第106話 騎士団との溝
第106話〜騎士団との溝〜
「これが近衛騎士団ね。まだ銅級のハンターの寄せ集め部隊の方が強いんじゃないか?これで領主を守る精鋭だっていうんだから笑わせてくれる」
勝負は一瞬のうちについた。部屋の中に横たわるのは騎士達が数人で、その全員が意識を刈り取られている。対するレインはといえば、元いた場所から一歩も動くことなくそう言ってのけたのだ。
「ちょっとレイン!?」
「いいから黙ってろ。この場での責任は俺が全て持つ」
流石にやりすぎであるレインの行為にシャーロットが声を上げるが、レインはそれを制してレンデルに視線を向ける。
「次はお前がかかってくるのか?」
もはや挑発でしかないレインの言葉に、レンデルはといえば薄く微笑んだまま何も言い返すことはしない。
ここで仮に向かいにいる近衛騎士団団長であるレンデルと小隊長のクラリッサが同時にレインに襲いかかったところで、レインならそれを一瞬で組み伏せてしまうのは間違いない。
騎士団長といえばエリート中のエリートであり、そんじょそこらの魔術師ではまるで歯が立たないのだが、レインという存在はそんな騎士団長が霞むほどの高みにいる存在なのだ。
責任を持つと言ったのも存外嘘ではないのだろう。銀級ハンターという立場であれば、今回のことは問題となるのは間違いない。近衛騎士団に手を出したというのは同時に貴族に対して手を出したのと同義であり、最悪処刑されてもおかしくはないのだ。
だがレインの本来の立場を利用すれば話は変わる。五芒星の魔術師ともなれば聖王国はまず間違いなく戦力として自国にとどめておきたい存在だ。
一貴族が何を言ったところで国の上層部は間違いなくレインの方の言い分を聞くだろう。おそらく事態が拗れた場合はそう言ったコネを使うのだろうが、シャーロットはこのレインの行いをらしくないと思っていた。
もしレインが自分の立場を利用して色々とやるのなら、これまでにだってそうしてきたはずだ。だがレインが五芒星の魔術師としての立場を利用したことなどシャーロットは一度として見た事がない。だからこそ余計にこの状態をよく思わなかったのだが、残念ながらすでに事態はシャーロットにどうにかできる段階はとうに過ぎている。
「……」
「クラリッサ、気持ちはわかるけど止めておこうか。この人には僕たちが逆立ちしても勝てないよ」
まさに一触即発。シャーロットもまたいつでも動ける準備だけはと思ったのだが、クラリッサはともかくレンデルの雰囲気はそうではない。
「まさか呼び出したハンターがあなただったとは。僕もほとほと運がないというかなんというか」
「前から言っているはずだ。お前は下調べが雑だってな。そのせいで何度死にかけた?」
「一応団長という立場になってからはその辺りもしっかりているつもりなんですけどね。あなたにしてみれば僕なんてどこまで行っても子どものようなものですよ」
「年齢はそっちの方が一回り以上上だろ?団長ならそのくらいはきっちりとしろ」
「耳が痛いですね。扉を開けてあなたがいた時はどうしようかと思いましたよ」
それまでの雰囲気が嘘のように気安く話し始めたレインとレンデルに対し、シャーロットとクラリッサが全くついて行けずに目が点になってしまったのも仕方のない事だった。
◇
第二次魔道大戦の中盤、まだアンフェール島の覇権が帝国に傾いていた頃、その頃まだ王都の騎士団に所属していたレンデルは死地と名高いアンフェール島への出陣を言い渡された。
出陣した者の実に九割が死亡すると言われていた戦場への出陣ということもあり、レンデルもアンフェール島へ上陸するにあたり死を覚悟していた。
親しいものには別れを済ませ、妻子の今後の生活のためにできる限りの財貨を用意もした。
そこまでをしなければいけないほどに戦争の最前線は凄まじく、数少ない生き残りの者からはあの場所は地獄だと何度も聞かされていたのだ。
だがレンデルは生き残った。もちろんレンデルの腕が確かだったということもあるだろうが、一番の要素はレンデルが強運だったということだろう。
「あの時の恩は一生忘れませんよ」
