4.彼は勇者(真)である 下
白木院さんとペアになった後は、ほぼ僕が予想した通りだ。
健人は最大限恨み節を僕にぶつけてきたけど、変わらず友達で居てくれた。
「は?なんで友達辞めなきゃいけねえの?……元を辿れば俺が悪いしな。あ、だけど玲奈様と俺以上に仲良くなったら許さねえから!抜け駆け厳禁!」
「健人、白木院さんと別に仲良くないじゃん。……ごめん、ありがと」
「ぐはっ。……別にいいって。こっちからも注意するけど、お前も気をつけろよ」
いつも通りの会話に苦笑しながら、内心ほっとしたのは秘密だ。
僕が白木院さんと図書委員でペアになったことは本当にあっという間に広がっていった。
で、晴れて嫌われ者の誕生だ。
元々友達が健人しか居ないからそこまで困ることはないけど、見ず知らずの男子から睨まれるのはやっぱり怖い。
健人がファンクラブの人たちに注意してるから、直接いじめや嫌がらせにまでは発展していない。精神的にびくびくした日々が続くだけだ。
図書委員としての活動はどうかと言うと、こちらは驚くほど順調だった。
男子から邪魔が入るんじゃないかと戦々恐々としてたけど、そんなこともなく。
週1の昼休みと放課後に白木院さんと過ごす時間はとても穏やかで、彼女とは連絡先まで交換し友人関係にまでなることができた。健人に続く、いや健人と比べるには失礼が程にもある……とにかく、僕は2人目の友達を手に入れたのだった。
もちろん、このことは誰にも言っていない。
♢♢
新たな友達を増やしながらも、憂鬱な日々を送っていたある日。
「わたらせはいるか?」
いつも通り自分の席で昼ご飯を食べていた時のことだ。その日は健人が図書委員で居なかったから、木曜日。
クラス中がざわついているなあと思えば、急にそんな声がドアから聞こえてきた。
「藤堂くん!?けほっ」
何だろうと顔を向けてみれば、そこに居たのは至高の旗印の1人、藤堂獅郎くんである。
驚き過ぎておかずが喉に詰まった。
よく見てみれば、加賀美遥さんまで居る!彼女は控えめながら非常に絵になる笑みを浮かべて僕の方に視線を向けている。
「お前があのわたらせくんか……。驚かせてすまない。少しついてきてもらっても構わないか?あぁ、時間をとるから昼食は持ってきてくれ」
断れるはずがなかった。かつてないほどに急いでお昼ご飯をまとめる。
皆からもの凄い目で見られながらふらふらと彼の後ろをついていく。こんなに注目されるなんて人生で初めてだよ……。女子からの視線も集まっているはずなのに、ちっとも嬉しくない。
正直、何が何やらといった感じだった。そのまま歩いていると(その最中ももちろん見られた。どんな噂が広まるのか今から不安だ)、1つの扉の前で藤堂くんが止まった。見覚えのある、というか学内で1番有名な人物が主の部屋だ。
「ここだ」
「生徒会室?」
「ああ。裕輝、入るぞ」
慣れているのだろう。一言だけ声をかけると、藤堂くんと加賀美さんは中に入っていった。
僕も慌ててついていく。生徒会室はさすが白木院といった感じで広々としている。応接室と言われても違和感がないくらい高級感漂う室内だ。
うわあ…カーペットふかふかだし、ソファーにガラス張りのテーブルって……。
1人扉の前でわたわたと挙動不審な様子を見せる僕とは違い、藤堂くんたちは迷いもせず真っ直ぐ奥へと進んでいく。
僕、明らかに場違いだよね。
というか、もしかしなくても裕輝って天光くんだよね。昼休みでも生徒会室に居るんだ。すごい真面目……じゃなくて、ってことはここに至高の旗印の3人が集まったってこと?白木院さんと合わせて4人ともコンプリートだやったあ、じゃないよ!
