第103話 対策本部
第103話〜対策本部〜
「すごいきな臭い事件だけど、レインって昔っからそう言うのを引き当てるところがあるよね」
「レインって昔からそうだったんですか?」
「そうなんだよシャーロットちゃん。一度街で知らない子どもに絡んでた男をレインが倒したんだけどね。実はその男が街の周辺では有数の盗賊団の幹部で、報復って言って街まで攻め込んできたことがあったんだよ。もちろん全部制圧したけど、並の傭兵だったら街ごと滅んでたかもしれないね」
「トラブル体質って奴なんでしょうか?」
「それもあるかもねぇ。そう言うのって、例外なく本人は無自覚だし、レインにぴったりの体質かもしれないよ」
「確かに一学期だけであれですし、自分でいってなんですけどこの表現がぴったりな気がします」
何やら自分のことを自分の目の前でいいように言われているが、口を挟むことが藪蛇だと言うことがわかっているためレインは出された紅茶をゆっくりと飲むことにした。
今レインとシャーロットがいるのがルミエール魔術学院の中の西の塔の最上階。山脈の麓の村での事件を終え、無事にフォーサイトへ戻ってきた二人は一息をついたのち、シルフィのいるここにやってきていたのだ。
表向きの理由はシルフィへのお礼。ファフニールを使いシルフィに調査団の派遣を要請したからこそ、あそこまで迅速に話が進んだのだ。もしこれが正当な手順をふみ、それこそギルドへ直接の連絡であったなら今頃レイン達はまだ村に滞在することになっただろう。
それほどに五芒星の魔術師たるシルフィのコネは凄まじいと言うことだ。もちろんレインが正体を明かせば同様のことが可能になるが、今のところその予定はないのでしばらくの間はこうしてシルフィに何かと頼むことになるはずだ。
それゆえ、お礼も兼ねて状況の報告に来たのだが、レインがシルフィのところにきた本当に理由はそれではない。
「帝国の影はあったのか?」
「今のところは見えないかな。興奮剤は魔力炉暴走剤の劣化品とはいえ、用途は一緒だからね。レインから連絡を受けた段階で私も調べてみたけど、帝国の影どころか背後の組織の情報もまるでわからなかったよ」
お手上げと両手をあげるシルフィだが、レインはおそらくそうであろうと予測をしていた。
シルフィの言うとおり、レインも今回の事件の本当の黒幕は帝国ではないかと考えたのだ。興奮剤は一時的な高揚により使用者の魔力などを一時的に増大させる薬品だが、依存性が強く最悪廃人になるリスクがある。
もしそんな薬が聖王国内で出回れば、国内で混乱になることは必至。いずれは落ち着きを取り戻すかもしれないが、それでもその間は国力が低下することは確実だ。
それは今も世界の覇権を狙っている帝国に取っては喜ぶべきことであり、先日のナウラの暗躍を考えれば今回の件にも帝国が絡んでいるのではないかとレインは考えたのだ。
シルフィも同じ考えの元調査をしてくれたのだが、結果は空振り。だがそれも仕方がないとレインは思っている。仮に帝国が絡んでいたとして、そう簡単にその尻尾をつかませるとは思えない。
もちろん完全に証拠を消せるわけではないが、それでも巧妙に隠してはいるだろう。
そうなればそれを調べるには当然専門のものでなければ難しくなる。シルフィも様々なコネを持ち、ナウラの時のように自身で色々と調べることはできるが、それでも調査という方面はシルフィの土俵ではない。
故に今回のようなケースではどうしようもないこともあるのだ。何かがいる可能性を感じながらもその何かを知ることができない。レインもその分野には全く精通していないためこれ以上の情報を得ることは不可能だった。
「ザイルならすぐにでも調べてきてくれるんだけどねー」
「そうだな。ザイルは斥候もそうだが、こういった調査が得意だったもんな」
シルフィの言葉にレインが同意する。
「あの、そのザイルさんって方はもしかして他の五芒星の」
「そうそう。ザイル・オーレン。魔盗師でこと調査や斥候、索敵においてあいつ以上を私は見たことがないかな。多分この場にあいつがいれば、すぐに今回の件も片がつくと思うんだけどねー」
「そんなに凄いんですか?」