そう、レンデルが配属された隊の近くにはレイン達レックス傭兵団がいたのだ。
「下調べを疎かにし、見事に敵の罠にはまった私たちをあなた方は救ってくれた。そればかりでなく敵を返り討ちにした上に拠点まで奪い取った成果を私たちに譲ってくれた。おかげで今や私は侯爵家の騎士団長です。頭が上がらないどころか足を向けて寝ることも叶いません」
壊滅しかかっていたレンデルの隊を見つけたレックス傭兵団は、救援どころか包囲していた帝国軍を殲滅。同時に戦略的拠点として重要だった場所は奪取することにも成功。
だがレックス傭兵団は拠点の制圧は依頼外だからと、レンデル達にその手柄を譲ったのだ。命を助けられたばかりかその先の将来まで約束されるような手柄を譲られる。
その手柄でレンデルのように出世し、今でも聖王国内の要職についている者は多く、その誰もがレックス傭兵団への感謝を今でも忘れてはいない。しかもその中でも飛び抜けて強かった現在の五芒星の魔術師であれば尚更の話だ。
「そこまで気にしなくてもいいんだけどな」
「あなたが良くても私が全力で拒否しますよ。それほどにあなた方への感謝は僕たちの中では絶対なんです」
もはや崇拝にも近いレンデルの対応に、本人達はともかく戸惑ったのは周りのもの達だ。
シャーロットはまだいい。レインの正体を知っているため、レンデルの話の流れから二人が過去になんらかの関係があり、レンデルがレインに対し非常に感謝しているのだろうと予測ができた。
だがクラリッサは違う。突然団長がそれまで犯人の一味であるかもしれないと考えていたハンターに対してあり得ない態度をとっているのだ。
そんな態度を団長であるレンデルがとっているのをクラリッサは今まで一度も見たことがなかった。主君であるライザッツの前であってもここまで謙ることはない。
だからこそその光景に混乱をすると同時、余計にレインに対し怒りが湧いてきたのだ。
ハンターという下賤なものでありながら、騎士団長であるレンデルにこのような態度を取らせている。さらには団長がこんなにも下手に出ているというのに、当の本人はさして気にした様子もない。
「無礼が過ぎます」
言葉と行動の間に間などなかった。クラリッサのスタイルは騎士として一番の王道である魔剣師。鞘に収められた剣を鞘走りの加速を利用することで速度を高め、そのままレインを真っ二つに斬らんばかりの勢いで抜刀した。
流石は騎士団の小隊長と言ったところなのだろう。先に切りかかってきた他の騎士とは比べるべくもないその攻撃は、並の相手であれば反応すらすることができずに殺されていただろう。
現にシャーロットは反応こそしたものの、不意を突かれたとはいえその攻撃に対処することはできていない。
「そっちから手を出したんだ。反撃を喰らっても自業自得だ」
しかし攻撃の対象に選んだレインは並の魔術師どころか、この世界の頂点の存在なのだ。
クラリッサは間違いなく入ったと思った自身の会心の攻撃が空を切る瞬間を感じることもなく、それとは別に感じることになるのは腹部への激しい痛み。
その痛みの理由は単純にレインの拳がクラリッサの腹部にめり込んだがためなのだが、クラリッサはそれを理解することなく意識を手放した。
「さてレンデル。部下の不始末は上司の責任らしいが、この有様はどうする気だ?」
止める間も無く行われた一連の攻防だが、レインはかすり傷一つ負うことはなく息も乱してはいない。レンデルはその様子を見て想定の範囲内ではあれど、かつて自分が知っていた頃のレインの動きがさらに洗練されていることに内心で大いに冷や汗をかいていた。
「こちらの持つ全ての情報を開示した上であなた方への不干渉を約束します。ただしあなた方がこちらに協力を求めてきた際は全力でそれに応える。そんな条件でいかがでしょうか」
「落としどころとしては妥当だな」
最初から示し合わせていたのではないかと思うほどにスムーズな条件の取り決めを見ていたシャーロットは、やはりレインは次元が違うといつもとは違った面で再認識をすることになったのだった。




