第二話 私、バーチャルキャラクターになります!!2
前回のあらすじ
バーチャルキャラクターに憧れる水島 歌恋は、「ファニー・レイヤー」という一人のバーチャルキャラクターに憧れを抱いていた。そこで一念発起し、蓮華団というバーチャルキャラクター団体の新人採用に応募することになのだが…
【第二話「私、バーチャルキャラクターになります!!2」】
明くる3月10日、昨夜送られてきたURLのリンク先にある、応募要項を歌恋は祖父・猛にチェックしてもらっていた。
提出に必要な応募要項には基本的は履歴書プロフィールに加えて、バーチャルキャラクターに対する情熱や、憧れのバーチャルキャラクターなどを記載する必要があった。しかし、そんな応募要項でさえ、歌恋にとっては夢へのチケットのように思えた。
「…まあ、歌恋ちゃんのやる気は十分に伝わる内容じゃな。」
「ほんとに?」
「しかし、誤字・脱字が多すぎる。下線部に引いた箇所は書き直しておきなさい。」
「はい!」
その昼、添削されたデータを送信し、病院の担当医に退院の相談をした。
医者的には、不安視する部分があるような口ぶりであったが、歌恋の情熱に後押しされ、今週一週間の経過次第での退院を条件に許可が下りることになった。
その後の一週間、彼女は気が気ではなかった。落ちてしまったらどうしよう…など考えてしまうと、普段見ているファニー・レイヤーの動画も二割増しで見てしまう。
さらには、インターネットで〔一次審査 書類落ち〕〔自分に自信を持つための10の法則〕〔元気が出にくい時の、偉人たちの名言〕なんかをひたすらに検索していた。その成果もあって、日常生活では滅多に使うことはないであろう、名言や格言集が彼女の脳にインプットされていった。
そして、一週間が過ぎた。本当に文字通り、何一つ手がつかない一週間だった。
連日の不摂生からか、朝の11時、祖父・猛の退院準備を兼ねた訪問で目が覚めた。
「歌恋ちゃん、起きなさい。」
「うーん…あ、あと5分。」
「…準備会からの通知が来ておるぞ?」
歌恋は、バッと目が覚めた。掛ふとんを自ら取って、スマホを開こうとした…が、不安からくる震えで、まったく画面が開かない。
歌恋自身は何度も、何度もスマホ画面を上にスワイプしていても、こんな時に限って開こうとしない。
「どど…えっと…。」
やっとの思いで、ロック画面が開き、メッセージ確認を開始…できずにいた。半分パニックの彼女は、そばにいた祖父にスマホを預け、こう頼んだ。
「おじいちゃん…。か、代わりに見てくれないかな?」
「やだ。」
祖父は即答だった。
「な、なんでなの!? ただ、見てくれるだけでいいじゃん!!」
「自分の命運くらい、自分で見極めろ。お前さんがやりたいことなら、なおさらな。」
祖父はそう言い残し、病室を去った。
その言葉に、なんとなく彼女は察しがついてしまった。
その後すぐに、メールは開封したが、結果は…書類選考落ちだった。選考の時に送ったメールアドレスは、祖父と共有のものを使っている。
祖父はおそらく、先に確認していたんだと、彼女は思った。
その後、退院準備を意気消沈した歌恋の代わりに、ほとんどを猛に任せ、
暗い面持ちで、歌恋と猛は病院を後にすることとなった。
病院から一般道を車で15分…そこに祖父の家がある。完全に意気消沈した歌恋を連れて、猛は自宅に戻っていた。
帰路の道中、彼女からは時折深いため息が漏れるだけだった。
「ねぇ…どこがだめだったのかな。」
彼女が自身を失った小さな声で、祖父に尋ねた。
「…やっぱ…空白期間かな…私、何もしてないもんなぁ…」
猛が堅い口を開いた。
「そんなんじゃない。今回の書類落ちの原因は、お前さんのリサーチ不足だ。」
「…え?」
「わしが送ったURLのリンク…あれは今最前線を走るバーチャルキャラクターの精鋭組織、【蓮華団】のものだったことは理解しているな?」
「う、うん…。」
「あの団体が欲しがっている人材は、夢や希望にひたむきになるお前さんみたいな人材ではなく。ある程度の実績をしっかりと積んだ現実的な発想が可能な人間だ。確かに、その点を踏まえると、お前さんの空白期間の話は避けては通れないだろう。しかし、その事実を回避して、乱立しているほかの場所への希望もできたはずだ。」
