7.勇者(笑)は悩む
前回のあらすじ
裕輝「(どうしよう、予想以上に重たい理由なんだけど!?)」
裕輝「(テンプレ通りに行動しておけば、あとは主人公くんが何とかしてくれるはず!)」
その日はそのままお開きとなった。細かい予定はまた後日、とのことだ。
王国側も話し合うことがたくさんあるだろうし、俺らも突飛な体験で疲労が溜まっているから、双方にとって益のある提案だ。
謁見の間を出た後に俺らを待っていたのは、ズラッと整列したメイドだった。
仮にも一国を救ってくれという話だ。それ相応に勇者の待遇は高い。
まず、この城がしばらくの間俺らの生活拠点となる。衣食住の保障はバッチリだ。
俺らは男女分かれて2人1組となり、1組ずつ部屋を与えられた。このクラスは38人で男女それぞれ19人ずつ、女子は佐伯先生を含めて20人で10組できる。男子は奇数なので、必然的に1人余ることに。
獅郎は、周りから避けられていた渡瀬と組んだようだ。他に組む人もいない俺は1人部屋を割り当てられた。色々考えることもやることもあるし、ちょうど良かったさ。別に、ちょっと心細いかもなんて思ってない。
さらに慣れない異世界生活、1組につき1人のメイドが専属で身の回りのお世話してくれるようだ。その話が出た瞬間、男どものテンションがぐっと上がった。
メイドはオタクの街で喫茶店をやっているような膝丈のミニスカメイド服ではなく、クラシカルなロング丈のメイド服を身に纏っている。しかし、どのメイドも若い上、非常に容姿のレベルが高いのだ。
専属のメイドが甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれる。2人1組というところが残念だが、その程度で桃色の妄想が膨らまないわけもない。
健全な男子高校生だ。女子生徒に蔑んだ目をされても、鼻の下を伸ばしてしまうのは仕方がない。
俺は1人だから、本当に俺つきのメイドをゲットできるわけだがな!やった……
「ゆうきくん?なんでそんな嬉しそうなのかな?」
「まさかメイドに手を出そう、なんて考えてないわよね?」
背筋がぞっとした。玲奈も遥も笑顔なのに目が笑っていない。顔を引きつらせていれば、手の甲をきゅっと抓られる。
「か、考えてない。そんなこと少しも考えてないから」
あまりの恐怖に自然に早口になる。2人とも納得していないようだったが、メイドに呼ばれ追及は諦めたようだ。
「むう……。ゆうきくん、また後でね」
「ふんっ。裕輝、後で覚えておきなさいよ」
大変不穏な言葉を残して2人はメイドの後をついていった。……あのメイドも可愛い子だったなあ。空色のショートカットの髪が印象的だった。
女子たちが先に部屋まで案内され、その後男子たちもそれに続いていった。
結局俺が呼ばれたのは1番最後。
「初めまして。これからユーキ・アマミツ様のお世話をさせて頂くナディア・ニールと申します。これからよろしくお願いいたしますわ」
「ユウキ・アマミツです。こちらこそよろしく頼みます」
俺つきのメイドは銀髪に翠色の目をしたクールな印象の美人さんだ。ユウキは発音しづらいのか、ユーキとなっているがそれはそれでグッド。
部屋に着くまでの間、ナディアさんとの会話を楽しみながら、軽く情報収集を行った。
新たに分かった情報はこんな感じのもの。
・ナディアさんは伯爵令嬢らしい。勇者の話を聞いて自らメイドに志願したとか。高位貴族の娘がメイドなんてやっていいのかと思ったが、そこは異世界クオリティ。割と居るらしい。
・勇者の存在を知っているのは城の中で働く人たちのみ。一般市民には希望を持たせるため噂程度に広めているが、正式な通達は俺らが本格的に戦場に出始めてかららしい。
さすが伯爵令嬢と言うべきか、ナディアさんから教養の高さが窺える。そうこうしているうちに、どうやら部屋に着いたみたいだ。
「ユーキ様、此方でございます」
ナディアさんが扉を開けてくれた。軽く礼を言って中に入れば、高級ホテルの一室にも勝るとも劣らない部屋がそこに広がっていた。
「改めてだけど、ナディアさん、これからよろしく」
「勿体ないお言葉です。私こそユーキ様のようなイケ……素敵な方のメイドになれて幸せ……嬉しく思います。精一杯尽くさせて頂きますわ。では、お夕飯の時間になりましたらお呼びいたします。それまでゆっくりお休み下さい。必要なものなどございましたら、こちらの呼び鈴をお使い下さい」
一礼してナディアさんは部屋を出ていった。ちょいちょい言い淀んでいたところがあったが、どうしたんだろう?伯爵令嬢様だしメイド業に慣れず疲れてしまったのかな。あまり迷惑をかけるのはやめよう。
俺はブレザーを脱ぐと、そのままベッドに飛び込んだ。ふかふかな感触を楽しみつつ、目を閉じ今日のでき事を振り返る。
高校1年生になったかと思えば、異世界に召喚され、他国との戦争に参加することになった。
文章にすればこれだけのこと。
深くため息を吐く。
「これから、どう振る舞うのが正解なのか……」
あんな話を聞いてしまった以上、この国を見捨てるという選択肢はできない。
しかし、俺1人でできることなど高が知れている。クラスメイトらの助力があったとしても、たった39人で国1つに立ち向かえるわけがない。
では、どうするのか?
