違和感ー2
五限が終わって早々、千尋はまた呼び出されていた。
一昨日彼女と別れたばかりだっていうのに、特別連絡網でもあるのか疑いたくなる。
まあ、彼女がいようといまいと関係なく時間割のように呼び出されているような気もするが、こうも頻繁だと定時にも帰れず千尋も大変だと思う。
今時間がないとか理由つけて断ってもいいと思うが、わりと律儀に受けたり彼女がいる間は彼女だけだったり、中途半端に真面目だった。
彼女がいる間のサイクルは速いが。
次の彼女の順番待ち予約がある説まで。
こいつに告るような女子は要らないが、その頻度だけは分けて貰いたいくらいだ。
掃除当番もゴミすてで終わり、早く帰りたいクラスメイトがじゃんけんを提案してきたので役を買って出たら、嬉しそうに見送ってくれた。
戻ってくる頃には千尋も帰ってくるだろう。
燃える燃えないでまとめたゴミ袋を片方ずつ持って廊下を歩いていると、図書館から桐島が出てきた。
「おう、桐島」
「名取くん。ーー掃除当番?」
「うん、千尋待ちの時間潰しにゴミすて」
ゴミ袋を持ち上げて、笑った。
「時間潰しって。じゃあ特別に手伝ってあげる」
桐島は笑顔で燃えないゴミの軽い袋に手を伸ばしてきた。いやいや、と慌てて手を引き、
「今日買い物ねぇの?忙しいんだろ、大丈夫だって、」
「今日は何もないからいいよ、」
と燃えないゴミの袋を奪われた。
かがんだ瞬間、彼女の長いストレートの黒髪が前に流れて、色白の細い指先が耳元で髪をかきあげた。
下を向いていた目線が上がり、見上げた桐島のまぶたは奥に入って、大きな目元が再びあらわれた。
白人みたいな目元が印象的で、たまに意味もなく心臓が跳ねる。
「行こ」
体育館脇のゴミすて場に繋がる通路を抜けると、裏手に入る。
その奥がゴミすて場になっており、回収所の前で、引いた体勢の千尋とどっかの女子がすがるように立っていた。
「うわ、」
「どうしようか、」
会話はまだあまり聞こえないが、空気が修羅場ですと挨拶しているように見えた。
女子が千尋の袖を掴んで離さず、今にも抱きつきそうな勢いだ。
「桐島、オレだけ気付かなかったふりして行ってくるよ、」
「最後まで手伝えなくてごめんね、」
桐島から燃えないゴミを受け取り、携帯を取り出しゴミ袋を片手で持てば、必殺!歩きスマホで周りに気付かない人の完成だ。
「多分、一昨日別れた子じゃないかな?」
「知ってるんだ、」
「たまたま。昨日取り巻き連れて絡まれたし」
「そりゃ修羅場だな」
「千尋は恋愛クズで刺激じゃなくて劇薬だって忠告したんだけどな、メンヘラなのかな…、」
「言うねぇ」
「昨日、タイムセール狙ってダッシュしたのに、時間食わされて不愉快だったの」
「出陣前はな、」
「うん、じゃあよろしくね」
「ん、ありがと」
桐島は胸元で右手を振りながら、来た道を戻って行った。
その後ろ姿を見ながらほぼまっすぐで癖のない脚に、あいつ脚の形きれいだな、とぼんやり思った。
「さて、」
ついでにメールチェックもしながら右手のスマホを見て、ゴミすて場に向かった。
神経は千尋たちに向けながら。
体育館の裏手は日陰になっていて涼しい。
それでも青空からの日射しがふとした瞬間、刺すような熱を放っていた。
風がそれをさえぎるように肌をなでていく。
緊張で少し上がった体温には心地よかった。
メールは登録したサイトのお知らせばかりで、こういう時に限って、誰からの連絡もない。
「やっぱり桐島さんのことが好きになっちゃったんでしょ!そうなんでしょ!?だから別れるって!」
「そういうのどうでもいいんだけど」
「ほらすぐ庇う、」
「どこが。お前頭おかしんじゃねぇの、」
「ホントにあの人の事好きじゃないって言うなら、別れなくていいじゃない!」
「何でそうなるんだ、この間、やっぱり好きになりそうにないって言ったじゃん」
「そんな事あるわけない!別れない!」
「無理」
「じゃあやっぱり桐島さんのこと好きなんじゃない!」
「あーもう!何回この下り繰り返せばいんだよ!」
うっわ、マジ修羅場じゃん。
千尋もあからさまに鬱陶しそうにしていて、もう3、4メートルくらいに近づいた俺に気付かない。
つかまれてる左腕を振り払おうと必死だ。
助け船出してやるか?
