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Sous Le Ciel  作者:
序章
1/3

Prologue


 世界を創ったのが

 創世の女神ルデルミーユであるならば


 世界を救ったのが

 救世の女神エリシアールである



 *



 あらん限りの力を振り絞って地面を蹴る。

 朝から何も入れてない体から悲鳴が上がるが、ここで足を止めればその悲鳴すら出せなくなるんだと自分を奮い立たせる。

 後ろから届く男達の怒声は、まだこちらを諦めていない証拠だ。


「ガキ!止まりやがれ!」

「道開けろ!殺されてぇのか!」


 雑然とした通りを、小柄な体格に物を言わせて駆け抜ける。すれ違いざまに横目で見た人々の顔には、はた迷惑そうな表情が浮かぶだけだ。

 捕まれば殺されそうな勢いで(事実そうなるだろう)子供が大人に追いかけ回されていようと、わざわざ救いの手を差し伸べるお人好しなんてここにはいない。

 もしいたとしたら、そんな奴は次の日には野犬の餌だ。


 この世界では自分の身は自分で守るしかない。


 これが俺の住む日常。

 でも少しだけ、様子の違った日常。



 物心ついた時にはひとりだった。

 父親は悪事に手を染めた役人だとか、母親は薬に溺れた売春婦だとか。

 こんなクソみたいな世界に俺を生み落とした責任を取ることもなく、既に土の下だとか。


 女神エリシアールの教えのもと、世界を牽引する帝都エルヴァンシエル。

 そこから南に馬車で三日、国土の七割が砂漠に埋もれた古代都市群の遺産の山で、東西どちらの大海にも面していることから一大貿易拠点として発展したシエル=ザヴァール。


 世界中から集まる名品珍品と創世時代の発掘品に群がる資産家連中の落とす金で私腹を肥やす一握りの商売人と、そのおこぼれのおこぼれを奪い合ってその日一日を生き延びることが精一杯なその他大勢の肉体労働者たち。観光地として整備された中央区を一歩外れたら、そこは無法者たちの天国だ。

 荒廃した土壁と尽きることのない砂に囲まれた色褪せた茶色い世界が俺の人生の全てで、昨日手を組んで遺跡の探掘に出かけた片棒が、翌日には冷たくなってその辺の道端に打ち捨てられているのが珍しくない経験だ。


 こんな世に生き長らえたいと思うだけの未練もなかったが、死という未知の恐怖を積極的に受け入れるだけの度胸もなかった。


 何より、死んだ自分の肉体が同じように誰の目にも止まることなく野生動物に食い荒らされる光景を想像するのはもっと嫌だった――ずっとひとりで生きてきて、最期の時までひとりだなんて。


 茶色に塗りつぶされた思考のなか、ただひとつ場違いに青く輝く宝石が、俺の孤独を嘲笑うかのように煌めいた。



「そっちはいたか?」

「見当たらねぇ、クソっ!どこ行きやがった」

「あいつが持ってる宝石の出所さえ吐かせれば一生遊んで暮らせるんだ。何としてでも捕まえるぞ」


 追っ手の一瞬の隙を突いて逃げ込んだ先の路地裏で跳ねる鼓動を宥めつつ息を潜めていると、乱雑な足音と共に聞こえてきたのは苛立ちを顕にした男達の声だった。会話の聞き取りやすさから、自分の居場所からそう距離が離れていないことを察して緊張から生唾を飲み込む。

 発育の悪いこの身体は雑踏に紛れ込みやすいとはいえ、所詮多勢に無勢。追い詰められていることに変わりはない。


(やっぱりこの町を出るしかないか)


 無意識に右手が腰に括り付けた袋に伸びて中に詰め込まれたものの存在を確かめる。

 指先に伝わる硬い感触は、荒んだ心を勇気づけてくれるようで、そんなことを思う自分に自嘲した。


("お前"が元凶のクセにな)


