第105話 対立
第105話〜対立〜
ハンターギルドに併設された酒場。そこに今日も依頼を受注するために来ていたレインとシャーロットは、受付の女性から手渡された書状を見てあからさまに嫌な顔をしていた。
もっとも、嫌な顔をしているのはレインだけであり、シャーロットはむしろ仕方ないという表情なのだが、レインの渋面がだからと言って変わることはない。
「なんでそんなに嫌がるのよ?むしろ本格的な調査に衛兵団じゃなくて領主の近衛騎士団が動いてくれるのよ?事情を聞きたいっていうなら答えてあげたらいいじゃない」
夏の朝ということでアイスのコーヒーをゆっくりとストローで吸い上げながらそういうシャーロットだったが、レインは深いため息を吐いてシャーロットを軽く睨む。
「シャーロット、俺がどうして嫌がっているのかわかってないのか?」
「この前言ってたやつじゃないの?規模が大きい事件だから関わるといつ終わるか分からないって。だからあんまり積極的じゃないと思ってたんだけど」
「仮にも貴族なら今回の召集の理由を考えてみろ。俺たちにとってどう考えても都合の良いものじゃない」
嫌な表情を隠そうともしないレインに対し、シャーロットは少しばかり意外なものを見たような気分になった。普段は忘れがちなのだが、レインとて自身と同じ十五の少年なのだ。
過去の生い立ちからどこか大人びた風格を漂わせてはいるが、その実はまだ大人になり切れていない少年が隠れている。もちろん普段はそんな姿を見せることはないが、こうしてレインが新しい表情をのぞかせてくれているということは少しは自分に心を開いてくれているのではないか。
「なんで今の話で笑うんだ?」
「別に大したことじゃないわ。それで、都合がよくなければ理由は何?」
自然と笑みが溢れてしまったのをレインに見咎められたが、シャーロットはそのことはレインに告げずに話を逸らす。この嬉しさは多分自分の中にしまっておいた方がいいものだ。そう判断したシャーロットは笑みを崩さないまま、レインに続きを促した。
「衛兵団ではなく近衛騎士団が動くのはわかる。シャーロットの言う通り裏で動いている組織は間違いなくでかいからな」
「なら何がそんなに不都合なのよ。別に聴取くらいなら小一時間で終わる問題じゃない」
「その近衛騎士団がハンターに話を直接聞きたいって言うのが問題なんだよ」
そう言うとレインは頼んでいた飲み物を一気に飲み干した。
レインがここまで嫌がる理由。それは近衛騎士団と言う組織の性質にある。基本的に貴族の治める領地には、街の治安を維持する衛兵団と有事の際や貴族を警護することを仕事とする騎士団が存在している。
この二つの組織の大きな違いは、所属する者の出自が強く関わる点だ。
衛兵団は門戸が広く、一定の実力がある者で素行に問題がなければ確実に採用されるためその人口は多い。だがそれとは対照的に騎士団というのは、志願者の生まれをも重要視しているのだ。
簡単に言えば、騎士団には貴族かそれに準ずるものでなければ入団をすることはできない。その上、求められる実力も相当のものであり、騎士団の人数は衛兵団に比べて十分の一ほどしかない。
それでも二つの組織は騎士団の方が組織として格上と認識されているのは、それだけ騎士団の力が強いからだ。おそらく真正面から二つの組織が対峙すれば、騎士団の圧倒的勝利で終わる。それほどまでに両者の力には差があるのだ。
そんな騎士団は貴族の集まりであり出自を重要視しているということは、烏合の衆であるハンターという存在をあまりいい目では見ていない。
そんな騎士団がハンターに話を聞く、しかも団長が自ら出てくるなどレインは聞いたことがなかった。もし本当に団長が出てくるのだとしたら、話が非常に厄介なことになる可能性すらあるのだ。
歯牙にもかけないという言い方の通り、例え今回のような規模の事件であってもハンターに直接、しかも団長が話を聞きたいなどはまずあり得ない。
「それでも話を聞きたいという理由は二つ。単純にライザッツ家の騎士団長がそう言った身分などを気にしないタイプであること」
「もう一つは何?」
「俺はこっちの方が本命だと思っているが、話を訊こうとしているハンター、この場合だと俺たちも犯人として疑われている場合だ」
