ネメシス
午後3時半。 キャリーカートを引きながら西高近くの練習スタジオに到着した僕。
キャリーカートには、ファイヤーバードのハードケースが載せられている。
僕は再び、あのバンドメンバー募集に書かれた番号へ電話をかける。
チャンチャラーーン…… チャチャラチャーン……
通話待機音はやはり【ハイネス】の曲だった。
「はーーい。 だれーー?」
「あっ、今日オーディション受ける予定の松本玲汰ですけど……」
「おーー、じゃB-4のスタジオに入ってきてーー」
僕が「はい」と答える前に電話は切れてしまった。
緊張と不安で少しドキドキする僕。
指定された部屋の扉を開けると、既に3人のメンバーが居た。
金髪ロン毛の人の少し目つきの鋭い眉毛の無い人。
黒髪のロングでサイドが編み込みされた、二重だが細目でクールな印象の人。
少し伸びた6:4分けで左右を黒金で染めた髪に少しヒゲの生えた人。
「あの、よろしくおねがいします」
扉を開け、深々と頭を下げる僕を見た3人。
「何点ーー?」
金髪の人が他のメンバーに問う。
「70点だな」
黒金のヒゲの人が答える。
「うーん、71点」
編み込みの人には、何故か1点加点された。
「じゃとりあえず、見た目はギリギリクリアかっ」
僕の見た目に点数をつける3人。
「あの僕、西高の……」
とりあえず最初は自己紹介からと思った僕の言葉を遮るように金髪の人が言う。
「そういうの良いからーー! 落ちたら聞いた意味無いしーー」
「す、すみません」
「いやーー、こないだジャージで受けに来た奴居てさーー。 君がそういうのじゃなくて良かったよーー」
その言葉に背筋が凍るような気がした。
「んじゃさっそくだけどーー、合わせてみよっか?」
金髪ロン毛の人がギターボーカル、編み込みがベース、黒金ヒゲがドラムにつく。
僕はハードケースからファイヤーバードを取り出し、アンプへと繋ぐ。
「へーー、ファイヤーバードなんだ? 渋いねーー」
その言葉に愛想笑いで、軽く会釈をする僕。
「んじゃーーやるかーー」
ドラムのカウントが始まり、【SPEED】が始まる。
当たり前だが、中学の時に組んでいたバンドとはまるでレベルが違う。
僕は必死にそれに付いて行くようにファイヤーバードを奏でた。
演奏が終わる。 手応えはあった。
弾き終わり、チラッとメンバーの方へ視線を送る僕。
「名前はーー?」
「あっ、松本玲汰ですけど……」
名前を告げた僕に、3人は顔を合わせ少し頷く。
「んじゃ玲汰って呼ぶわーー! 俺は隼人、西高の2年」
金髪ロン毛のリードボーカルは隼人というらしい。
「じゃ俺は玲ちゃんって呼ぼうかなぁ、良い? あっ、俺も2年で、名前は真琴ね」
黒髪ロン毛の編み込みのベースは真琴。
「あえて俺は松本と呼ぼう。 俺だけ3年の和晃だ。 和くんと呼べ」
黒金で少しヒゲの生えた人は和晃。
みんな先輩だった……。
「あの、それじゃ合格って事で?」
「おーー、もちろん! リード・ギターやってた人、去年卒業しちゃってなぁ」
「玲ちゃんは俺らのライブ見に来た事ある?」
【ネメシス】のライブは見に行った事は無いが音源だけは聴いた事がある。
その事を告げる僕。
「無いのかよーー。 俺ら一応ワンマンとか出来ちゃうレベルだけど大丈夫か?」
「まぁまぁ。 ちなみにファンの子は女の子ばっかなんだけど」
バンドに入るにあたっての注意事項がいくつかあり説明してくれた。
ルールその1、毎月2本以上、ライブをする事
ルールその2、オリジナルの曲を月に1曲以上、作曲する事
ルールその3、ファンに手を出さない事
「まーー、3に関しては…… 玲汰も男だろ?」
「えっ? はっ、はい」
「だからうるさくは言わないわーー。 ただし手出すなら俺らにも絶対にバレないようにやれ」
「はは、 そんな事言ったら玲ちゃんが本気にしちゃうでしょ? まぁ本当ファン、っていうか女の子には気をつけてね」
その言葉に無言で頷く僕。 でも本気にしちゃうというのはどっちの意味だろうか?
それを見た和晃先輩は、これまた無言で僕の背中をバシーンと叩く。
「よろしくな、松本」
「はい!!」
「んじゃーー、後日また練習日とライブ日程伝えるからーー。 かいさーーん」
隼人の言葉で片付けが始まり、僕は挨拶をした後、一足先にスタジオを後にした。