表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じゃじゃ馬編集長の廃刊回避策  作者: イライザ・ノースウェスト
第1章 建国100周年記念誌をつくりましょう
3/4

3

 翌日、太陽がもっとも照りつける昼にマーヤとセリカは『木漏れ日亭』へ向かった。入口すぐ横に佇む給仕係に名前を告げると、昼食を楽しむ客でにぎわう食堂ではなく、二階へと案内される。立ち並ぶ個室の一つに入り、椅子に腰を下ろすとまもなくワイングラスに注がれた水が運ばれてきた。


「何度来ても馴れないわね」

 マーヤがポツリと呟く。学院時代、二人は毎日のように階下の食堂に通っていた。だが、会議室のある二階に入ったのは、学院を卒業してからだ。そもそも要予約でコース料理しか提供しない二階は、今の二人でもそう気軽に利用できる価格帯ではなかった。

 セリカも軽く相槌を打ち、ひと口だけ水を口にする。


 沈黙の中、時計の音だけがやけに響いている。しばらくして、軽いノック音がした。二人は目配せをして立ち上がった。ドアが開くと同時に、軽く頭を下げる。

「やぁ、久しぶり……やめてよ、そんなにかしこまらないで」

 金髪をきっちり撫でつけ、スーツ姿の旧友が、そういっていつもの笑みを浮かべた。

 

 差し出された名刺(カード)には「財務省 財務統括部 フェルナンド・ルイス」と記されていた。

「さすが、大公家のエリート様だわ」

 わざと揶揄うように言ったマーヤに、フェルナンドは苦笑してみせる。

 フォルトゥナ王国の政府には、政務省、法務省、財務省、軍務省、外交省、文化省、労働省の7つの省があり、それぞれ貴族からなる統括部と、下級貴族と平民による管理部の2つの部がある。建国5大公家の一角でもあるルイス家は、代々法務省長官を輩出している家柄だ。

 本来フェルナンドは男爵のセリカ、ましてや平民のマーヤが気安く接する立場にはない。しかし学院時代になぜか気の合ったフェルナンドとマーヤは、今でも半年に一度くらいは共に酒を酌み交わす仲であった。ただし、《仕事用》の名刺をもらったのは、今回が初めてだ。


「さて、それで僕に何の用かな? トロキリデ編集長のマーヤ・フロレスタ殿」

「単刀直入に聞くけど『建国100周年記念事業コンペ』、あれ、あなたの担当じゃない?」

 フェルナンドは大げさに目を丸くした。

「どうして?」

「あなた、アレク……プレンタ印刷所にチラシの持ち出し許可を与えたでしょう? 普通、いくら問題ないチラシでも、出入りの業者にチラシを渡したりしないと思うのよね。でも、あなただったらわかるわ。アレクがチラシを渡す先が私だって気づくでしょうし」

「……なるほどね」

 フェルナンドは悪戯が成功した子どものような表情になった。

「それで私たち、情報がほしいのよ。フェルナンド」

「とりあえず、食べながら話を聞かせてよ」


「へぇ……それは大変だね」

 マーヤの話を聞きながら、フェルナンドはやわらかく笑った。

「プレンタの子がチラシを見ながらなんか言いたげだったから、一枚あげてみたんだけど。まさか応募側に回るとは思わなかったな。それで、いったい何をコンペで提案するの?」

「今考えているのは、王国のガイドブックよ」

 鴨肉のローストを切り分けながらマーヤは答える。

「自分で言うのもなんだけど、『トロキリデ』は実用的な観光ガイドブックの先駆けだと思うの。いつも出しているようなお店の情報だけでなく、王国の歴史とか、各地域の特色、辻馬車のつかまえかたとか、年間行事とか……。そういう基礎知識があれば、初めて王国に来る人も助かるでしょう? 外務官は事前に予習しているだろうけど、その補佐官や従者あたりは知識不足な人もいるでしょうし」

「まぁね……でも、君たちの雑誌は子女向けだろう? 補佐官はともかく、外務官はオジサンばかりだよ」

「外務官はオジサンでも、そのオジサンには奥様と娘さんがいるでしょう? 女性に喜ばれるお土産情報なんかは、私たちの得意分野よ」

 フェルナンドは少し考え込んだ。

「……それなら、欲しがる外務官の心当たりはあるな」

「でしょう?」

 マーヤは得意げに笑ってみせた。こちらを見るフェルナンドの瞳の奥に、ゆらりと火が灯りはじめたのがわかる。ここで彼を味方に引き込めるかどうかが、勝負どころだ。

「あのね、『建国100周年記念事業コンペ』って、100周年を恙なくお祝いするだけじゃダメだと思うのよね。100周年はただのきっかけで、今後もっと王国に観光客が来たり、交易が盛んになったり、そうやって発展させていくことこそがこのコンペの意義だと思うの」

 フェルナンドは虚を突かれたかのように目を見開き、固まった。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐさま挑戦的な笑みを浮かべ、こう切り返した。

「マーヤ、本番の提案発表では、ソレス君に話の構成を任せたほうがいい。君はいつも話が飛躍しすぎる。――で、君はまず、このガイドブックを出すことで何をしようと思ってるんだい?」


 マーヤの話を興味深そうに聞いていたフェルナンドは、聞き終えた後に笑って頷いた。

「いつもながら、君のアイディアは突飛で……でも、おもしろい」

 失礼、と言いながら、フェルナンドは懐から名刺を取り出し、どこかに連絡を入れた。ついでにテーブルをちらりと見て、先ほどマーヤとセリカに渡した名刺を回収し、別の名刺と差し替えた。

