第107話 釣りをしよう
第107話〜釣りをしよう〜
騎士団から得た情報はレイン達が持っているものとそれほどの違いはなかった。
元からレインたちを疑う線で調査を進めていたこともあり、その他の調査に手が回っていなかったことも要因の一つではあるが、やはり元から見ている観点が違うところも大きな要因だろう。
「帝国が裏で噛んでるとは流石のライザッツ家も思っていなかったようね」
「当然だろう。湿地帯の事件や魔闘祭でのことは国内の上層部しか知らないトップシークレットだ。貴族でもごく限られた家しか知らないだろうから、むしろこの事件の裏をそこまで読み取れという方が酷な話だ」
フォーサイトの裏路地をレインとシャーロットは話しながら歩いていた。
「それでも気になる情報があったことは確かだな」
「確かゴースデル商会が最近妙に羽振りがいいって話よね」
「そうだ。街の中堅商会がここ数年で急成長を遂げている。表向きは王都などへの販路の確保ができたからと言っているが、騎士団の調べたところによるとどうもそれだけで説明できないところがあるんだそうだ」
事件の調査をする上で、レインたちは今回も聖王国内で帝国の者が暗躍している可能性を疑っていた。しかしそれを知らないレンデル達が重点を置いて調査したのは、まずはセオリー通りのフォーサイトからだった。
興奮剤の原料が密売されているのならば必ずどこかに買い手がいる。であるならその販路に一番近い街であるフォーサイトが含まれていても何らおかしくはない。
騎士団はその考えのもとフォーサイトを調べていたのだ。もっともレンデル達はレイン達を最初は疑っていたようだが、それも事件に関わっていたハンターがレインだったと知れた段階で容疑は晴れている。
ここから先は他の調査に重点を置くだろうが、レイン達の持つ情報を開示することはできないため、しばらくはフォーサイトを中心とした調査になることは間違いない。
「騎士団はゴースデル商会が販路になっている可能性を調べているのよね?」
「出どころか不明な資金が多いようだからな。仮に原料の野草の密売で儲けていたとするなら一応の筋は通るからな」
ゴースデル商会が何かしらをしている可能性は高いが、レインは白だと思っていた。仮に販路の一端をになっているとしても、その隠蔽があまりにお粗末すぎるからだ。
相手は口封じのために躊躇いなく村一つを皆殺しにするような組織。それほど簡単に疑いの目を向けられるようなことをするとは到底思えない。
だとするならゴースデル商会はスケープゴートであり目眩し。万が一のために用意された保険であると考えた方が自然なのだ。
「だからと言って今の俺たちにゴースデル商会を調べることも、他の場所を調べる当てもない」
「それは分かってるけど、ならなんでわざわざこんなところに来たのよ?というかこの話そんなに大きな声でしていいの?」
そう、事件のことについて話しながらレインとシャーロットがきたのはフォーサイトの街の中でも滅多に人が寄り付かないような廃墟街。老朽化が進み打ち捨てられた街の一角には、犯罪を犯すようなもの以外は誰も近寄らない。そんな場所にレインとシャーロットは来ていたのだ。
「言っただろ、釣りをするってな」
レインがそう言った時だった。廃墟街の中でも開けた場所にでた二人の前に立ちはだかるように現れたのは一人の男。寝癖混じりの癖っ毛を弄る男の手には身の丈ほどの槍が握られている。
そんな男が突如として現れ柔和な笑みの中に明らかに敵対心を丸出しにしてこちらを見ているのだ。
「見ろ、釣れたぞ。こうも簡単に釣れるとは思わなかったけどな」
「釣りってこのことだったのね」
「こちらから向こうに接触することが難しいなら、相手からの接触を待つ。調査の一手であり基本だ」
相手に聞こえるようにわざとそう言ったレインだったが、槍を持った男の表情は動かない。それでも見事に目的となる人物が釣れたようでレインは内心で非常に喜んでいたのだ。
今回のケースは騎士団長がレンデルだったからこそ情報を仕入れることができたが、本来なら騎士団から情報を得ることなど不可能だ。