「…それは。」
「おそらくだが、お前さんの大好きなファニー・レイヤーが良く動画で絡んでいる相手が【蓮華団のバーチャルキャラクター】でだった。それが、お前さんが蓮華団を志望することを迷わなかった理由じゃないのか?」
歌恋は口をつぐんだ。
事実、あの時、彼女がURLのリンク先を見た瞬間、即断した理由はその通りだったからだ。
バーチャルキャラクターの界隈にはいくつかの団体がある。
その中でも《蓮華団》というバーチャルキャラクターの団体は組織的にも安定していて、なおかつ憧れのファニー・レイヤーがその団体とよく絡んでいることは、彼女自身当然理解はしていた。ヨコシマな思いがなかったのかと問われてしまえば、当然ウソになる。
祖父の言葉は、正論であり、歌恋はもう何も言い返せなかった。そうして、しばらくうつむいていると、山に沿うように建てられた祖父宅に到着した。
普通ならば、親元に帰るはずの歌恋が退院後は、祖父の家に帰ることが以前より決まっていたことには理由があった。
歌恋自身、過去を語るのであれば、彼女は両親を全く覚えていなかった。しかし、なぜだろうか祖父のことはしっかりと覚えていた。彼女が意識を失う原因となった事故後、彼女の身を預かったのは父方の祖父だった。
この家に関しても、歌恋自身のぼんやりとした断片的な記憶に加えて、一度仮退院で帰宅していたこともあり、対した抵抗感は歌恋にはないことかった。そのことから、祖父の猛が歌恋の退院後は、彼女を引き取ることにしたのだ。
猛の自宅は昔ながらの作りとはいえ、きちんと清掃の行き届いている自宅の一室。
そこに、猛は歌恋の部屋を設けることにしていた。。
傷心した歌恋は次々と荷物を運んで、そのままベッドに横たると、10分もたたないうちにそのまま寝てしまった。
猛もその様子には気づいており、何も言わず彼も彼自身の書斎で休むことにした。
彼女が眠りに落ちて、何時間経ったであろうか…彼女が目覚めると、外は日はすっかりと落ちてしまっていた。
とりあえず、歌恋は体を起こした。気分のせいか、体は入院しているときの何倍も重く感じる。肺の中の空気が全く新鮮でないような胸のつまりが、彼女に絡みついていた。
「…最悪だ。」
彼女はゆっくりと部屋を見渡した。
ふと、部屋に用意されていた小さな机の上に、ビニール袋が置いてある。来た時には確かになかったものだ。
中を見ると、そこにはこの家から車で10分はかかるであろう距離にあるコンビニで買ったコンビニスイーツが置いてあった。
「…おじいちゃん…。」
祖父の小さな心遣いに、歌恋はすこし救われた気がした。
置いてあったコンビニスイーツを食べ、再びベッドに横になる。
歌恋は、この光景を以前にも目にしたことがある。
直近であると…約一週間前…。
「こんな時に限って…いっぱい思いだすんだな…」
失敗という経験さえ曖昧な彼女にとって、現状を脳がだんだんと理解していくこの体験も…ほとんど初めてのように感じた。
「…なれなかったな。有名…バーチャルキャラクター…。」
そう思った矢先、涙があふれ出そうになる。そんな気持ちを抑えるために、泣かないように、必死に枕で顔を押さえる。それは彼女が感情に対する、せめてもの抵抗だった。
一時間ほど経ったであろうか、すこし目の周りを赤くした歌恋は冷静になり始めていた。
冷静になったところで、スマホに手を伸ばして、検索サイトで「バーチャルキャラクター
募集」などを検索し始めていた。
検索した情報は、できるだけスマホのメモにまとめていつでも見れるようにし、
メモの内容は、昼間祖父から聞いた「企業のバーチャルキャラクターの人材の情報」や
「その企業に属しているバーチャルキャラクターの概略」をまとめることにした。
しかし、探せど、探せど…採用情報には「経験者優遇」の文字が見え隠れしていることは否めなかった。
それでも、彼女は諦められなかった。絶対に諦めたくなかったのだ。
30分…1時間と…時を忘れて調べ続けた。
ここで諦めてしまっては、本当にファニー・レイヤーにもらったものを一つとして返せなくなる。そんな思いで、様々なサイトをアクセスし、SNSで情報を集めて回った。
「努力が結果に比例しないなら…絶対に近づけさせてみせる…!」
