8.勇者(笑)は怒られる
幼馴染たちの様子が……?
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Q.幼馴染たちが俺に怒ってるようです。どうしたらいいですか?
A.とりあえず冷静にさせましょう。
明らかに怒り心頭といった様子だし、俺も突然のことで混乱している。ここは一旦お互いに落ち着くべきだ。うん、そうするべきだ。
「まあ落ち着け。お前らも疲れてるだろ?今お茶を用意してーー」
「ゆ う き く ん?」
「まさか逃げようなんて思ってないわよね?」
「もちろんです」
はいごめんなさい。美形って怒ると迫力あるから、余計に怖い。
真面目に考えよう。
何で怒ってるのか、なあ。分かりません教えてください、なんて言ったら怒りが益々酷くなるだけだ。
その場で正座しながら、頭を超高速で回転させる。
まさか、メイドの一件のわけではあるまい。獅郎まで怒っているんだしな。なら恐らく謁見の間でのでき事。まずい、思い当たることが多すぎる。
10歳前後の子どもを試すような真似をしたこと?リーダー面をしたこと?後はーー。
どれが正解か分からず、そろっと横目で幼馴染たちの様子を窺う。獅郎と目があった。即座に目を逸らす。
やばいやばいやばい。目力半端なかったぞあいつ。
これ説教のなかでも特にガチなやつだ。普段は女性陣に叱られている時でもさり気なくフォローを入れたり庇ったりしてくれる親友だが、この様子ではむしろ積極的に叱ってくるな。
異世界に来て初日で怒られるって……彼らのお兄さん役を自称している身としてはちょっと情けなくなってくる。
これで説教の時間も10回目。2桁突入だあ。全く嬉しくないよちくしょう。
基本的に仲が良く喧嘩も滅多にしない俺らだが、どういうわけか俺に対してのみ説教の時間なるものが存在する。意味が分からない。
直近だと、確か中3の文化祭の時。
ちょっと忙しくて睡眠を疎かにしていたら、ふらっときたことがあった。といっても、前世社畜マンだった俺にとっては、なんてことないことだ。あ、やっちまったな、くらいのものだ。
しかしこのことを知れば優しい幼馴染たちは、間違いなく心配してしまう。文化祭の準備に忙しいだろう彼らを煩わせるのは心苦しくて、大丈夫だからとその場に居た人たちに口止めをした。
のはずが。いつのまにか伝わっていたのか。文化祭前日に、最後の仕上げとして生徒会室で仕事をしていた俺のところに、彼らは乗り込んできた。
「いい加減にしろ!」
とか
「ゆうきくんのばか、あほ、まぬけ!」
とか
「何で黙ってたのよ!」
とかとか。
あまりの剣幕に俺も生徒会役員も最初から最後まで何も言えず。
散々怒鳴られ、叱られ、終いには泣かれてしまった。苦い思い出だ。
だが、これで終わりではない。
文化祭終了後、後片付けをしようとした俺に彼らはもう一度現れ、無理矢理校内の仮眠室に引っ張っていった。どういうわけか既に周りの人たちには了承を貰っていたようで、俺を咎める人も助けてくれる人もいなかった。
仮眠室につくと、彼らは本当に綺麗笑顔で言い放ったものだ。ーー「正座、説教の時間」と。
その後のことは思い出したくもない。あれは過去の説教の時間の中でも、精神的に最もくるものだった。
ぼうっと遠い目をしながら過去に意識を飛ばしていた俺に、3人から鋭い視線が向けられた。
「ほんっとうに、分からないのかしら?」
いえ遥さん、確かに余計なことは考えてましたがちゃんと答えは出ています。というか、どう考えてもこれ以上のものはない。
「いや、分かってる。謁見の間で、お前らにまで戦うことを求めたことだよな。今更謝って済む話じゃないけど、本当に申し訳なく思ってる」
いくら事情があったとはいえ、親しい友人に人を殺す手伝いをしろと言ったんだ。彼らは俺の言葉に簡単に乗ってくれるような扱い易い人たちではない。
あの場じゃあ空気を読んで乗ってくれたのだろうが、怒って当然だよな。
気まずさから幼馴染たちの顔が見れず、俯いていた俺が聞いたのは責める声でも詰る声でもなく、深いため息だった。……呆れ、いや失望されたか?
