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キスキスキス

 スタジオを出る頃には、すっかり日も暮れ昼間とは違う賑わいを見せる街中。

 真琴さんに教えてもらった美容室へ寄り、髪の毛を切った僕はバスターミナルへと足を運ぶ。


 次のバスの時刻まで30分。


 街外れにあるそのバスターミナルのバス停留所には、バスの姿も人の姿も見当たらない。

 誰も居ないその場所で夜風に当たるように、僕は背もたれの無いベンチに座る。

 座りながらボーッと前だけ見据え、バスを待っていると頬に冷たい感触が当たった。


「うわっ」


 驚いて後ろを振り向くと、缶ジュースを2つ持った日野渡さんが居た。

 いつも思うけど、この人は神出鬼没だ。


「お疲れ玲汰、髪の毛切ったんだ? 格好良くなったね」


 日野渡さんはジュースを僕へと差し出しながら、僕の髪の毛を褒める。


「う、うん、ありがと」


 僕がジュースを受け取ると、そのままベンチの隣に腰掛ける日野渡さん。

 いつもなら、色々とちょっかいをかけて来るのに無言のまま。


 こんな事言うと我儘だと思われるかもしれないが……


 何で受かったかどうか聞いてくれないんだろう? と僕は思っていた。


「ねっ、ねぇ」

「んー? なに?」

「受かったかどうか聞かないの?」


 ベンチに並んで座る僕と日野都さん。

 僕がそう問うと、日野都さんはベンチを跨ぐようにして座り僕の方を向く。


「聞いて欲しい?」

「そ、そりゃ聞いてほしい…… かな」

「わかった。 じゃ聞かせて?」


 それから僕は、オーディションの事を余す事無く全部話した。

 もちろん、僕がジャージで行かなかった事で救われた事。

 バンドのルールやメンバーの事なんかも。


「ふーん」


 素っ気ない返事が返ってきた。


 日野渡さんの事だから、てっきり喜んでくれると思ってたのに。

 僕は真っ直ぐ前を見据え、真横から僕を見る日野渡さんの顔を見れずにいた。


 今どんな顔してるんだろうか?


 凄く気になるが、頭の中の日野渡さんはいつも通りの無表情のままだ。


「てっ、てっきり喜んでくれると思ってたよ、ははっ」


 僕がその薄いリアクションに対して愚痴を言うと、日野渡さんの気配が近づいた気がした。


「玲汰」

「…………っ」


 日野渡さんに呼ばれ横を向いた僕の眼前には、日野渡さんのあの特徴的な目があった。

 不意を突かれ硬直する僕の唇に、日野渡さんの唇が軽く触れる。


「なっ、何して……」


 日野渡さんの唇が触れた瞬間、パッと僕の金縛りが解け、反射的に後退る。

 咄嗟の事で気が動転し、思わず右手で自分の唇を拭う僕。


「何してるはこっちの台詞だけど。 そんなに汚い?」


 眉間に少しシワを寄せ、不満げな表情を浮かべる日野渡さん。


「いやっ、そういう事じゃなくて。 いや、あのごめん」


 今までの人生で最大の動悸に襲われた僕は、訳も分からず謝罪を述べる。


「謝って済んだら神様は要らないよね?」

「ゴメン、ナサイ……」

「許してほしい?」

「そりゃ、許してほしいけど……」


 日野渡さんは立ち上がり、正面を向いて座っていた僕の足を跨ぐように馬乗りになる。


 これは…… あのいわゆる…… 対面座位という奴だろうか……


 僕の眼前、間近に居る日野渡さんから発せられる香水? シャンプー?

 その心地良い女子の香りに、僕の脳が溶けそうになり思考が働かない。


「あの…… 何して? ちょっ…… 人目もあるし……」


 僕がそう言うと日野渡さんはその態勢のまま、辺りを見回す。


「残念だけど人目…… 無いね」

「別に残念では無いけど…… 何するの?」


 何となく予想は出来ていたが、念の為に。


「キス」


 その言葉と同時に、日野渡さんにキスをされ僕は抗う事が出来なかった。


「…………っ」


 傍から見ると数秒だが、それは僕の体感時間では【SPEED】の5分45秒よりも長い。


「…… んっ」


 日野渡さんの舌が、僕の口へと侵入し思わず避けようとする。

 が、その瞬間、僕の頭を抱きしめるように両手で押さえつける日野渡さん。


「…………っ」

「…… ふぅ。 いいよ。 許したげる」


 僕と日野渡さんが離れると、お互いの口元を結ぶように少しだけ輝く糸が見える。

 日野渡さんは僕が初めてみる屈託の無い笑顔で、僕の謝罪を受け入れてくれた。


「あ…… あの……」

「ん? なに?」

「いや、あの。 僕初めてだったんだけど……」


 緊張と興奮で頭がパニクる僕は、普通女の子が言いそうな台詞を口走る。


「ふーん。 それって私は初めてじゃないって言いたいの? 酷いね」

「えっ? だって」


 それ以上言葉が続かない。 どういう事だ? 日野渡さんも初めてなのか?


「それより玲汰。 やっちゃったね?」

「やっちゃった? って何を?」


 日野渡さんは、僕に馬乗りになり両手を首に回したまま僕をジッと睨む。


「【ネメシス】のルールその3は?」

「そりゃ、ファンに手を出さない…… って!」


 僕がその言葉を言うと、ニヤッと笑う日野渡さん。


 まさか…… 罠か? 罠だとしたら…… 完璧にやってしまったかも……


「あーぁ、せっかくバンド入れたのに、もうクビかぁ」

「いや、今のはだって。 ってか日野渡さんはファンじゃないでしょ?」

「そうだね。 たしかに【ネメシス】のファンではないかな」

「だったら…… だったらっていうのもおかしいかもだけど」


 意地悪そうな顔で笑う日野渡さんに、必死に弁解しようとする僕だが。

 何か…… 何を言っても言いくるめられそうな気がした。


「でも私は、玲汰のファンだからさ。 ファンには変わりないよね?」

「いや、ファンって。 僕とは付き合わないって……」

「本当のファンっていうのは、付き合ったりはしないんだよ?」


 そういうものなのか? と思いつつも、何故かその言葉にぐうの音も出ない。


「まっ、玲汰がどうしても黙ってて欲しいなら今回だけは見逃してあげるけど」

「お…… お願いします……」

「今回だけだよ?」


 僕の首に両手を回した状態で、日野都さんは念を押すように僕へ告げる。

 その言葉に僕が、ゆっくりと「はい」と答えると、


「じゃ、いただきまーす」


 日野渡さんの顔が徐々に近づき、先程より長く濃い口撃を僕にお見舞いしてきた。

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