「渡瀬に、任せるしかないよな」
この一連の流れを物語だとみなせば、自ずと答えは出てくる。
渡瀬和也が主人公で、俺がその踏み台兼かませ犬の勇者(笑)であると仮定する。状況から見れば確信に近いが、仮定としたのはまだ決定打に欠けているからだ。これで、渡瀬がクラスの中で1人だけステータスが低いとか職業が弱そうとかあれば間違いないのだが……。
とりあえず、そう考えよう。
その上で、この物語をハッピーエンドに導くには、俺は勇者(笑)の役割を果たす必要がある。後は主人公がどうにかしてくれるはずだ。
とりあえず第1段階は突破したと見ていい。
クラスメイトらの先頭に立ち、彼らがこの異世界で戦うことを決意させたのは俺だ。
それにより渡瀬は俺に悪い印象を抱いたはずだ。無責任なやつ、とか。だが、渡瀬にも戦争に参加してもらわなきゃどうしようもないんだ。
問題はこれからなんだよなあ。
クラスであまり目立たないやつが主人公の異世界召喚ものは、はじめの方主人公はロクな目に合わない。殺されかけたり、城を追い出されたり……。
その時、踏み台勇者(笑)は特に何もしない。主人公に冷たい態度はとるが、直接手を出すことはない。殺されかけても、城を追い出されても、特に何もしないし気にも留めないことがほとんどだ。
その後、凄まじく強くなった主人公と敵対してけちょんけちょんにやられるわけだが……。
問題は、何もしないということだ。
俺にやれるか?玲奈に好かれ、もしかしたら同室になったことで獅郎とも仲良くなるかもしれない、そんな渡瀬を見捨てる行為を。
「ほんっと、どうしようかな」
問題はそれだけじゃない。
戦争に参加する以上、命の危険は常にあると考えた方がいい。クラスメイトたちをいい感じに奮起させ戦争参加に促したはいいが、実際に命のやり取りを見たら彼らの決意は簡単に揺らいでしまうだろう。
死とは、それほどに恐ろしいものだ。
俺には責任がある。主人公がいつも側にいるとは、助けてくれるとは限らない。38人の命の責任が、俺にはある。
「あーあ……後悔してきたかも、なんて」
意味のない言葉をぼやきつつ、答えの出ない悩みをぐるぐると頭の中で考えながらベッドの上で転げ回る。すると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。慌ててベッドから降りて居住まいを正す。
ナディアさんかな。まだ夕食の時間まであるはずだけど、どうしたんだだ?
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのはナディアさんではなく、幼馴染たちだった。
玲奈と遥の顔を見て思い出す。後でねって、いや確かに後ではあるけどさ。
獅郎までどうしてここに。これから一緒にしばらく過ごすんだ、渡瀬と交流を深めておくべきだと思うけど……。
「ここがゆうきくんのお部屋かあ。わたしたちのと広さは変わらないね」
呆気に取られている俺を余所に、幼馴染たちは好き勝手に部屋を見て回っていた。そのマイペースな様子に、俺は呆れを隠せない。
「お前ら、なんでここに?」
3人はその言葉に揃ってぴたっと動きを止めると、恐ろしいくらい綺麗な笑顔を俺に向けた。
俺は知っているぞ。この顔はーー
「裕輝、そこに直れ。正座でいい」
「ゆうきくん、説教の時間だよっ」
「もちろん、何であたしたちが怒ってるのか、聡明な裕輝なら分かるわよね?」
心の底から、怒っている時の顔だ。