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ギター

 ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。

 1階のリビングルームから僕と兄ちゃんの2人部屋まで届く焼き魚と味噌汁の匂い。


「玲汰ーー? そろそろ起きないと遅刻するよーー」


 お母さんの声がする。


「…… はーーい」


 ゆっくりと身体を起こした僕は、あれが夢だった事に気がつく。


 ベット脇にあるハンガーラックから、黒の学ランを手に取りそれに袖を通す。

 着替え終わり、ゆっくりと階段を降りリビングへと向かう僕。


「何してるの? 早くしないと遅刻するでしょ? お母さん、もう仕事行くから」

「うん。 わかった。 兄ちゃんは?」

「逸太はもう高校行ったよ! 玲汰も早くしないと遅刻するんだから急いで」


 焼き立ての鮭と味噌汁でご飯を掻き込み、急いで中学へと向かう。


 今日から新学期。 中学3年になったばかりの僕の家から学校までは3キロの山道が続く。

 50メートルに1軒民家があるかどうかの田舎道を自転車に乗り通学していく。


「おはよー玲汰! 今日もピアノ?」

「おはよ!まいちゃん。 今日は野球部だよ! ピアノは明日なんだ」

「そっかそっか! 頑張るねー玲汰も。 あっおはよーかなちん」


 中学の敷地内の自転車置場。 いつも8時12分にまいちゃんも自転車で通学してくる。

 それを見計らったように僕はいつも通学していた。


 まいちゃんは、同じクラスの女の子。 愛嬌のある顔の少しぽっちゃりとした子だけど明るい性格で皆と別け隔てなく接するその子に、少しだけ好意を抱いていた。


 教室に着くと、いつもの仲間とゲームや漫画の話をする僕。

 周り、いわゆるモテグループの人達は部活や服、流行りの音楽の話題で盛り上がっている。

 1学年で50人程度しか居ない、過疎地の中学でもしっかりとスクールカーストは存在していた。


 何気ない日常、3年生がレギュラーの9人ギリギリしか居ないような野球部でも僕は後輩に抜かれ補欠だ。

 野球部の練習が終わり、辺りが少し薄暗くなってきた5時。

 僕は、部室で学校の指定ジャージに着替え自転車置場へと向かう。


 そこには、まいちゃんと野球部のエースで4番でキャプテンの中尾君が居た。

 何故か少し気まずく、そして同時に胸がギュッと締め付けられるような気持ちになり、そこへ近づけないでいた僕は、そっとその光景を眺める。


 キス…… していた。


 その光景を目にした僕は居ても立っても居られなくなり、自転車ではなく徒歩で逃げるように帰路に着く。


「おい玲汰、今帰りか? 自転車どうしたのよ?」


 自宅まで1キロを切った山道。 バスの終点があるその場所に兄ちゃんの姿が見える。


「おかえり。 兄ちゃんも今帰りなんだ?」

「あぁ。 今年3年だから進路の事で何か色々あってな」


 兄ちゃんと帰るのはいつ振りだろうか?

 兄ちゃんは僕と違い外見も良く、運動も勉強も出来る事でよく比べられる。

 そのせいで、同じ部屋で生活してるとはいえ、いつの間にか殆ど口を聞く事が無くなってしまった。


「ねぇ? 兄ちゃんってさ。 彼女居るの?」

「あぁ? いきなりなんだよ」

「いや。 居るのかなって思ってさ」


 まいちゃんと中尾君の光景を目にしたからだろうか? 何故兄弟にこんな事を聞いてしまったか自分でも分からないが、気付いたら言葉が口から溢れ出ていた。


「居るよ! 前連れてきた事あったろ?」

「うん。 まだ続いてたんだ。 ねぇ? どうやったら彼女って出来るの?」


 僕の突然の問いに兄ちゃんは足を止め、少し驚いた表情で僕を見つめている。


「お前もそういうのに興味あるんだな。 まぁ男だから当たり前か! まずお前は見た目がダメだな。 スポーツ刈りに眼鏡。 背が低いのに太ってるし。 モテる要素が一つも無い」