 傷が疼いたとき、人恋しさに耐えられなくなったとき、理由は様々だが泣きながら眠りについた翌朝。腫れぼったい瞼を無理やり開き、涙で霞んだ視界に飛び込んできたのは、朝日を浴びてキラキラと輝く青、碧、蒼――いままで見たことのない程の美しい光の洪水だった。どんな原理かは分からない。だがそれは、俺が泣いた後にいつも必ず現れた。


 青空を閉じ込めたような輝石。

 まるで女神様からの奇跡の贈り物のように。


 しかしそれが傷を癒やしてくれる訳でも、孤独を慰めてくれる訳でも、もちろん空腹を満たしてくれる訳でもなかった。使い道のないものを無駄に抱え込んでいても動きに支障が出る。"人魚の涙は真珠になる"。そんなおとぎ話のような不思議な石を手放すことは憚られたが、せめて生活の足しになればと時間と場所を変え少しずつ少しずつ古物商に流した。

 貧民街の子供の持ち物に値がつくことはそうあることではなく、そもそも門前払いされることがしょっちゅうだったが、この宝石の美しさは腐っても貿易で栄える国で商売をする人間を唸らすだけの価値はあったらしい。品を見せれば掌を返して交渉を持ち掛けかれ(それでもしっかり買い叩いてきたが)値をつけられ、一粒が数ヶ月分の生活費に化けたときは乾いた笑いすらでそうになった。

 女神様届け先間違えてんぞと同情の眼差しを添えて。



 宝石が現れるようになってから三年。

 その間にも、抑えきれない感情が涙として発露する度に宛先違いの奇跡は増え続け、今では片手で掴みきれないほどの量になった。


 この土地は、人間関係は希薄なくせして常に誰もが虎視眈々と他人の足を掬う機会を狙っている。少しでも羽振りの良さを見せようものならすぐさま疑惑の的にされることは目に見えている。そのために、石の取り扱いにも普段の生活にも、今までとは別の方向で何重にも注意を払って暮らしていた。いつか貯まった石を元手に町を出ようと胸に秘めて。


 直近で利用した古物商が、「不相応な宝石を持ち込んだガキがいる」との情報を、ここ一帯で幅を利かせるならず者集団に売るまでは。


 今にして思えば、あの薄らハゲの脂肪の塊はいたく宝石をお気に召していたようだから、あわよくば入手先を吐かせて宝石を独占しようとでも欲をかいたのだろう。商売人の風上にもおけない下種野郎だが、命に関わる重要な取引相手を見誤った自分の浅慮が何より腹立たしい。

 その結果が今朝からの追いかけっこである。


 ――本当に女神様はとんだ贈り物をしてくださった!


 ここで一旦は落ち着いた呼吸がまた早まりそうになったのでどうにか気持ちを切り替える。そう、今はとにかくこの状況を切り抜けるのが最優先だ。


 あいつらが欲しがっているのは宝石の出処だ。

 素直に真実を述べたところで『涙が宝石になりました』など信じるような純粋な少年の心の持ち主などいるはずがない(実際俺ですらまだまともに受け入れられない)し、かと言ってありもしない入手方法をでっち上げてもわずかな時間稼ぎにしかならない。どちらにせよ不興を買って頭と体が永遠のお別れを告げるだろう。

 実際に宝石が出来る過程を見せれば命だけは助かるかもしれないが、そうすれば死ぬまで金を生む家畜として一生を縛り付けられるのは想像に難くない。結局は捕まったら最後、待っているのは不幸な死だけだ。何としてでも逃げ切るしか道はない。


