世界の一部ー1
何者になるかを迷わずいられた事なんかない。
考えた事もなかった頃もあれば、悩んだ頃もあって、迷う理由を失った時もある。
今はただただ、世界の一部になる事を思っている。
そこに自分の感情は必要ないとしても。
もう、それでいい。
また呼び出しを受けた。
昨日の今日で、女子の思考回路はどうなってるんだ。
昨日、別れた女子をゴミ箱に投げたばっかだってのに、自分もそうなるとは思わないのだろうか。
最近、女子が不自然な生命体にしか見えなくなってきた。
今日にはもう話が広がっていて、同級生の男共にもひやかされた。
鬱陶しくなって帰ろうとしていた昼休みの待ち伏せ、もうイイかと下駄箱の端で聞く事にした。
「あの、あたし、二年三組の根津光里って言います!突然ごめんなさい!」
「うん。で、何か用?」
黄色いネズミのキャラクターみたいな名前だなと思いながら、改めて向き直る。
長い黒髪で、前髪を眉毛の辺りで切り揃えている髪型がメイに似ている印象を与える。
かなりの細身だけど、身長は目線の具合からメイと同じくらいだろうか。
元は一重なのか、目元をアイプチで二重にしているテープが見えている。
テープはともかく、広いまぶたが二重にしてもキレイに見せているように思った。
ただ、それ以外の化粧的なものをしている気配がなく、すっぴんそのままという感じだった。
「あ、あの、実はですね、あたし、高村君に興味がありまして!よろしければ、お友達になってください!!!!!」
「…………は…?」
頭を下げて、ぐんと勢いよく右手を出してくる。
普段の告白からすると、物凄い変化球投げられた気分だった。
「アンタ、それ告白のつもりなん?」
「えっあっ、いえいえ!あたしはそんなそんな、滅相もないです!告白と言えば告白なんでしょうけど、恋愛的な告白なら恥ずかしくても自信なくても、もっとハッキリ言いますよ!」
「んじゃ、純粋に友達志望って事?」
「ハイ!もちろんです!!!!!」
星形のアイキャッチでも入っているかのように目をキラキラさせて、直立不動で自信満々に見上げてくる。
サッサと切り上げようとしていた気持ちを吹き飛ばすには十分なインパクトだった。
出鼻挫いて油断させる方法かとも思ったが、それにしては純粋な空気をぶつけてくる。
これが演技なら、アカデミー賞だ。
「んじゃ、今からアンタはチュウ子な、」
「何ですかその萌えも愛情のカケラもないあだ名は!確かに黄色いネズミっぽい名前ですけど!」
「何か、名前が呼ぶ気になれない」
「酷いです!!!!!」
「名前を呼んで欲しかったら、親しくなれる方法考えな」
「ぐぅう!」
「まあ、昼飯前に来て、帰る気なくさせたのは面白いと思うから、屋上で一緒に飯食うか、」
「よくわかんないですけど、お昼はご一緒させて頂きます!ご飯取ってきますから、先行っててください!」
「ん、」
いちいち無駄に気合の入った話し方をする奴だなと思いながら、走っていく姿を見もせず屋上に向かって歩いていった。
とりあえずお昼の告白タイムは終了したし、付き合い始めたって勘違いする女子もいるだろうから、しばらくは告白タイムも減るだろう。
「アンタ、それ全部食うのか、」
「ハイ!」
満面の笑顔で答えるチュウ子の手元には、運動会で見た事があるようなデカい三段の重箱弁当が広がっていた。
「あたし、胃下垂で食べたもの吸収する前に全部出ちゃうんですよね!栄養不足で腕も脚も棒切れみたいでしょ!?お父さんとお兄ちゃんも一緒で、小さい頃は近所の人にネグレクト疑われて通報されてお母さん、大変だったらしいです!」
笑いながら一番上の蓋を開けると、既に半分くらい食べられた形跡がある。
「早弁してんじゃん、」
「ハイ!二限目の終わりで少しお腹鳴っちゃって!これじゃお昼まで持たないって思って、少し食べました!」
「すげぇな、アンタ」
フードファイターかよ。
ますます面白い奴がきた。
バキュームのごとく、順調に重箱の中身を飲み込んでいく。
父親と兄貴もって、エンゲル係数バカ高そうな家族だな。
半ば食欲がなくなってきたけど、ちゃんと食べておこうと思って、自分の弁当に箸を運んだ。
「高村君、そのお弁当美味しそうですね!」
ここにも盗食願望ある奴がいるのか。
「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ。やらねーけど」
「えーっその生姜焼きとか玉子焼きとか、一口くださいよぉ!」
「アンタ、自分の分あんだろ!」
「他人のお弁当はまた別腹です!」
「デザートみたいに言うなよ、言い回しの使い方間違ってっから!」
箸と共に迫ってくるチュウ子から全力で後ずさるが、壁際に追いやられる。
「そんなに逃げなくてもイイじゃないですかぁ!あたし、食べ物大好きなんですよぉ!他の人の美味しそうなもの見ると、もう食べたくて食べたくて我慢できないんですぅ!!!!!」
「知るか!」
これじゃ普通に弁当も食べられない。
自分の好物を何故会ったばっかの変な女にあげなきゃなんないんだ。
しかも生姜焼きってメインじゃねーか。
副菜もよりによって一番好きな玉子焼きに目がいってるとか、マジかよコイツ。
「イイじゃないですかぁ!あたしのおかずと交換してください!あたしのお母さん、洋食屋で料理人してるんで、味は保証します!」
「じゃあその保証された味食ってりゃいーだろ、」
「ダメでぇす!それくださぁい!!!!!」
目がイッてる。
鼻息の荒らさと笑顔が怖い。
屋上の風に煽られた黒髪が井戸から出てくるヒトに見えてきた。
「……………っ、一口だけだぞ、」
根負けした。
チュウ子は本当に一口分の量だけ取って食べると、全身で美味しさを表現していた。
過剰なくらい。
片足で回り出すんじゃないかってくらい。
そして俺も、唐揚げ一個とコールスローサラダを一口貰った。
唐揚げが食べた事のある味がする。
どこでだっけ。
「めっっっっっっちゃくちゃ美味しいですね!生姜焼きもですけど、玉子焼き!これ、高いお店で出てくる味ですよ!」
「うん、だから二度と食べようとするなよ。次は殴るぞ」
「えーっまた食べたいです!お母さんにお願いしてください!」
「嫌」
「ぐぅう!!!!!」
ウザいくらいの笑顔で楽しそうによく話す。
面白い。
予想外にイイ物件が飛び込んできた感じがする。
ピ●チュウとサ●コさん。。