そんな中で敵となる組織を調べるには、先にも言った通り相手からの接触を待つ方が手っ取り早い。なのでレインはフォーサイトに戻ってから餌を撒いていたのだ。
ギルドでは明らかに村での事件を調べていることを明からさまに受付嬢に話し、わざと村の資料などを取り寄せたりもしていた。
さらに村の村長であったハインツの行きつけであった店に行っていたりもしたりして、なるべく自分が村での事件に関わっているということを目立たないようにアピールしていたのだ。
敵は村を丸ごと口封じで殺し、有能であるはずのリンダまで殺したことから今回の事件の関係者は軒並み殺したいのだと予測できた。
遅からず向こうから接触はあるだろうがなるべく早いうちがいい、できるならこちらから接触する場所は選定したい。そんな思惑もありレインはあえてわかりやすい行動をとっていたのだ。
そしてここ数日レインは自分を監視する者の気配を感じ取っていた。数日その様子を見るうちに、その誰かがそれなりの手練れであることは容易に知ることができた。
そこで最後の仕上げとしてシャーロットともにわざと大きな声で明らかに機密である話をしながら、しかも人目のない廃墟街という場所にきたのだ。
監視をしているということはレイン達が事件に関与していることは知っているはず。あと欲しいのは決定的な情報だけだ。だからこそレインはそれをあえて大きな声で話すことにより監視をしている誰かを誘った。
「出てくるかどうかは賭けに近いところもあったが、どうやら自信家のようで助かったな」
だがこの作戦には当然重大な欠陥もあった。何せしていることがあからさますぎるのだ。そこまであからさまにやってしまっては、相手に逆に警戒をさせることになりかねない。慎重なものであれば出てくるのを躊躇するのは間違いないのだ。
だがそれでもレインがあえてこの方法を取ったのは、リンダを殺した誰かがそれなりに腕に覚えのあるものだと予測したからだ。
口を封じるだけならリンダだけを殺せば良かったにも関わらず、あえて騎士達を皆殺しにしている。そんなことをすればさすがに領主であるライザッツ家が動くことなどわかり切っているはずなのにあえてそれをした理由は一つ。
例え領主が動いても問題ないと考えているからだ。
どれだけ大きな権力が動いたとしても自分であれば関係ない。追手が来るのであれば返り討ちにでもすればいい。かつての戦場にもそう言った性格のやつはごまんといたからこそ、レインはそう予想を立てたのだ。
「あえて釣られてあげたんですからもう少し感謝してくれてもいいんですよ?」
「そうだな。わざわざ情報源が自ら出てきてくれたんだ。そのあたりは感謝しているよ」
「これから殺される人が情報を気にしますか。随分と滑稽な話ですね」
「そうだな。相手の力量も測れずにこれから情報を吐き出すだけの畜生に成り下がるんだ。確かに滑稽という言葉がお前にはお似合いだな」
出会って一分とたたずに罵り合う二人に対し、シャーロットは相手の男を分析していた。
隙のない佇まいに普通の槍よりも長尺な獲物。レインと話をしているはずなのに、まるで隙のない立ち姿はこれまでシャーロットが見てきた中でもトップに近い位置にくるであろう強さを予感させた。
もしシャーロットがこの男と立ち合えば、問答無用で殺される。魔術師としての実力は確かにシャーロットは高い。だがそれはあくまでレインに言われた通り、一般的な基準で測ったときの話だ。
戦う者の基準から見ればシャーロットの実力は最底辺。それに少し毛が生えた程度でしかないとレインから言われている通りであれば、間違いなく戦う者であろう目の前の男に敵うはずがないのだ。
「レイン。ここは任せていいのよね?」
「無論だな。今回シャーロットをここに連れてきた理由はあくまで勉強だ。より上の強さを目指すのであれば、上位の戦いを見ておくべきだ」
「そう。なら任せるわ」
まさかのレインの教育という発言に男の柔和な表情が歪む。さらに男の姿が目の前から描き消えたとシャーロットが思ったのは同時のことだった。