 いつの間にか男達の声は聞こえなくなっていた。別の場所を探しに行ったのだろう。これを好機と自分も身を移そうと腰を浮かせた―――その時だった。


「やぁ。探したよ」


 気配もなく背後から掛けられた穏やかな声に、血の気が引いて振り向くと、視線の先に立っていたのは宝石と同じ色の瞳をした男だった。



 完全に不意をつかれた。

 自分の心臓の鼓動がうるさくて、男が口を動かしているようだが何も頭に入ってこない。


「宵闇の髪、翡翠の瞳、小麦の肌、小柄で痩せ気味……うんうん。報告書通りだ」


 逃げなければ。

 逃げられるのだろうか、こんな、気配もなくこの距離まで近付ける男から。


「さっそくで悪いんだけど、僕についてきてくれるよね?この場所に未練があるって言うなら、そうだなぁ、ちょっと考えるけど」


 この男の隙はどこだ。

 足元まで覆うローブ、鍔の広い三角帽子、肩に纏ったマント、身に纏う全てが光を飲み込むかのような漆黒で、冗談で木の杖でも持たせてやりたくなるくらい時代錯誤な格好だ。有り体に言えばそう、寝物語に語られる女神を誑かす悪い魔法使い。


「この世界はとても生きづらかっただろう?君のせいじゃない、話せば長くなるんだが、全ては厄介な女神様が……って!」


 考えるより先に足が動いた。男が思案のために意識を逸した瞬間に右足が男とは逆方向へ踏み出した。くぐり抜けてきた過去の経験が無意識にでも足を動かしたのだろう。

 後ろを確認すると追いかけては来ていないようだ。あんな奇特な姿では走ることもままならないのだろう――もしかして箒に乗って空を飛ぶからいいのか?なんて、宝石の出現以来なかなかに毒されてきている頭で考えた。


(あいつも追手の仲間だったのかな)


 少なくともこの辺りでは見たことのない種類の人間だった。

 僅かな隙間から見えた素肌は砂漠の陽射しに焼かれていない真っ白なもので、趣味はともかくひと目で上等な生地で仕立てられたのが分かる衣装。そしてまずお目にかかることのない、エルヴァンシエル王家に連なる者のみに現れるという蒼穹の瞳。

 登場の仕方にこそ驚いたものの、ただ語りかけるだけで、こちらに危害を加えるような素振りはなかった。動揺のままに逃げ出さず少しは話に耳を傾ければ良かったのかもしれない。もう遅いだろうけど。


 急激に視界がぶれた。


「ぁ、ぐッ……ぅ!?」


 その衝撃のまま地面に叩きつけられる。遅れて襲ってきた右頬の強烈な痛みが、自分が殴られたのだと強制的に認識させられる。


「、っあぁあ゛ッ」


 間髪入れず、次は無防備な背中に容赦のない圧迫感が襲った。背骨がミシミシと嫌な音を響かせている。無理矢理肺が潰されて空気が押し出される。息ができない。

 あまりの突然の出来事に何の抵抗も出来ずにいると、頭上で下卑た声が上がった。


「オイオイ、いきなり横っ面張り倒して死んだらどーすんだよ。今までの時間無駄にする気か」


 真上から聞こえてくる声は呆れたようにそう言った。


「っるせーな、そういうお前こそしっかり背中踏み潰しといて説得力ねーぞ」


 ムキになって反論するこいつがなるほど、短気そうで手が早いのも頷ける。


「こんくらいで死にゃしませんって」


 遅れてきた足音と共にいくらか若い声が会話に加わる。

 砕けてはいるが言葉遣いも目下特有のそれだ。同年代かもしれない。立場は雲泥の差だが。


「逃げられないように骨の一二本折っとくか」


 最後の声はそう言うなり、何の迷いもなく俺の足を掴み上げた。囃すように口笛を吹く短気な男と、良案だと持ち上げる目下の男。

 その必要はないとリーダー格らしい頭上の男が止めていなければ、すぐにでも実行されていただろう。


 そうして気付けば俺は四人の男に囲まれていた。


 何とか目線だけでも上に向けると、それぞれ造形は全然違うのに、濁った八つの目だけが同じように一人地面に這いつくばる俺を見ていた。


「ぁ、あ………」


 先程までの追手とはまた違う顔ぶれだった。一体どれほどの数の大人がこんな子供一人捕まえるのに駆り出されているのか。それほどまでの価値がこの宝石にはあるのか。取引を手短に終わらせるために買い叩かれているのを承知で手放してきたが、本来なら数ヶ月どころか軽く年単位の生活資金になったのではないか。