「裕輝?ああ、寝てるのか」
僕がぐるぐる考えを巡らせていると、藤堂くんの呟くような声が聞こえてきた。思わず奥に目をやれば、高級感漂う木製の机と、その上に載せられた大量の紙、そして机に肘をつき寝ている天光くんの姿が見えた。不安定にゆらゆらと頭が揺れているが、一向に起きる気配はない。
うわあ、天光くんの寝顔初めて見たよ。寝ててもイケメンはイケメンだし、これものすごくレアな状況じゃあ……。ファンクラブに知られたら殺されそうだな、黙っておこう。
ついじっとその様子を見つめていると、加賀美さんが天光くんに近づいていく。
彼女は天光くんの頰をつんつんしたり、頭をそーっと撫でたりと、戯れ始めた。側から見たら彼氏彼女の関係にしか見えない。ドラマの一幕を見ているようだ。
加賀美さんは、普段の控えめな笑顔じゃなくて、本当に幸せそうな蕩けるような笑顔を浮かべている。なんか、見てはいけないものを見た気分だ。
眺めている間にも加賀美さんの行動はエスカレートしていき、天光くんの背中にそっと抱きつき始めた。桃色の空気が漂っている。これ、もしかしたら4人の中だと普通によく見れる行動なのかなあ……。
ってあれ?藤堂くんは?
「遥、戻ってこい。ここには渡瀬も居るぞ」
藤堂くんはブランケットを探しにいっていたようだ。天光くんにかけてあげるんだろう。もう4月とはいえまだ肌寒いし、天光くんみたいな人が風邪を引いたら大変だ。
加賀美さんも藤堂くんの言葉で僕の存在を気づいたのか、
「あんたは何も見なかった。いいわね?」
「ハイ」
顔を若干赤らめながら、鋭く僕を睨みつけた。有無を言わせない語調だ。美人って、迫力ある。彼女は僕から目を外すと、今度は藤堂くんに幾分か穏やかな口調で続ける。
「獅郎、裕輝をお願い」
「ああ」
「えっ」
藤堂くんが天光くんに近寄ったかと思えば、なんとその身体を持ち上げた。意図せず驚きの声が漏れる。と、加賀美さんがまた僕を睨みつけた。
静かにしなさいってことですかね……。
加賀美さん、聞いてた話と丸っきり性格が違うような。大和撫子?めっちゃ気が強そうに見えるんですが。
藤堂くんはそのまま天光くんをソファーにまで運び、起こさないようにそっと横たえた。意識のない人を運ぶのは大変だって聞いたことはあるけど、藤堂くん、随分と力持ちなんだな。それとも、天光くんが軽いのかな?
天光くんは運ばれたことに気づく様子もなく、穏やかに寝息を立てている。ここまで近い距離で彼を見る機会も滅多にない。天光くんはかなり細身の身体つきだけど、か弱いといった感じは一切しない。
……それにしても、半開きの口が色っぽいな。このまま眺めるべきではない。さっと彼から視線を外す。
その後僕らは天光くんを起こさないよう、彼から離れたところに移動した。
そういや衝撃的なでき事が重なり過ぎてすっかり忘れてたけど、どうして僕は呼び出されたんだ?
一息つくと、藤堂くんが話を切り出した。
「悪いな、ここまで来てもらったのに。本当は裕輝も含めて3人で話す予定だったが、これではな。あいつは色々忙しくて、俺らも今日のことは伝えてなくてないんだ。許してくれ」
「えっ、いえ、そんな」
天光くんは僕の呼び出しに関わってないらしい。聞いた感じ、そんな暇がないくらい忙しそうだ。
次にめんどくさそうに藤堂くんの謝罪を聞いていた加賀美さんが口を開いた。
「あんたが優しい人かは知らないし興味もないけど、害は無さそうね。玲奈が世話になったわ。あんたみたいな平々凡々な男が奇跡的にも玲奈と友達になれたんだから、このままその関係を壊さないよう精々努力することね」
「え、はい?」
加賀美さんは何て言ったんだ?害?平々凡々?奇跡的?