「ああ。単純な戦闘なら俺やアーノルドの方が強いが、ザイルの強みはそこじゃない。その気配探知は範囲も感度もピカイチだし、隠密や隠蔽も精度があり得ないほど高い。言い方は悪いが、ザイルが本気になればこの国の情報なんてすぐに丸裸にできるほどだぞ」
「そ、そんなに凄いのね……。流石は五芒星の魔術師の一人。私の想像を軽く超えてくるわね」
シャーロットがそう言っているが、この場にはザイルはいない。いないのだから情報が降ってくるわけでもない以上、このまま何もしなければ手詰まりとなってしまうだけだ。
「ひとまず私はできる範囲で他の情報を探すけど、レインはどうするの?」
「そうだな。釣りでもするか」
「は?レイン、一体何を」
「せっかくだ。シャーロットも付き合え。そっちの方が効率がいいだろうからな」
「ちょっと!?意味がわからないんだけど」
それまでの会話の流れをぶった切り、突然釣りなどと訳のわからないことを言い始めたレインにシャーロットが困惑をするが、シルフィはそれだけで全てを察したのか、納得した顔でレインに向き直る。
「いうだけ無駄だと思うけど、気をつけてね」
「心配ない。それほどの獲物が釣れるとは思わないからな」
「違う違う。私が言ってるのは釣られた方のこと。やり過ぎないでねって言ってるんだよ。やっぱり心配だからシャーロットちゃん、よく見といてね」
「え、え?」
会話にまるでついて行けないシャーロットをよそに、それで話は全て終わりと二人は雑談を始めてしまう。後に残されたシャーロットは、言い知れぬ疎外感を味わいながらもこの二人にはきっと言っても無駄なのだろうと、出されていたお菓子を頬張ることで諦めるのだった。
◇
フォーサイトの代表的な施設はもちろんルミエール魔術学院であるが、実際に街を取り仕切っているのは学院ではない。
ハルバス聖王国侯爵であるライザッツ家が、フォーサイトを含む地方の一帯を取り仕切っている貴族なのだ。
つまり街の衛兵の雇用主はライザッツ家であり、今回の事件でそれなりの実力を持つ魔術師であった衛兵が十人も殺されるという被害にあった報はすでにライザッツ家に伝わっている。
「面倒ではあるが、至急調査本部を立ち上げねばなるまいな」
知らせを聞き、面倒だという本心を隠そうともせずにそう告げたのは、現ライザッツ家の当主であるファーター・ライザッツだ。
今回の一件、できれば関わりたくないと思うのは貴族であれば誰でも一緒であろう。何せこれまでの情報を聞くだけでも、背後の組織がそれなりの規模を持つということが明白なのだ。
それをなんとかするために動くということは、手間もかかれば金もかかる。もちろん自分の領地内でのことであり、野放しにするわけにはいかないが、できれば早々に落とし所をつけて話を収めてしまいというのが本音なのだ。
だがすでに衛兵がそれなりに被害に遭い、さらにはハンターも噛んでるとなればそれは難しくなる。衛兵の被害だけであればうまく処理することも可能ではあるが、ギルドも調査をしている以上は適当なことは許されない。
もしそれがまかり通ってしまえば、世界で中立を謳っているギルドの正当性が崩れてしまう。それ故ハンターギルドは自分たちの関与した事件に関してはその調査に手を抜くことは絶対にないのだ。
だからこそライザッツは嫌々ながらも対応をしなければならないことに顔をしかめながらも、今回の一件を収めるために相応の人物を用意することを決めた。
「全く。どこの誰が余計なものを見つけてくれたのかは知らないが、できれば他所でやって欲しかったものだ」
「お館様。その発言はどうかと」
「別にお前と私以外は聞いていないのだから構わないさ。それよりも任せるぞ。なるべく金のかからない方法でことを収めてくれ。どうにも帝国がきな臭い。防衛のためにも金は手元に残しておきたいからな」
「そこまで気付いていながら面倒臭がる。昼行灯の名の通りといったところですかね」
ライザッツにことの収拾を頼まれた男は、嫌味とも取れる言葉を残し部屋を出ていく。後に残されたライザッツはといえば、やはり面倒臭そうに頭をかきながら再度長いため息を吐くのだった。




