第102話 口封じに次ぐ口封じ
第102話〜口封じに次ぐ口封じ〜
リンダが護送され、ギルドの調査員からの事情聴取を受けたレインとシャーロットは、もう一泊を村で過ごすこととなった。
事情聴取自体はすぐに終わったのだが、村の調査との整合性を確認するために最低でもあと一日は村にとどまるように調査員から依頼されたためにそのようになっていたのだ。
「シャーロットはフォーサイトに戻ったらどうするんだ?」
「他の依頼を探すわよ。飛龍と戦ったとは言え、なんだか不完全燃焼気味だしね。できれば今度こそまともな依頼をちゃんとこなしたいわね。それがたとえ小さな依頼であってもね」
そう答えるシャーロットにレインはいい傾向だと感じていた。
最初の依頼を終えた後の新米ハンターがとる態度は大きく二つ。一つは今のシャーロットのように、どんな依頼でもいいからしっかりとこなしたいというものだ。
どれだけ優秀なものでも、最初の任務は大なり小なりミスをする。それを受けて次の依頼に臨むのだが、まずはどんな依頼でもいいから完遂したいと思い次に臨んでいく。
逆にもう一つはさらに高度な依頼をこなしたいという欲に駆られる者もいる。最初の依頼に成功し、さらに上へと思うものに多い考えだ。別にこの向上心自体は悪いものではなく、実際にこの考えで成功している者も何人もいるのだからレインもそれが悪いとは思っていない。
だが確実に言えることは、そういった考えを持つ者の方が命を落としやすいということだ。
しかしシャーロットは前者を選んだ。飛龍の討伐といえば、新米のハンターにはまず不可能であり、今回の依頼のイレギュラーさに鑑みたとしても、シャーロットの依頼の達成度は上々といえた。
それでもそう思ってくれるのだから、きっと次の依頼はより完璧なものになることは間違いない。
「そうか。なら微力ながら俺もそれを手伝おう」
「いいの?レインも他の依頼をこなしたいんじゃないのかしら?」
「もともと夏休みの時間を潰すためにハンターとして復帰することにしたからな。シャーロットに付き合うのも一人で動くのもさしては変わらない。それに優秀な後輩を育てることはハンターにとっては有益だからな」
「あら、嬉しいわね。ならお言葉に甘えようかしら」
「ああ。それに俺にとっても一人で過ごすはずだった夏休みをどういう形であれ友人と過ごせるんだ。メリットとしてはこれ以上にないだろう」
「……レイン。あなたよくそんな恥ずかしいことを真顔で言えるわね」
「別に悪いことは言っていないからな」
「……まぁいいわ。ならフォーサイトに戻ったらまたよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
なぜか少しばかり照れたような表情を見せるシャーロットだが、レインの言葉を素直に受け入れてくれた。いろいろあったが、とにかく夏の間はシャーロットと二人でハンターとして活動をすることになる。
「それならフォーサイトに戻ったら正式にパーティーを……」
ハンターとして二人で活動をするのであれば、臨時であってもパーティーとしてギルドに登録しておく方がいい。レインがそう言いかけた時だった。
「護送していた衛兵たちが襲われた!?」
そう声をあげたのは、村に残った衛兵の一人だった。当然だが、リンダの護送に全員がついていくわけもなく、ギルドの職員と共に調査のために村に何人かの衛兵も残っていたのだ。
その衛兵の一人にもたらされた連絡が、リンダの護送していた鋼鉄製の馬車ごと全てが破壊されたと言う事実。馬車も人も、文字通り破壊と言う言葉がふさわしいほどに損傷していたのだ。
「護送していた犯人はどうした!!」
「それが、どうやらその犯人も近くで死んでいるのが発見されたようでして」
「全員が死亡だと!?護送に送った者たちは衛兵の中でも上位の者たちばかりだぞ!?それを全員殺すとなれば一体誰が……」
衛兵たちには当然遠く離れていても連絡を取り合う手段が存在する。方法は様々であるが、どうやらフォーサイトの衛兵に関しての連絡手段は小動物を介しての手紙のやり取りのようだった。
