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ルールその2


 ライブから数日が経つと、僕の西高での立ち位置がガラリと変わったのを感じた。

 それまで【ネメシス】のメンバーではなく、普通の松本玲汰として過ごしてきた高校生活。


 今では、同じ学年だけど話した事が無い人にまで話しかけられるようになっていた。

 その状況にも慣れ、落ち着きを取り戻した僕だが、少しだけ壁にぶち当たる事に。

 バンド練習やギターに関しては問題無く出来ており、むしろ調子は良かったと思う。


 ただ、【ネメシス】のルールその2が僕に重く伸し掛かる。

 オリジナルの曲を月に1曲以上、作曲する事が全く出来ずにいたからだ。


 自宅と高校の往復の日々、僕はすぐに直帰しギターを弾く日々を送っていた。

 そんな中、僕がぶち当たっていた壁を破るキッカケになった出来事が起きる。


 それは金曜日の夜。 週末は珍しく2日とも予定の無い休日前の夜。


 僕がいつも通り部屋でベットに座りギターを弾いてると携帯の着信が鳴る。

 通知を見ると、知らない番号から。 僕はその瞬間、頭の中に日野渡さんの顔が浮かんだ。

 僕は、急いでファイヤーバードを布団の上に置き携帯を取ると、


「もしもし? 玲汰くん?」


 それは意外な人物。 聞き覚えのある声。


「えっ? 美咲ちゃん?」

「うん、いきなりごめんね? 祐也に番号聞いちゃったっ。 今、良いかな?」

「別に良いけど。 どしたの?」


 美咲ちゃんとは、あの楽屋での会話から一言も話していなかった。

 学校で会う美咲ちゃんは、楽屋での美咲ちゃんとは違う、いつもの大人しい雰囲気。

 廊下ですれ違う事があっても、あまり目を合わせられないでいた。

 正直な話、ライブ後の数日間は日野渡さんの事より美咲ちゃんの方が気になっていた。


「特に用事があるって訳じゃないんだけどさ? 何してたかなって思って」

「そなんだ? 今はギター弾いてたよ」

「本当に? もしかして練習の邪魔だったかな?」

「そんな事無いよ。 実はさ、今ちょっと壁にぶち当たっちゃっててさ」


 恐らく面と向かって今、美咲ちゃんと話せと言われたら口籠るだろう。

 でも、顔の見えない電話越しだと不思議と平気で話せる自分に驚いた。


「壁って? 何か悩みでもあるの?」

「うん…… それがね……」


 作曲が出来ないという悩みはメンバーにも言えずにいた僕。

 こんな話を聞いてくれるだけでも救われた気がしていた僕だが、美咲ちゃんは【リダ】のメンバーの話や、他のバンドの話なんかをしてくれた。


 僕と美咲ちゃんは、それから色んな話をした。

 学校の事やバンドの事。 途中、電池切れになりかけた携帯を充電しながら話していると、気付いたら先程まで真っ暗だった空は白みがかっていた。


 そんなに長い時間、話していたのに、あの楽屋での出来事はお互いに一言も話さない。


 ただ、週末に2人で遊ぼうとだけ約束した。


 電話を切ると僕は気絶するようにそのままベットへと倒れ込む。

 枕に顔を埋めたと同時に寝入った僕は、久しぶりにあの夢を見た。



「東京ドーーーーーム」


「ワァァァァァァァァァァァァァ」


 僕の叫んだ言葉を起点に、悲鳴に近い歓声が場内に響き渡る。


 暗闇の中、僕と日野渡さんを照らすスポットライト。 辺り一面を埋め尽くす緑色のペンライトが左右に揺れ、それは風に吹かれた草原のように波打つ。


 僕の手に握られたギター、ファイヤーバードから放たれる歪んだ爆音と同時に、ステージから場内を一望出来る程のまばゆい光が解き放たれた。

 草原を揺らす正体がオレンジの光で照らし出され、改めて僕はそれが人だと認識する。


「オン・ギター レイタぁぁ」


 露出の多い黒の衣装を身に纏った日野渡さんが、透き通るような声で僕を紹介する。


 僕のファイヤーバードから始まる、そのナンバーのイントロが場内に響き渡ると、観客の歓声が絶叫へと変わる。


 客席、アリーナの中心へと続く花道。


 名前をコールされた僕は、そこへ導かれるようにギターを握ったまま走り出す。

 AメロからBメロ、サビへと進むにつれ、場内の熱気が高まるのを肌で感じる。


 ピンと張られた2弦の15フレット。

 僕の左手の薬指が、そこをゆっくりと持ち上げる。


 キュイィーーーーーーーーン……… ィィン……


「ワァァァァァァァ」


 やまびこのように木霊するその音に、またも悲鳴に近い歓声が聞こえる。

 その歓声、ギターの音色に酔いしれ僕はギターを高く掲げ目を瞑る。



 僕はハッと目が覚めた。


 うつ伏せの状態で顔だけずらし時計に視線を向けると、11時を少し過ぎた頃。

 目を瞑ってからおよそ6時間が経過していた。


 うつ伏せのままハァーッと溜息をつき、夢で見た曲を頭の中でリピートする。

 気付くと右手には携帯、左手にはファイヤーバードのネックを握ったまま。

 無意識の内に携帯とギターを握ったまま眠ってしまったらしい。


 僕は携帯を枕元に置き、ゆっくりと身体を起こすと、そのままギターを膝に乗せる。

 夢で見た、いや夢で聴いたあの曲を思い出しながら僕はそれを譜面に起こしていく。


 曲が完成する頃には、窓の外は既に日も落ち薄暗くなっていた。

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