3.彼は勇者(真)である 上
渡瀬くん視点
「ようこそ異世界へ、勇者様方!」
僕、渡瀬和也はオタクである。
だから、教室に魔方陣が現れてこの教会のような場所に転移させられても、目の前のでっぷり肥えた神官のような男が異世界だとか勇者だとか叫んでいても、ある程度冷静さを保つことができた。
勇者召喚。異世界転移。
テンプレといったらテンプレだ。
しかし、誰もが僕みたいなオタク知識を持っているわけではない。あちらこちらから、クラスメイトの怒声や泣き声が聞こえてくる。
「異世界?何言ってんだよ!早く俺らを帰せ!」
「お母さん、お父さん、助けてえ」
こんな反応をするのは当たり前だ。僕らはまだ高校生、しかも今日なったばかりの高校1年生。
佐伯先生が必死に落ち着かせようとしているが、効果は薄い。先生といっても新任、しかも今日僕らと会ったばかりだ。この訳の分からない状況にどうすればいいのかさっぱりのようだ。
知識があるといっても、所詮二次元の話。現実になれば、ただの理不尽な誘拐だ。
憤りと絶望感が心を満たしていく。
「勇者様方、落ち着いて下さい。……ふむ」
神官もどきは一向に平静を取り戻さない皆の様子にそう言うと、後ろに侍っているお付きの人から杖を受け取った。
何か嫌な予感がする。
杖先を僕らの方に向け、何やらぶつぶつと唱えている様子がうかがえる。
いかにも魔法を使いますといった様子だ。これ、もしかして見せしめに1人殺しましょうとかなの?どうしよう、どうすればいい?
パンッーー
僕が嫌な予感に震えていると、鋭く空気を切り裂くような音が聞こえてきた。その音に驚いたのか、皆一斉に黙る。
ハッとして、音の発生源ーー隣に立っている天光くんを見る。
彼の表情には焦りや不安は一切ない。両手を合わせたまま、落ち着いた、しかしよく通る声でこう続けた。
「落ち着こう。今、混乱してても仕方がない。まずは彼から話を聞くべきだ」
やっぱり、彼は凄い。言葉1つで簡単に場を治めてしまう。
神官もどきは僕らのことを勇者様方と呼んだが、僕としては勇者パーティーとその取り巻きといった方が正しい気がする。
天光裕輝。間違いなく彼こそが、真の勇者だ。
♦︎♢♦︎♢
僕は中学受験を経て、白木院に入学した。白木院は幼稚園から高校までエスカレーター式の学校だが、中学と高校では外部からも生徒を募集する。
所謂お嬢様お坊っちゃん学校ではあるが、学校自体のレベルは非常に高い。
小学生の平均よりは少し勉強ができた僕は、記念受験として白木院を受けた。それが何の因果か合格して、この学校の生徒になったというわけだ。
中学に入学した僕が最初につまづいたのは、友達作りだ。
エスカレーター組のほとんどは外部入学者を余所者と見下し、関わりを持とうとしなかった。じゃあ外部入学者はどうかと言うと、この人たちはこの人たちで勉強真っしぐらなガリ勉が多く、僕とは気が合わなかった。
僕はその頃から漫画やアニメ、ラノベといった二次元の世界にハマっていて、それがますます彼らとの交友関係に溝を作ったのだろう。
ともかく、そんなわけで中学1年が終わりかけた今現在でも、友達と呼べる友達は1人しかできなかった。
けれど、ほぼぼっち状態な僕でも、同学年でダントツに有名な人たちの話くらいは知っている。というか、唯一の友達に聞かされた。
通称「至高の旗印」のことだ。これを聞いた時は、二つ名って現実にも存在するんだとズレた感想を抱いてしまった。
至高の旗印は内部生の仲良し4人組のことだ。1人1人が能力と外見に優れており、天は彼らに二物を与えている。聞くところによると、ファンクラブまであるらしい。
1人目は、藤堂獅郎くん。
中1にして剣道部内でもトップの実力を持つという期待のエース。勉学も学年で必ず10位以内には入るという文武両道さ。
外見は和服が似合いそうなイケメン。あまり人と関わる方ではなく、クールな性格らしいが、時たま見せるさり気無い気遣いが女子の心をぐっと掴むらしい。
彼のファンクラブは女子が中心だ。本人はキャアキャア黄色い声を浴びるのが苦手なようだから、静かに見守りましょうというスタンスらしい。
蛇足だが、藤堂くんと天光くんを対象にしたアレやソレの妄想が一部の女子の中で流行っているとか。本人たちは知らないはずだけどね。あり得ないだろうけど、もし僕が対象にされたら死にたくなるだろう。知らない方が幸せなことも、世の中多いと学んだ時だった。
総評は友達曰く、「澄ました顔したくそムカつくイケメン」。
2人目は加賀美遥さん。
僕がこの学校に入学して彼女を見たときは飛び上がりそうになるくらい驚いた。何故なら彼女の母親は世界的スーパーモデルのミオ、父親はハリウッドにまで進出した実力派俳優の加賀美京也。
彼女自身も子役として活躍する今芸能界で最も注目されていると言っても過言ではない少女だ。あまりテレビを見ない僕でも彼女のことは知っていた。
外見はまさに大和撫子といった綺麗系美少女。芸能活動が忙しいらしく、部活はやっていない。勉学の方にも手が回らないのか、他の3人に教えてもらっている姿がよく見られる。しかし、頭が悪いというわけではなく、学内で50位以内は必ずキープしている。
性格もまさに大和撫子。控えめだが気配り上手で、人をたてることが上手い。
総評は友達曰く、「まさに男の理想!あの控えめな胸を……(以下妄想が続く)」。
3人目は白木院玲奈さん。この白木院の創始者一族の愛娘らしい。