今回の護送は村とフォーサイトの中継点で、フォーサイトからさらにやってきた衛兵に受け渡す予定となっていたようだが、どうやら一向にやってくる気配がないので様子を見に行ったところ、件の現場を発見したようだ。
その事実を村に伝えるために活躍するのが魔獣師と言うスタイルの魔術師であり、これは動物や魔物を使役することができるスタイルだ。
衛兵の連絡係として帯同していた魔獣師は鳥を使役し、情報を村に届け今に至ると言うわけだが、これは全て近くにいた衛兵が親切に教えてくれたものだ。
「ハンターには前から興味があったんですよ。もし衛兵を首になったら是非僕にもハンターのご指導をお願いします!」
チャールズと名乗った衛兵は、本気か冗談かわからないことを言いながらも、フォーサイトの衛兵からもたらされた情報を全てレインとシャーロットに教えてくれていた。
リンダを含め、護送していた衛兵が全員殺された。全員がそれなりの実力者であり、リンダに至ってはその実力は言うまでもない。そんなものたちを全員殺すとなれば、一体相手の実力はどれほどだと言うのか。
「今回の犯人のリンダって子、魔殺師としての実力は高かったんですよね?」
「あぁ、少なくともそんじょそこらの魔術師なら気付くことすらできずに殺されるだろうな」
「そんなにですか。そうすると相手さんは剛気なもんですね。それだけの実力者を殺して口を封じようとするんですから」
「それは確かにな」
どこか他人事のようにそう言うチャールズに、レインも同意する。チャールズはまだ何かを話したそうにはしていたが、上官に呼ばれてレインたちの元から離れていくが、今のチャールズの言葉をレインは反芻していた。
「敵の組織、どうも私たちが思っていたよりもさらに大きそうね」
「そうだな。リンダほどの実力者を使い潰せるだけの人材がいると言うことだ。これは下手をするとフォーサイトの衛兵やギルドだけではどうにもならないかもしれないぞ」
レインはリンダを捕らえ、衛兵に引き渡すまでの会話を思い出しシャーロットにそう告げる。
あの時、リンダはレインに対し絶対に勝てないと言いながらも、その表情から余裕を消すことはなかった。
『組織の全容は私も知りません。私が任されていたのはこの村の監視と、興奮剤の原料となる野草の販路の管理です。私が今回動いたのはこの村の秘密がばれそうになったからの口封じで、それ以上に出せる情報は何もないんですよ』
確かにリンダはそれ以上には何も知らなかったのかもしれない。だが他の構成員くらいは何人かは知っていたはずだ。レインに対してはそれをはぐらかしていたし、レインも深くを聞こうとはしなかったが、おそらくあのままでは衛兵たちは拷問をしてでも情報を聞き出したはずだ。
そんな未来がリンダも予測できたはずで、それでもあの余裕があった。それはすなわち助けが来るあてがあったと言うことだろう。
「だけどその助けは自分に差し向けられた口封じの刺客だった。口封じをする者がさらに口封じで殺される。その組織は人の命をなんとも思ってないみたいね」
「強大な組織はその分規律がなければすぐに内部から崩壊する。犯罪組織として相当な規模な可能性が高い組織である以上、少しでも情報の漏洩があるなら有能なものでも始末する。これは本格的にまずい組織に関わったかもしれないな」
やり口の徹底ぶりからすれば、興奮剤の販路を潰したレイン達にも下手をすれば何かしらの対応が取られる可能性がある。余計なトラブルに巻きこまれたくないレインからしてみれば、ごめん被りたい展開ではあるが、ここまできてはそれも難しいだろう。
「とにかく一度フォーサイトに戻ろう。こうなっては衛兵隊やハンターギルドも本腰を据えて動くだろうし、俺たちもそこに便乗すればいいさ」
「なかなか波乱に満ちた夏休みになりそうね」
「波乱で済めばいいがな」
踏み入れた事件の大きさにレインとシャーロットは揃って嘆息しつつ、未だ混乱している衛兵達が落ち着きを取り戻すのを二人でゆっくりと待つのだった。




