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来訪

 日曜のメンバーオーディションまで残り5日。


 僕は学校からすぐ帰宅すると、部屋でファイヤーバードを弾きまくった。

 もしメンバーが無理でも、軽音には入らず自分でバンドを結成しようとまで思っていた。


 日曜の朝。 オーディション当日。


 僕は学校がある日と同じ、午前7時半には目が覚めていた。

 今日は運命の日。 高校3年間がどうなるか決まる日。


 あの日以来、今日までの5日間は日野渡さんからの妨害は無かった。

 学校でたまに見かける事はあったが、僕は逃げるように避けていた。

 もちろん、連絡先も知らないし、知っていても連絡はしないだろうけど。

 布団の中でまどろみながら、あれこれと想像していた。


「あら、いらっしゃい。 まだ玲汰寝てるのよ」

「いえ、こんな朝早くにすみません」


 ウトウトしている僕の耳に、1階から何か良からぬ会話が聞こえてくる。


「じゃ起こしてきてもらえる? ごめんね日野渡さん」


 お母さんのその声を聞いた瞬間、眠気が一気に覚め、飛び起きた。

 トントンと階段を上がる音が、入口まで近づく。

 僕は布団の中で上体を起こし、部屋の入口を凝視する。

 コンタクトレンズを入れていない僕の視界はぼやーっとしていた。


「あれ? 起きてたんだ」


 僕は眉間にシワを寄せ、そのシルエットを凝視する。

 無言のまま目を凝らす僕の近くまで、そのシルエットが距離を詰める。


 どんどんと近づくシルエット。


 それは僕の眼前で止まり、残念ながら日野渡さんだというのが、はっきり認識出来た。


「な、何してんの?」


 未だ掛け布団から出られず、上体を起こすだけの僕。

 掛け布団の上から僕の足に馬乗りになり、僕の顔30センチまで顔を近づける日野渡さん。


「おはよ玲汰」

「近いよ、起きるからどいてもらえるかな?」


 勢いで告白めいた事をしてしまった事を、僕は悔いていた。

 それが原因かはわからないが、素っ気ない態度を取る僕。


「どいてほしい? キスしてくれたら良いよ」


 その言葉に一瞬動揺しそうになった僕だが、主導権を握られたら終わりだ。


「はいはい、わかったから」


 馬乗りになる日野渡さんを退かし、僕は布団から出る。

 その場に日野渡さんを残し、階段を駆け下り真っ直ぐに洗面台へ向かう僕。


「おはよう玲汰。 今日はデート?」


 ニヤっとした顔で僕に話しかけるお母さんに、「うん」と適当に返事をする。

 顔を洗いコンタクトレンズをつけた僕は、再び部屋へと戻った。


「それで、何の用? 今日オーディションあるんだけど」

「知ってるよ! だから来たの」

「出来れば今日は邪魔しないで欲しいんだけど」


 僕は正直に言って女子に免疫が全く無い。

 その為、変に意識すると好きになる可能性が非常に高い気がする。


 思えば、中学時代に好意を抱いていたまいちゃんも、何かあった訳でも無く単純に話しかけてくれていたから。

 要するに僕は、僕に好意を抱いてくれてる人が好きなのかもしれない。

 なので、僕にしつこく絡んでくる日野渡さんの事は出来るだけ意識しないように決めていた。


「冷たいな。 私が玲汰の邪魔した事あった?」

「あったよ。 覚えてないの?」

「酷いなー。 あれは全部、玲汰の為だよ?」


 全く悪びれる様子の無い日野渡さん。

 オーディション予定時刻は夕方だが、僕はいそいそと着替えだす。

 家に日野渡さんと居ても…… と思った僕は時間までどこかで時間を潰そうと考えていた。


「ちょっと玲汰」

「何?」

「そこの姿見の前に立ってみて」


 僕の部屋は、最近兄ちゃんが出ていって一人部屋になった。

 とはいえ、完全に片付けが終わっていないので兄ちゃんの服や姿見なんかも置かれていた。


「なんで?」

「良いから良いから。 ほらっ」


 ベットに陣取っていた日野渡さんは立ち上がり、着替え終わった僕を姿見の前へと誘導する。

 姿見には僕と、その左肩からひょこっと覗く日野渡さんが映っていた。


「どう? 自分の姿見て」

「どうって言われても、いつも通りだけど」


 そう言う僕に、日野渡さんは携帯を取り出し1枚の画像を僕の前に差し出す。

 その画像は、あのメンバー募集の要項が書かれたポスターだ。


「これ何て書いてるか読める?」

「読める…… けど……」


【バンドメンバー募集! 外見とギターに自信のある奴だけ! 他は連絡してくんな】


「じゃもう一回、姿見を見てみよっか」


 姿見に映る姿。


 小豆色の芋ジャージに、少しダボついたジーパンの僕。


 隣には花柄のワンピースに淡いピンクのテーラードジャケットを羽織った日野渡さんが映る。


「ねっ? わかった?」

「何が? わかんないよ」


 その言葉に日野渡さんは、深い溜め息をつき「重症だ」と聞こえるように言う。


「怒らないでね?」

「何が? 別に怒らないけど」

「玲汰。 その格好はちょっと無しかな。 外見に自信ある奴がそれだとマズいよ」

「………… そうなの?」


 怒りはしないけど、少しグサッときた僕。

 日野渡さんは兄ちゃんが置いていった荷物をゴソゴソと漁っている。


「玲汰。 この逸太の服は勝手に着ちゃっても良いんだよね?」

「えっ? 兄ちゃんの事知ってるの?」

「うぅん。 知らない」


 知らないのに何で名前知ってるんだよ。 というかそもそも僕の名前だって……


「こんなもんかな。 じゃ玲汰、これに着替えて」


 そう言われ日野渡さんがチョイスした服を渡された僕はそれに袖を通す。


 トップスは謎なプリントがされた白のシャツに黒のジャケット。

 ボトムスは細身のダメージジーンズ。


 僕にはさっきの格好との違いが良く分からない。


「これでいいの?」

「良くはないけどさっきよりはマシかな」


 姿見の前に立つ僕を、後ろから覗き込むように見る日野渡さん。


「後は髪型か。 切っても良いけど……」


 一人でブツブツ言う日野渡さんの言葉を聞いて少し恐怖を覚えた。


「髪の毛は良いよ」

「そう? じゃ帰りにでも美容室行ってきなよ」

「うん」


 さすがに、素人に髪の毛を切られるのだけは避けたかった僕。


「よし! じゃ頑張ってこい」


 日野渡さんに背中を平手でバンっと力強く叩かれ、僕は思わずむせてしまう。


「ゲホッ…… 痛いよ」


 むせる僕を横目に、部屋から出ようとする日野渡さん。


「あれ? 帰るの? ついてこないの?」

「何で? ついてきてほしいの?」

「そういう訳じゃないけど……」


 家にまで押しかけてきたのに、ついてこないのは意外だった。


「まっ、私はいつも玲汰の傍に居るから、頑張ってきて」


 可愛くなければ若干怖い発言をする日野渡さん。

 いや、可愛いけど…… その発言は普通に怖い気がした。

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