世界の一部ー2
「今度の彼女はまた面白いの連れてきたな、」
「あ!名取君!違いますよ!あたしは高村君の友達です!」
放課後、教室前で出待ちをしていたチュウ子に気付いたのは、先に教室を出ようとしていたレイだった。
明らかにこちらを目掛けて寄って来る姿はかなりわかりやすかったと思う。
「レイ、コイツ知ってんの、」
「同じ小学校だった。兄貴と揃って残飯バスターズって言われてた、大食い女子だな、」
「残飯…」
「やめてくださいよぉ!何か聞こえが悪いじゃないですか!」
「いやいや、給食で余ったヤツを学年中からかき集めて食ってたのは事実だし」
「だって勿体ないですし、先生とか給食室の人とか、皆喜んでましたし!」
「………立派なバキューム女じゃん」
「何ですかもう!せっかく親睦深めようと思って飛んできたんですよ!」
「知るか」
「ぐぅう!」
昔から大食いをしていたとは、さすがというか、兄貴と二人で集めた給食頬張る姿はさぞ面白い光景だったんだろう。
給食費が特別料金だったりはしなかったんだろうか。
見慣れてるクラスメイトの姿とセットで想像する給食の時間の画が、何ともシュールだ。
思わず口元がにやけてしまう。
面白過ぎるだろ。
「あ!今笑いましたね!?」
「目の錯覚じゃねーの、俺もともとこんな口元だし」
「いいえ!笑いました!酷いです!」
「あーもーハイハイ、レイも笑ってるからな、」
「…案外、お前らイイコンビになんじゃないか?漫才みたいで面白いぞ。地雷男を陥落させるのは大食い女だったか」
「レイ、それ笑えない」
「たまには珍味、」
「キャビアやウニならアリだけど、イナゴとか蜂の子は無理」
「虫!?」
「お前、虫だって」
「二人とも珍味とか虫とか、酷過ぎません!?」
レイは完全に笑い声をあげている。
遠巻きに見ている他のクラスメイトの視線を感じながら、歩きだした。
今日はウチからの最寄り駅前のスーパーに行く予定だ。
メイと買い出しの約束をしている。
週末に父親か仙と買いに行く事が多いが、特売日や足りなくなった時は頼まれる。
普段から毎日弁当を作って貰ってるし、何より部活もしてない暇人だから、むしろ俺の担当だった。
特に一家族何個の制限が付いてる時は重宝されている。
が、学校から一緒にスーパーまで行くのはメイ的にトップレベルで嫌な事らしく、いつも現地集合だった。
昼休みぶりの玄関までレイとチュウ子と歩いていると、知り合いだったという事もあるのか、レイは俺にくっついてくる女子とは殆んど話さないのに、チュウ子とは珍しくよく話していた。
「珍しいな、レイが女子と普通に話してんの、」
「んー?ああ、そう言えばそうかもな。何か、女子っぽくないからかも」
「名取君!どーゆーコトですかぁ!」
すかさずチュウ子が抗議する。
チュウ子が着ている膝丈の薄手の白いフーディがスカートごと揺れた。
眉毛を八の字にして、口元はへの字でむくれている。
イロモノ要素が大半を占めているものの、確かにチュウ子は色目使ってくねくねする様子も、品定めするような視線も、暗黙の女扱いを強要する空気もなく、ある意味清々しいような感覚すらある。
「変な気を遣わなくてイイってコト」
「あー確かに、気にならんかもな、」
「えっと、それって、バカにしてます?」
レイが笑いながら答えた。
「付き合いやすいってコトだよ」
柔らかい笑顔で、チュウ子の頭をぽんぽんと撫でて手を離している。
何か、ペットみたいだな。
「そういやアンタ、チャリ通?」
「いえ!電車です!」
「あっそ。俺、そっち行かないけど」
「ええ!?」
「千尋は近所だからな」
「ん、一回帰って着替える」
「スーパーで買い出しか?」
「ん、レイも来るか?」
「荷物持ち要員増やそうとしてるだろ、」
「あたしも行きたいです!」
「ええー…」
聞いてもないチュウ子の返事は、また目がキラキラしている。
面倒くさい。
こんな大所帯で行ったら、メイの眉間にシワを寄せる姿が容易に想像できる。
「いやお前、少しは遠慮しろよ、今日会ったばっかだぞ」
「でも!買い出しは人数多い方が楽に運べますよ!」
「お前戦力になんねーだろ、」
「こう見えて力はある方です!」
いや棒切れみたいな二の腕をあげて自信満々でガッツポーズされても。
「画的に苛めてるみたいに見えそうだから嫌だ」
「酷いです!」
「落ち着けって、根津もまた今度にしたらどうだ。同じ学校なんだから明日も明後日もあるだろ、」
「ううー!でもでも、もっとお話したいんですぅ!」
「駄々っ子か」
レイが呆れた顔でなだめているが、本人は諦めていない様子だった。
このままここにいても時間の無駄だが、諦めててくれない事には待ち合わせにも間に合わなくなる。
まだまだ余裕はあったが、こっちが折れないとストーキングでもされそうな勢いだった。
「悪いけど俺の買い物じゃねーし、本人がイイって言ったらな、」
連絡する素振りだけでテキトーに断ろうと携帯を取り出した。
「別にイイけど」
突然後ろから声がした。
驚いて振り向くと、メイが眉間にシワを寄せて立っていた。
「悪いけど、私の下駄箱そこなんだ。どいてくれる、」
言われてようやく下駄箱の一角を陣取っていたことに気付く。
メイが指差した先には、レイが立っていた。
「ん、おお、桐島?ごめん、」
「ありがと」
何事もないように靴を履き替えて、メイは玄関を出て行った。