが、どうやら立場がわかっていないようだな」
だがその事実に紳士以外の者は気づかない。だからこそシャーロットにレクチャーを始めたレインに苛立ちを覚え、各々自らの得物を抜き放ち襲い掛かろうとしているのだ。
紳士はそれを制止することはしなかった。したほうがいいのだろうが、してもしなくとも結果は同じであると言うことがわかっていたから。
そして起こるのは紳士の想像通りの蹂躙劇。このほんの数十秒後、地下空間にはきっちり三十名分の魔術師が気を失い転がることになるのだった。