いや全くその通りなんだけどさ。大和撫子な見た目をした彼女から発せられる言葉は強気とかいうレベルじゃなかった。
今日は一体どういう日なんだろう。藤堂くんに呼び出され、天光くんの寝顔を見て、加賀美さんに罵倒(?)される。一部の人からしたら相当羨まれそうだ。代われるなら代わって欲しい。切実に。
「はあ……本当に悪い。初めから説明する」
藤堂くんの話によると、こういうことだった。
まず、白木院さんから僕の話を聞いた。随分白木院さんが楽しそうに話すものだから、藤堂くんたちは僕に興味を持った。悪い人とは思わないけど、でもやっぱり自分たちの目で確かめた方がいいと。
「玲奈が世話になった。できればでいいが、これからも玲奈と仲良くしてやってくれないか?玲奈、いや俺らには偏見なしで友になってくれる人がなかなかいなくてな。ああ、俺の連絡先も伝えておくから、何か困ったことがあれば連絡してくれ」
そう言って藤堂くんは机の上の白紙を適当に取ると、さっと連絡先を書き、僕に手渡した。見ると、あの有名トークアプリLIMEのIDのようだ。
そしてこれで話は終わりだと言った風に、天光くんが寝ている向かいのソファに座りスマホを触り始めた。
藤堂くんって意外と喋るんだなあ……。あの藤堂くん、スマホからカシャって音が漏れてますよ。
藤堂くんが行ってしまったので、必然的にこの場に残ったのは僕と加賀美さんだ。気まずい……。
加賀美さんは僕の顔をじろっと睨み付けると、ふんっと鼻で笑った。
「言っとくけど、あたしは獅郎みたいに甘くはないから。今馬鹿どもがうるさいでしょ。玲奈と友達になるってそういうことよ。耐えられないようならさっさとやめちゃいなさい」
思いがけない言葉に加賀美さんの顔を見つめてしまう。本当に綺麗な顔立ち……じゃなくて、今彼女は『馬鹿どもがうるさい』って言った?本当に驚いた。本当に、僕に興味を持ってくれているんだ。
今一度、心を落ち着けて状況を整理する。加賀美さんの言葉は辛辣だけど、『覚悟が無いなら玲奈の友達をやめろ』ってことだとだろう。彼女なりに、僕のことを気遣っている……と思う、たぶん。
白木院さんの友達をやめる、か……。確かに、考えたことはある。今僕を取り巻く状況は、白木院さんと仲良くなってしまったことから来るからだ。
でも、
「大丈夫です。僕、元々友達が少ないので、白木院さんの友達やめたら本当にぼっちになっちゃいます」
せっかく友達になれたんだ。しかも僕にとっては中学入ってから2人目の友達。
別に、白木院さんと恋人にっていう下心があるわけじゃない。いや、僕も男だしないわけでもないけど。でもそれ以上に、今のこの関係を大事にしていきたいって思った。
「ふうん。……これ、連絡先。用もないのに連絡してこないでよ」
加賀美さんは僕から藤堂くんの連絡先が書かれた紙をひったくると、自身の連絡先を付け加え始める。
「それと、……色々言って悪かったわ」
先程までの威勢とは打って変わって、囁くような声でそう言うと、僕に紙を手渡しスタスタとソファの方に歩いていってしまった。
「リアルツンデレ……」
思わず呟いてしまったが、加賀美さんには聞こえていないはずだ。そう信じたい。
教室に戻った僕を出迎えたのは、相変わらずの視線の嵐だった。しかし、そこまで気にしないで済んだ。むしろ、どことなく気分は軽い。
「おいカズ!聞いたぞ、遥様に呼び出されたらしいな。どういうことだ!場合によっちゃあ、容赦しねえぞ」
「少なくても健人が思ってるようなことが無かったよ。というか藤堂くんもいたし。……でも、まあ。噂が当てにならないってことは、分かったかな」
「はあ?」
今日で一生分驚いたんじゃないかな。
意外と良く喋る藤堂くんに、ツンデレな加賀美さん、僕と友達になってくれた白木院さん。今回は話せなかったけど、天光くんともいつか話してみたい。
至高の旗印の3人と会話して、連絡先まで手に入れられた。人生、何が起きるか分かったもんじゃない。
これからの学校生活、悪いことばかりじゃなさそうだ。
♢♢
その後図書委員の任期を終えた後も、白木院さんや2人とは連絡を取り合っていた。学内で直接話をするのは目立つから、LIMEを使った方が安心して交流できた。
交友関係を深めるうちに気づいたのは、彼らは本当に天光くんが大好きだということだ。