今回の事件を報告するにあたりレインが懸念したのは、レイン自身の力を使いすぎた点だ。村の異変に加えて飛龍の即座の討伐に下手人の捕縛に至るまで、レインにとっては当然の帰結なのだが、見る人が見ればあまりにも事件の進行速度がスムーズにも見えただろう。
そこからたどり着く答えは今回の事件がレイン達もまた共犯であり、自作自演や口封じをさらに口封じとして殺したと見られてもおかしくはないのだ。
「何よそれ!私たちはあくまで被害者よ!?そんな扱いおかしいじゃない!!」
「あくまでこれは俺の予測だから違う可能性もある。だが騎士団ってやつはやたら自分たちのメンツを気にするからな。シャーロットもくれぐれも対応には注意してくれ」
不平不満を言い募るシャーロットを横目に、これでは釣りどころではないなとレインは盛大なため息をつきながら召集の内容が書かれた書状を再度恨めしげに見つめるのだった。
◇
ライザッツ家の別邸。今回の事件の調査本部呼ばれたのは書状を受け取った翌日のことだった。
「ここでしばらく待て。じきに団長が来られる」
通された部屋は流石は侯爵家の別邸と言ったところか、丁寧な作りとなっておりこの場所の所有者の権威がありありと見て取れる。レイン達の真向かいにはこれまた特注であろう椅子が置かれており、そこに座るのが団長であるのだと容易に想像ができた。
しかしそれとは対照的に、レインとシャーロットの側には椅子すら置かれておらず、どうやら立っていろとのことらしい。部屋の壁際で立っている騎士達のどこか嘲るような視線からもその予想は当たっているようでシャーロットの表情がにわかに歪んだ時だった。
「遅れてすまないね。少々前の仕事が立て込んでしまって遅くなってしまった」
部屋の中に待機していた騎士が開けた扉から入ってくるのは青年と女性。青年に付き従うように女性が入ってくるところを見ると、どうやら青年が団長なのだろう。
「今日は来てくれてありがとう。僕がライザッツ家近衛騎士団長、マイク・レンデルだ。こっちはクラリッサ・ホークアイ。騎士団の小隊長を努めてもらっている。今回の事件の調査は基本的に僕たちが指揮をとっているんだよ」
そう言って柔和な笑みを浮かべたレンデルは当然のように用意された椅子へと座り、その後ろへクラリッサが待機する。シャーロットはその様子に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、あくまで自分は今最低ランクのハンターであることを思い出しそれをやめた。
確かに自分は公爵家の人間であるが、公爵であるのは当主である父だ。それでも自分の身分を明かせばそれなりの対応となるだろうが、それは悪手であることは十分にわかっていた。
貴族はハンターを下に見る傾向がある以上、貴族がハンターになることは稀だ。もしなる者がいれば、それは家から爪弾きにされたものという認識が貴族の中にはある。
シャーロットはそうではなく、ただ力を求めての結果なのだが周囲はそうは思わない。ここでシャーロットが軽率な行動を取ればそれは家の品位を損ねることにつながりかねないのだ。
だからこそ相手の態度が気に入らずともグッと耐えることにしたのだ。事情を話してすぐに帰ろう。そうここに決めてレンデルの話を聞くことにしたのだが、どうやら隣にいる者はそうは思っていなかったようだ。
「今回は大活躍だったようだね。おかげで領内の不穏分子を見つけることが出来たわけだ。侯爵様に代わって礼を言うよ」
「礼を言う前に椅子の一つも用意できないのか?こっちは頼まれて来てやった立場だぞ?あんまり勘違いした行動をとるのも大概にしろ」
話の前振りだろうが、レンデルがお世辞であっても謝辞を述べたのに対し、まさかのレインがそう一蹴したのだ。
「貴様!ハンター風情がどのような口を……!!」
「俺は常識の話をしているんだ。ハンターは中立機関でありたとえ相手が貴族であろうとその関係性は対等だ。であるならお前達の対応がむしろ無礼なことくらいわからないのか?」
「言わせておけば……!!」
まさに一触即発。部屋の中にいた騎士達は剣を抜き放ち魔力を高めていく。レンデルの後ろに控えていたクラリッサもた表情こそ変えないがレインの物言いに静かに怒りをたたえている様に見えた。
「謝るなら今のうちだと思うけど?」
「それはこっちのセリフだ」
レンデルの短い言葉にレインがそう返した次の瞬間。部屋の中の騎士達が一斉にレインに向けて剣を振り下ろしたのだった。