「……さて、これであと1時間は大丈夫。もう少し話を詰めようか」

 マーヤは差し替えられた名刺を一瞥すると、両腕で身体を抱きしめ、大袈裟に嘆いてみせた。

「ひどいわフェル、私のことを試していたのね!」

「あのねぇ……本来なら、業者からの嘆願は面会時間30分って決まってるの。それを旧友のよしみでランチと兼ねた1時間とって、そこからさらに1時間延ばしてあげたんだから、破格の待遇だよ?」

「あら、そうだったの」

 ため息をついたフェルナンドを見てマーヤはケロリとした表情になり、食後のコーヒーに口をつけた。旧友の興味を引くことはできた。ここからいかに情報を引き出すかが、今日の本題だった。

「フェルナンド、話せる範囲でいいんだけれど、予算について聞きたいの。つまり、受賞は1つで、その見積もりにあった予算が支給される仕組みなのか、それとも予算内であれば受賞は複数可能なのか」

 自分たちの提案内容は、派手でない代わりに予算もさほどかからない。予算前提のコンペであれば勝算はあるだろう。マーヤはそう考えていた。

「まぁ、僕が絡んでる時点で予想はしてたかもだけれど、どちらかというと予算前提かな」

 しばらく考えた後で、フェルナンドは答えた。

「金額は伝えられないけれど、100周年事業全体の予算があって、そのなかから今回のコンペの予算も出ている。だからコンペも財務部が管理していて、受賞した内容に応じて各部に予算を配分する。たとえばイベントだと、受賞団体への予算のほかに、文化部に広報予算、軍務部に警備予算が配分される、みたいな。その予算配分以上のことをやりたければ各部の予算でお願いするつもりだし、もし、コンペで受賞しなくても各部の予算でどうしてもやりたいことがあれば、それは関知しないよ」

「その予算額を知りたいのだけれど」

「それは守秘義務だな……まぁでも、すでに応募がある団体から2団体受賞させたらギリギリじゃないかな」

 片目を瞑って答えた旧友に、マーヤは笑って頷き返す。

「じゃあ、なるべく予算をかけないか、他のところから予算が引っ張れるように考えるわ……ちなみに、コンペの審査員の皆さまは、他の貴族から広告を取ることについてはどうお考えになるのかしら」

「――こりゃあ、敵わないな」

 パンパンと手を叩きながらフェルナンドが笑った。あーぁ、と、目尻を拭うしぐさをした後、静かに紅茶を飲んでいるセリカに向かって、真顔をつくる。

「ソレス君、ちょっと本当に打ち合わせが必要だ。僕個人としてはとても面白いアイディアだと思うけど、マーヤに任せてたらお偉方の地雷を踏みぬきそうで怖い」

「えぇ」

 心得たようにセリカは、ずっと何かを書きつけていたノートの1ページを破り取ると、ペンとともにフェルナンドに手渡した。

「私としては、構成はこのような形で進めるのがいいかと」

「そうだね。……いや、前半はインパクトを出すためにこうして、あと、予算についてはこう……」

「……なるほど。そうすると、見積もりはあえて2種類用意しましょうか」

「それができるなら、わかりやすいね。あと、このあたりがお偉方にはわかりづらいと思う」


 先ほどまでの一見フランクな、その実互いの手の内を読みあうような会話は鳴りを潜め、二人は真剣に打ち合わせをしている。その様子に安堵しながらマーヤは、先ほどフェルナンドが差し替えた名刺を手に取った。

 先ほどまでの名刺は「フェルナンドに会った」ことだけを証明する氏名入りのカードに過ぎなかったが、こちらはフェルナンドに連絡が取れる魔道具だ。もちろん旧友として、フェルナンドと連絡を取る手段はある。だがこの名刺は、公の立場として、『トロキリデ』編集部が財務部のフェルナンドに認められた証でもあった。



 別れ際、セリカと握手を交わしたフェルナンドは、マーヤに問いかけた。

「ねぇマーヤ、君、本当にさぁ、なんで宮仕えしなかったんだい? お堅い職場だからこそ、君みたいな柔軟な考えができる人がほしいのに」

「私が入るとしたら管理部でしょう? ――口答えばかりですぐクビになるのが見えてるわ」

 フェルナンドは小さく笑い、マーヤの頬に軽く触れた。反射的に文句を言いそうになったマーヤだったが、眉を下げ少し困ったような旧友の表情を見て、唇を尖らせただけに留めた。

「僕もソレス君も秀才と言われているけれど、君のような天才には及ばないんだと……ときどき身に染みて思うよ」

 そう言うと、マーヤが口を開く前にいつもの食えない笑顔に戻り、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。

「まぁ、君の天才性は、僕やソレス君あってのものだしね。ソレス君と喧嘩別れすることがあったら僕のところへおいで。お互い独り身だったら、僕の伴侶にしてあげようじゃないか」

「……大公夫人は、じゃじゃ馬には務まらないわ」

 もう何度めにもなるお決まりの軽口に、マーヤはいつも通りの台詞を返した。

「違いない! ――ではね、『トロキリデ』編集長殿」

 軽く手を振って去っていくフェルナンドを見ながらマーヤは、旧友が口にしなかった雲の上(財務部)の苦労にそっと思いを馳せた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