「お前は本当に……。はあ。顔を上げろ」
「ゆうきくん、わたしたちはそんなことで怒ってるんじゃないよ」
「え……?」
その言葉にそろそろと顔を上げれば、玲奈の顔が俺と同じ高さにあることに気がつく。
いや、玲奈だけじゃない。
獅郎も、遥も、床に膝をつくような格好で俺と目線を合わせていた。
太ももの上に乗せていた手に、玲奈の手が重なる。その手はわずかに震えていた。
「不安なの。ゆうきくん、勝手に1人で進めちゃうから。騎士さんが剣を抜きそうになった時、本当に怖かったんだよ?ゆうきくんが、死んじゃうかもって」
獅郎が寂しげな笑みを浮かべる。
「お前はいつもそうだな。限界になるまで弱みを見せない。謁見の間でお前に力を貸すと言ったのは、本心からだ。なあ、裕輝。俺らは、信頼できないか?」
遥はきつく手を握りしめていた。
「いい加減にしなさいよっ!あたしが、あたしたちはただ、あんたのことが心配なのよ。頼むから、無茶はしないで……」
ーーこれだから、説教の時間は嫌なんだ。
俺は、自分が主人公ではないと知っている。前世の記憶の中にある物語の主人公のように、強くいられないから。
俺と違ってズルなんかしていない本物の彼ら。そんな本来なら釣り合うはずもない幼馴染たちが、俺を大事に思ってくれている。
間違いなく俺は幸せ者だ。だけど、その純粋な思いを直にぶつけられるときに感じるのは嬉しさと、どうしようもないくらいの恐怖、そして情けなさだ。
彼らの強さを感じてしまう。それと比べて、自分の弱さを痛感してしまう。
いつかその弱さを知られて見限られるんじゃないかって、不安になる。そしてそう思ってしまう自分が情けなくて仕方がない。
強くない俺は、この説教時間が心の底から苦手だ。
「分かってる。ごめん、な」
自嘲の笑みが溢れた。ああくそ、声が震えてる。情けなさすぎだろ。
沈黙が続く。
実際には数秒足らずの時間は、永遠のように長く感じられた。
それを打ち破ったのは、獅郎の深いため息だった。
「はあ。何も分かっていないだろう。……まあ、構わない。信頼されるようになるまで繰り返すだけだ」
「獅郎」
「ゆうきくん頑固だもん。ゆうきくんが無茶しないようにずーっと一緒にいるから」
「玲奈も」
「裕輝のあほ、ばか、まぬけ。しょうがないわね。玲奈だけじゃ心配だしあたしもあんたを見張ってあげる」
「遥まで……。なんで」
どうして、俺を呆れて見放さないのか。まだ一緒にいてくれると、言ってくれるのか。
3人はそれぞれ顔を合わせると、俺に向かって口を揃えて言い放った。
ーー自分で考えることだ、と。
♢♢
その後は獅郎が渡瀬と話してくると言って部屋に戻り、玲奈と遥は夕飯の時間まで俺の部屋に残ると言い出した。
幼馴染と言ってもいい年だし、男の部屋に居るのは危機感が足りない、部屋に戻りなさいと言ったが、
「ずっと一緒って言ったよね……?」
「文句ある?」
の一言で却下された。玲奈も遥も目にハイライトは残して下さい。玲奈は普段の癒しのオーラどこ行ったの?どす黒いものを感じたんだが。気のせいだよね、気のせいと言ってくれ。
その後は俺に対する愚痴大会が始まった。やれ、無理し過ぎだとか。やれ、女の子の気持ちが分かってないとか。その本人、目の前にいますよ?説教された後にそれは厳しすぎやしませんか。
俺の部屋だというのに、居場所がない。
落ち着くためではないけど、素数でも数えて気を紛らわせよう。2、3、5、7、……
「大体、鈍感にも程があるってのよ!メイドだってーー」
9973、ん?遥が何か言いかけていたようだが、それと同時に扉をノックする音が聞こえてきた。
「ユーキ様、レナ様、ハルカ様。ご夕食の時間でございます」
ナディアさんの声だ。どうやら玲奈と遥がここに居ることもしっかり把握されているようだ。
腕時計を見れば今の時間は6時を少し回ったくらいだ。教室内で白い光に包まれたのが午前11時くらいだから、もうここに来て7時間も経つのか。そんな感じ全くしなかったんだけどな。
この世界が時間をどう定義しているか分からないが、午後6時なら夕食の時間にはちょうどいい。もしかしたら、この国と日本とではそれほど時差はないのかもしれない。
それにしても助かった。途中から2人の話は聞いていなかったが、本当に助かった。
揃って部屋を出れば、ナディアさんと2人のメイドが一礼して出迎えてくれる。空色の髪をショートカットにした小柄な美少女だ。目が合うとにぱっと微笑まれた。小動物っぽい子だな。
「では、会場までご案内いたしますわ」
異世界のご飯かあ。どんなものなんだろうな?