 普通の年頃の男子であれば、グサリと胸に突き刺さるような言葉だろうが、僕はいつも兄ちゃんと比べられているからか不思議と平気だった。


 言ってみれば外見も中身も全く真逆の兄ちゃんだからこそ、本音を言ってくれてるんだろうと、逆にありがたくも思っている。


「でも、そんなお前でも一つだけモテる可能性が残されてるぞ!」

「…… なにそれ?」


 僕は自分の容姿については自覚していた。

 正直、結婚するまでは絶対に童貞だと思うし、キスすらも出来ないと思ってる。

 下手したら結婚なんて出来ないかも。


 それを打破出来る可能性が一つでもあるなら……


「高校だとな、バンドやってる奴がモテるんだよ! 俺もちょっとやってたけどアレは凄いぞ! まぁ俺は飽き性だからもう辞めちゃったけどな」

「知ってるよ。 すぐ辞めちゃったもんね」


 兄ちゃんがバンドを少しだけやっていた時期、同じ部屋の僕の耳にもその下手なギターサウンドは届いていた。

 それと同時に、練習していた超メジャービジュアル系バンド【ハイネス】の曲【SPEED】も耳に入り、凄く気に入ってダビングしてもらったのを覚えている。


「そういや玲汰、あの【SPEED】だけ、一日中聴いてたよなぁ。 しかも1ヶ月間も。 よくもまぁ飽きずに同じ曲だけ聴いてられるなぁって関心してたわ」

「うん。 あの曲のベースが凄くかっこいいなって思ってさ」

「まぁあの曲は、初心者には難しいから無理だろうけどな」

「それも知ってる」


 兄ちゃんが挫折して、友達に「他の曲にしようぜ」って言ってたのを今でも鮮明に覚えてる。


「そこでだ! 玲汰こないだ誕生日だったろ? 婆ちゃんに小遣い貰ってたの見たけどもう使ったのか?」

「使ってないよ。 あれは来月発売するゲーム買おうと思って取ってあるんだ」

「ゲームなんてやってたってモテないぞ! ってな訳で俺のギター売ってやるよ! 1万で」


 久しぶりに兄ちゃんと話したと思ったら、いきなりギターを売りつけてきたのに驚いた。

 きっと僕がその場に居たのを忘れているんだろうが、そのギターは兄ちゃんが友達から5千円で買っていたのをはっきりと、この目で見ていた。


「おっ、もう家か! メシ食ったら部屋で一回弾いてみろよ! なっ」

「あら? 珍しいね2人で帰ってくるなんて。 自転車は? 玲汰」

「ん、置いてきた」


 自宅前に居たお母さんに声を掛けられたが、自転車を置いてきた理由だけは話したくなかった僕は、足早に部屋へと戻った。


 部屋で着替え、お風呂と夕食を済ませた僕は再び部屋へと戻る。

 すると、そこには兄ちゃんが待ち構えるようにギターとアンプを持って立っていた。


「弾いてみろよ! なっ」

「いいよ別に」


 5千円の物を1万円で売りつけようとしているから、というのもあった。

 でも一番の理由は僕がベースが気に入ったって言ってるのに、ギターを売りつけようとしているという点に凄い引っ掛かりを感じてしまったから。


 その事を兄ちゃんに告げてみる。


「何だよ! お前ギターなんてベースより2本弦増えただけの楽器だぞ? どっちも変わらないだろ? なっ! 弾いてみろよ」

「…… じゃ、ちょっとだけね」


 何て理屈だ! とは思ったが、こうなると兄ちゃんは一歩も引かないのは誰よりも承知している僕は、言われるがままそのギターを手にする。


 もちろん触った事も弾いた事も無い僕は、初めてギターを膝の上に置いて少し驚いた。


 思っていた以上に重たい。


 いきなり曲を弾ける訳も無く、ただ単純に開放弦でジャラーンと鳴らす。

 アンプを通して聞こえるその音は、僕のハートを突き動かすのに充分な程の威力があった。


 少し歪んだ音は、昨夜夢で見た光景を思い起こさせる。


「…… 兄ちゃん」


 そう呟いた後、僕はベット脇の引き出しからお婆ちゃんに貰ったポチ袋を取り出す。

 そして4つ折りにされた1万円をそこから取り出し無言でそれを兄ちゃんへと差し出す。


「へへっ! まいどありぃ」

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