例えば文化祭の前日、僕と3人のグループLIMEでの一幕。
わたらせ「そういや、明日文化祭だね」
レナ「そうだね!ゆうきくん、一生懸命頑張ってたよ」
藤堂「あまり休めてないようだしな。文化祭が終わったら無理にでも休ませよう」
レナ「(デフォルメされた羊が頷いてるスタンプ)」
haruka「ちょっと」
haruka「今裕輝が一昨日倒れたって聞いたんだけど」
わたらせ「え」
その後30分ほど途絶える。
レナ「ごめんね!」
レナ「ゆうきくんとお話ししてた」
レナ「(デフォルメされた羊が怒った様子のスタンプ)」
わたらせ「天光くん、大丈夫なの?」
わたらせ「(犬が心配そうに頭をかしげるスタンプ)」
haruka「自業自得よ。周りに口止めしてたみたいだし、本当にあり得ない!」
わたらせ「えーと、体調の方は」
レナ「倒れてから少しは休んだみたい」
藤堂「流石に今日は前日で抜けるわけにはいかないらしい。終わったら説教だな」
レナ「うん」
haruka「当たり前よ」
うん。文化祭後に顔を青くしていた天光くんを見たが、僕には理由が分からない。全く1ミリも知らない。
そんな感じで、事あるごとに天光くんが話題に上がる。本人とは話したことがないが、すっかり僕も天光くんに詳しくなってしまった。
一切関わってなかった時は完璧超人と言った印象だったけど、今では随分とその印象も変わってしまった。
超弩級のお人好しで、無理しがちな英雄。
天光裕輝は、そんな人物らしい。
♢♢
高校生になって、至高の旗印の4人、ついでに健人とも同じクラスになった。それに嬉しさと驚きを感じつつも、周囲からの嫌な目線に辟易とする。慣れたとはいえ、もう1年も経つんだしそろそろ飽きないのかなあ。
ああ、白木院さんと同じクラスだからか。余計に僕のことが妬ましいんだろう。
概ね順調に自己紹介を終えて、帰り支度を進める。すると、白木院さんが僕の方に向かってきた。
「わたらせくん、またよろしくね」
「白木院さん……うん、よろしく」
「これからは私もシローくんもはるかちゃんも、わたらせくんに話しかけるからね」
「え?急に、どうして……」
「友達だもん、せっかく同じクラスになれたんだし、話せないのは悲しいよ。それに、大丈夫。だってこのクラスにはゆうきくんがーーきゃっ!?」
色々と気になる言葉が聞こえてきたが、それどころではなかった。
突然教室を眩い光が包み込む。思わず目を瞑ってしまいそうになるが、必死に光の発生源を探す。
床に、なんだ、魔方陣?
そして僕らは、異世界に転移した。
♢♦︎♢♦︎
「落ち着こう。今、混乱してても仕方がない。まずは彼から話を聞くべきだ」
天光くんのお陰で、混乱がおさまり場に平静が戻ってくる。
「おお!助かりました。貴殿の名を伺ってもよろしいですかな」
神官もどきは上機嫌だ。
「ユウキ・アマミツです。申し訳ありませんが、先に事情を聞かせてもらっても?」
「アマミツ殿ですか!もちろんお伝えしますとも。勇者様方、私についてきてもらえますかな」
歩いている間も神官もどきと天光くんの会話は続いた。神官もどきが天光くんにゴマを擦り、天光くんがそれを適度にいなしつつ質問を重ねていくといった形だ。
彼らの会話で得られた情報は以下の通り。
・神官もどきの名はドニ・クレード。女神リライを信仰するリライ教の主教らしい
・召喚を行なったのはドニ・クレードではなく、王女様。彼女は『大召喚士』の称号を持つらしい
・ここはサレクトという世界のアルター王国、その城の中。さっきまでいたのは召喚の間、今から向かうのは謁見の間、つまり王の元
分かってたけど、本当に異世界だ。
そうこうしている内に目的の場所に着いたようだ。天光くんはまだ聞きたそうな顔をしていたけど、扉が開く時にはもう切り替えていた。
「陛下、勇者様方をお連れしました」
部屋の中央まで進むと、クレードが跪く。僕らを取り囲むように、騎士や文官のような姿がずらりと並んでいた。
しかし、無礼と分かっていながらも、僕らは唖然とした表情で王と思われる姿を見つめてしまった。
何故なら、玉座に座って居たのは、どう見ても10歳程度の少年だったからだ。
「ご苦労。勇者たちよ、よくぞ参った!」
彼は子どもらしい、しかし同時に王としての威厳も感じさせるような笑みを浮かべていた。
これは渡瀬くんが主人公に違いない
次は主人公に視点が戻る予定です