 ――それならば、こんな掃き溜めもっとはやく飛び出したのに。


「おっスゲーぞ。あのデブが欲しがってた宝石まだこんなに持ってるぜ」


 殴られた衝撃と踏みつけられた背中で思うように動かせない身体では、全身を這い回る手に抵抗することも腰帯に潜ませていた麻袋が奪われる一連の横行も黙って受け入れることしかできず、ちっぽけな命を懸けて隠してきた宝石は、いとも簡単に男たちの手に落ちた。


 その宝石の数だけ。

 涙を流さねば越えられない夜があったのだ。


「しかし見たことねぇ石だな。創世時代の遺産か?」

「青い宝石自体はよくあるが光の当たり具合でここまで濃淡が変わるのか」

「これもしかして中に水入ってないっすか?」

「100、いや、200はつきそうだな」

「500はつくよ」


 そんな己が涙の結晶を、よく知りもしない奴らに無遠慮に暴かれ、視姦され、好き勝手に値踏みされていると思うと、殴られて腫れた頬とは違う熱で顔が燃えるほど熱くなった。

 かつてないほどの怒りと、屈辱だ。 

 同時に、慣れ親しんだ涙腺の緩む気配を感じた。どうやら、何も悲しみだけが涙が出る理由ではないらしい。顔が上げられない。人の前で、ましてやこんな奴らの前で泣きたくなどないのに。


「おい」


 唇を噛んで衝動に堪えていると、思い出したように短気な男がこちらに声を掛けてきた。


「これ、どこで手に入れた」


 予想していた通りの問いだった。

 しかしその答えを俺は持ち合わせていない。泣かないように必死で、口を開くことさえ出来ない。

 これでは、また、殴られる―――


「それはね、女神の祝福の一つだよ」


 ふわり、と身体の浮く感覚に合わせて。

 それは、つい先程にも聞いた、穏やかな声だった。


「人魚の涙が真珠になるのは知っているだろう?」


 周りの動揺を知ってか知らずか、男は歌うように続けた。


「それが"神の愛し子"だとご覧の通り。一応神涙石と名付けてみたものの、何より絶対数が少ないから全然浸透しないんだよね。特徴は主の感情によって生まれる色が変わること。青は……そうだね、悲しみの青だ」


 そう言って、いたわるような顔を俺に向けた。

 抱きかかえられたことで否応なしに至近距離で見ることとなった男の顔は、こんな状況ですら見惚れてしまいそうなほどに恐ろしく整っていた。薄い唇と目鼻立ちの高さは、やはり帝都の人種の特徴だ。権力の象徴たる青い瞳は吸い込まれそうで、それを彩る睫毛も緩やかに曲線を描く髪もくすみのない純金のように輝いている。目深に被られた悪趣味な帽子すら、顔を隠して余計な諍いを避ける目的なのかもしれないと思い始めそうになるくらいだ。

 言っていることは服装に違わず意味不明なのだが。


「おま、あ、あなたは、一体……」


「っあ?おいラドン!テメェ何あのガキ離してんだよ!」

「っな、は!?いや、離した覚えはない!」

「じゃなんで横取りされてんだよ!」


 呆然と立ち尽くしていた男達もようやく状況に理解が追いついたらしい。そう言えば確かに、いつからか痛むのは打たれた頬だけで、気付けば背中の圧迫感は消えていた。抱き上げられたのはその後だ。


 いつからこの男はいた?


 この男はなんだ?