というか、ゴミすて場の回収所の前で揉めているので、出さざるを得ない。
スルー出来たら一番なんだけどなぁ。。
「あー…、その、悪いんだけど、これ、入れていい?」
ばつの悪そうな顔を作って、ゴミ袋をお腹あたりまで上げる。
千尋が眉間にシワを寄せたままこちらを向き、一瞬目を見開いて、いつもの顔に戻った。
一方の女子は顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいる。
色白で顔はかなり可愛いが、濃い化粧とか緩みすぎた髪型とか腕時計の剥げた革とか、いろいろと残念な感じの女子だ。
千尋が一歩下がってくれた。
「おー悪いな、」
回収所の扉は二枚が左右に開くようになっていて、中央に仕切りが入っている。
左が燃える、右が燃えないゴミを入れるように貼り紙もついていた。
閉じ込められていた暑さとゴミ特有のツンとする生臭いにおいが同時に鼻の奥に届いて、わかってはいるものの、やっぱり自然と眉間にシワが寄るんだ。
奥に向かって片方ずつ投げ入れると、突然背中に衝撃を受けてそのまま重なった燃えないゴミの袋に両手を着いた。
もう少しで顔面から突っ込む所だった。
「あっぶねぇー」
反射的に後ろを振り返ると、女子が腕を引く所で、千尋も口を開けて驚いている。
「信じらんない!」
「……は?」
「こんだけ込み入った話してんのに、空気読めなさすぎじゃない!?サイッテー!!」
「はああああ!?」
身勝手過ぎだろ!
完全に八つ当たりじゃないか!
信じらんねぇのはこっちだっての、このク●メンヘラ女!!
千尋お前、女の趣味悪過ぎだぞ!!
来るものは選べ!拒めよ!
反論しようとした瞬間。
女子が燃えるゴミの中に放り投げられた。
「……ん?」
思わず起き上がって、燃えるゴミの方をのぞいた。
狙ってかは知らんが、カップ麺の食べ残しがはみ出た袋のあたりに顔から突っ伏している。
すぐに上半身だけゴミから離れたが、顔から白シャツの制服まで、食べ残しはべっとりついていた。
「お前さ、ホント顔だけで中身はそこと一緒だな。
単純にプライド傷つくから嫌なだけだろ?
フラれるの。
自分は悪くないって責任押し付けられる都合のいい相手見つけようとしてるだけだろ?挙げ句人に八つ当たりするとか、本気でそんな自己チュー理論通るとか思ってんの?
頭くそワリィな」
女子は自分の身に起こったことに理解が追いついていないようで、顔を汚したまま口をはくはくさせて言葉が出て来ない。
や、オレもついてくの結構大変だけど。
千尋の目が氷点下だ。
「退屈なことすんじゃねぇよ」
同時にシャツの袖を引っ張られて、帰ろ、といつもの調子に戻った声をかけられた。
相変わらず、キツい男だ。
容赦がない。
切りたい所で切るには中途半端過ぎて、思いのほか、長くなってしまいました…(^_^;)
次で「違和感」は終わりたいです。。