どんな些細な情報さえ見逃さない、その気迫が先ほどまでの彼女を奮い立たせていた。
そんな彼女の目に、ひとつのある広告が飛び込んできた。
それは、
「新人大量発掘!! 第三回大型バーチャルキャラクター、オーディション!!」
といったものだった。
歌恋はまた、すぐに飛びつきそうな気持ちをぐっと押さえて、情報をスマホのメモ帳にコピペした。
そして、このオーディションの主催者の情報や、過去にどんなバーチャルキャラクターが採用されているのかなどをくまなくチェックした。
そして、彼女はとある記事を見つけることになる。
それは、現在《蓮華団》のトップを走るバーチャルキャラクターも、この大会から発掘されたという記事であった。
記事にはこう書いてあった。
『○○社が第一回大型バーチャルキャラクターオーディションを開催し、そこで観客【リスナー】はある一人のバーチャルキャラクターの存在に目が釘付けとなった。
そのキャラクターネームは…《白銀狼》。』
その名前には、歌恋も覚えがあった。
「白銀狼さんってたしか、あのスラっとして白髪のかっこいい男性キャラクターだよね…。
よく、ファニー・レイヤーが動画で一緒に共演【コラボ】している…。」
ちらちらと当時の画像が表示され、その後記事はこのように続く。
『白銀狼は、最終予選のバーチャルレースにて、ただうまいだけではない《完璧な魅せるテクニックを披露》した。このオーディションの協賛は、数多くの新人バーチャルキャラクターを発掘したい企業から成っている。その協賛金を出している企業のなかに、現在彼が所属している蓮華団が存在した。そのレースゲーム一つで、白銀狼の才能を見出した蓮華団は、彼を団体へとスカウトした。』
と。
「たくさんの企業の協賛…ってことは、チャンスもたくさんあるってことなのかな。」
歌恋は確認のため、もう一度、新人オーディションのリンク先にアクセスした。
ずー…と、下に下にスクロールすると、そこにはたくさんの企業が協賛の名を連ねていた。
「参加協賛計20社…。すごいや、参加人数もすごそうだけど…。いつまでが締め切りなんだろう…。」
彼女は次は、サイトを上に上にスクロールした。その先に、大きく決め切り日の文字が書いてあった。
「なになに…締め日は…3月17日…。なるほど…。」
歌恋はとっさにスマホの画面を付けなおし、ロック画面にて日付を確認する。
「今日だね…。」
「…今日じゃん!!?」
それはそれは、見事なまでの一人ノリ・ツッコミであった。現在の時刻は慎重なエゴサ―チによる時間経過により、午後23時38分。どこかで見た光景だな…なんてデジャヴを語っている暇は彼女にはなかった。落選した蓮華団宛の書類を再編集し、もうろくに確認もせず完成させ登録ボタン一歩前まで来た。
この時の時刻は23時57分。ボタンを押そうとした、その時…一瞬、歌恋の脳裏には先の「書類落ち」の文章が過る。それは無理もない。彼女はあのショックからまだ一日もたっていないのだから。
けれど…それでも彼女の決心は揺るがなかった。
「…また、ダメかもしれない。でも…それでも…今よりはいい!!」
彼女は力強く、スマホに表示してある「登録決定」のボタンを押した。この時、時刻は23時59分。
(…や、やってしまった。)
心の中ではそうつぶやく歌恋だったが、確実に前に進んでいるような気がしていた。
感じていた胸のつまりは消え、新たな事への高鳴りへと変わっていた。
「結果に…近づけるんだ!」
先ほどまでの泣き顔の腫れぼったい目ではなく、強く目を見開いて、歌恋はスマホをぎゅっと握りしめた。
明くる日、祖父にこの件を伝えると…
『やっぱりか』
みたいな目をされたことは言うまでもない。
「もう! 次はやるよ、私! ぜーったいに、バーチャルキャラクターになるんだぁあ!!」
「そうか…でもな…お前さん…。」
祖父は何か言いたげこちらを見ていた。
「ハンドルネーム…本名で登録してるが…大丈夫だったか?」
「…え?」
「…………運営に連絡しとけ。」
「は、はい…。」
こうして、歌恋の新しい挑戦が始まった。
=========================================
この物語はフィクションです。
実際の人物・団体とは一切関係ありません。