 にこり、と。

 言葉もなく目と鼻の先で微笑まれ、その有無を言わさぬ無言の圧力に開きかけた口をつぐんだ。


「すまない、隠し事は嫌いなんだが、僕はこれでも忙しい身でね。それにはやくこの子の手当もしたい。このままでは傷が残ってしまう」

「逃げる気か?許す訳ねェだろ」


 連中も威勢を取り戻してきた。数だけで言っても四対ニの劣勢なのに、相手は息をするように犯罪に手を染めてきた者たちだ。逃げることに経験を重ねてきた俺と違って、人を傷つけることに特化してきた奴らだ。俺は手負いであるし、奇妙な男は未知数である。

 こいつらを振り切れる希望はあるのか。


「許される必要はないさ」


 それなのにこの男は笑う。


「僕は"魔法使い"だからね」




 ――なぁ、この石、神涙石って名前なのか。


 ――そうだよ。君たち"愛されし者"に女神が授けた祝福の一つだ。


 ――……何個か売っちまった。


 ――あはは。その程度でお怒りになる女神じゃない。


 ――その時の感情で色が変わるってのは?


 ――言葉の通りだよ。


 ――ふぅん。他には何色があるんだ?


 ――……それは、その時までのお楽しみだ。




 清潔感のある小さめの部屋。

 中心にベッドが据えられており、射し込む陽射しは春の陽気で、横たわる人間を優しく照らしていた。


「あなたは本当に不思議な人だった」


 子守唄のような声だった。


「出会いがまずあれでしょ。第一印象は胡散臭さしかなかったわ。顔が良いと何でも好意的に受け止められがちだけど、それにあぐらをかかないでね」

「何?こんな時までお説教かい?」

「そのくせ勘違いしそうになる素振りを見せるんだから、若い頃はそれが本当につらかった」

「それは初耳だね」

「知ってたくせに」


ここで女性はひと息ついた。

一度に話すことはもう苦しいらしい。


「……あれから、たくさんのことがあった。悲しいことも、痛いことも、なくなる訳じゃなかった。でも、私、私ね、」

「ちゃんと聞いてる。ゆっくりでいい」

「私、色んな光を見れたわ、たくさんのことがあった分、たくさんの色に輝く光を。嬉しい時は黄色、恋しいときはピンク、嫉妬したら緑、幸せな時が透明なのは、ちょっとだけ拍子抜けしたけど」

「君は泣き虫だったからねぇ……ああ、ほらまた」


 日陰から男が現れる。

 とめどなく涙の伝う頬を、優しく撫ぜた。


「ふふ。この顔も、あなたのおかげで、この年まで傷一つない美貌を保てたわ」

「ありがたきお言葉を頂き光栄です」


 男の指先で、涙が徐々に結晶化していく。

 それは一切の曇りのない澄み切った色をしていた。


「あの時まで、こんなことになるなんて夢にも思ってなかった。誰も私を必要としてなくて、生き延びるために性別まで偽ったくせに、死ぬことを考えた時もあった。あぁ、本当に、こんなふわふわのベッドで、誰かに看取られていけるなんて今でも信じられないわ」

「信じられるようになるまで、もう少し生きてもいいんだよ」

「無茶言わないで。これでも長生きしたほうなのに」


 女性は、今では真っ白になった黒髪を揺らし、翡翠色の目を細めながら懐かしむような声で続ける。


「それでも、ふと思い出すのはあの茶色の景色なの。捨て子だった私が自立出来るようになるまで、あそこの誰かが面倒を見てくれていたんだろうし、何もない所だったけど、私の原風景には、変わりないの……」


 そうして女性は、男の顔をはっきりと見つめた。今となってはもう一々ときめいたいはしない。

 あの時と何一つ変わらない、奇妙な格好をして瞳の中に空を湛えた初恋の人の顔を。



 「ありがとう、ミール。私の魔法使いさん」



 そう満足そうに呟いて、女性は目を閉じた。

 柔らかな陽射しが、二人を見守るように降り注いでいた。


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