灰色の髪に碧眼の日本人離れした美少女だ。加賀美さんとは違い可愛い系で、どことは言わないが中1とは思えないほど発育が良い。そして常にふんわりとした癒しのオーラを纏っている。
内面もお嬢様とは思えないほど誰にでも平等で優しい。天然っぽい一面もあり、その優しさと笑顔、ちょっとずれた発言と行動が男子に大人気だ。
茶道部に所属していて、文化祭では白木院さんが淹れたお茶が飲めると男子たちが長蛇の列を作っていた。
運動は少し苦手らしいが、勉学の方は非常に優秀で、試験の度に天光くんと学年トップを争っている。
加賀美さんと白木院さんのファンクラブはまとめて2大女神ファンクラブと呼ばれている。男子が中心で、彼女らに過激な行動を取らないよういくつもの厳しい規則があるとか。
総評は友達曰く、「地上に舞い降りた天使ッ!あの豊かな胸で……(以下妄想が続く)」。
そして4人目にして、至高の旗印の中心人物。天光裕輝くんだ。
彼に関しては、完璧超人という言葉が似つかわしい。
中学生とは思えないほど大人っぽく、男の僕でも見惚れてしまうくらい色気のある外見。白木院さんと争えるくらい優れた頭脳。どのスポーツでもエース級の活躍を軽々とこなしてしまう程の身体能力。
中身も、ちょっと同じ中学生とは到底思えないくらいできている。
トラブルを見過ごせない正義感が強い性格で、困っている人を見れば学年の垣根を越えて手を貸す。小学生の頃から(もしかしたら幼稚園の頃からかもしれない。天光くんならあり得る)そういった活動はしていたらしく、彼に助けられたという人は両手でも数え切れないレベルらしい。
中1にして生徒会に所属していて、今は外部生と内部生の亀裂を無くすよう尽力しているらしい。頑張って欲しいけど、発想がもう中学生のものじゃないんだよね……。
天光くんは男女問わず人気が高い。しかも年齢も問わず、ファンクラブには小学生から先生まで所属しているとか。
誰にも言えないが、1度校舎の裏庭で小学生らしき男の子に告白を受けていたのを見たことがある。自分のことでも何でもないが、その日は衝撃的過ぎて眠れなかった。罪深いってレベルじゃないよ、天光くん……。
総評は友達曰く、「悔しいけど文句が言いたくても言えない。俺はあの色気に負けねえぞ……!」。
僕としては、男子2人女子2人の仲良しグループなんだからその中で付き合ってるんじゃないかと思うけど、今のところそんな様子はないとか。まあ4人とも、誰から告白を受けても断っているらしいし、真実は誰にも分からないってね。
そんな至高の旗印の4人と平凡な僕が、友人関係になるだなんてこの時点では夢にも思ってなかった。
全ての始まりはそう、中学3年のとある日のことだった。
♢♢
「他にやりたい人はいる?……なら、図書委員は渡瀬くんと坂上くんで決まりね」
中3になると、各クラス2名ずつ風紀委員、図書委員を選出しなければならない。風紀委員は生徒会、さらに言えば生徒会長の天光くんと直接関われるため、キツい仕事でも人気は高い。
僕は友達と一緒に図書委員になった。僕は正直やりたく無かったのだが、どうしてもと友達に押し切られてしまった。
その友達、坂上健人も図書委員をやりそうな性格はしていないが、彼曰く、
「毎年図書委員になってる可愛い文学少女がいるんだ!くそう、もっと早くに知っておきたかったぜ」
だそう。その文学少女が目当てで図書委員になりたいらしいけど、健人は2大女神ファンクラブなるものの会長をしていて非常に多忙だ。そこで僕に白羽の矢が当たったというわけ。
つまり、図書委員になって文学少女と面識をゲット!仲良くなってあわよくば……。つまらない仕事は和也に丸投げだぜ!ということだ。
いや、まあその代わり週2で昼ご飯を奢ってもらう約束は取り付けた。僕としては暇な時間を図書室で過ごし、さらに昼ご飯も奢ってもらえるということで悪い話でもなかった。
さてさて。無事図書委員になった僕らは、顔合わせと仕事の説明を受けるため図書室に向かっていた。
「ついにっ!文学少女ちゃんと会えるんだな!」
「はいはい。お願いだからそのテンションのまま皆の前に出ないでよ」
下らない話をしつつ、時間ピッタリで図書室に着いた僕らを待っていたのはーー
「先生、3組の人たちも来ました」
女神だった。
「(白木院玲奈様ぁ!?え、え、何で図書委員に!?)」
「(僕が知るわけないでしょ……確かにどうして?)」
困惑しつつも周りを見れば、他の人たちも事情を知らないらしく戸惑い気味だ。それでもあの白木院さんと一緒に仕事ができるとのことで、男子は期待の表情を浮かべている。
「全員集まりましたね。では、これから図書委員について説明を始めます。プリントを渡すので回して下さい。
〜
では、後の進行は図書委員長の本谷さんにお願いしますね」
「はい。今期図書委員長を務める本谷です。よろしくお願いします。」
図書委員長の本谷さんは健人イチオシの文学少女ちゃんである。どちらかというと内気で、委員長など向かなさそうだが、意外にもハキハキとした声で話している。
図書委員の仕事は、端的に言えば図書室に居ることだ。週1日、昼休みと放課後に2人ペアの当番制。本の貸し借りの手続きや、図書室の整理が主な役割だ。
「では、まずはこれからシフトを決めます。丁度男子5人、女子5人ですし、本の整理では力作業も必要になってくるので、男女ペアでお願いします。私は基本図書室にいるので、女子は4人で決めて下さい。あと、部活や習い事がある人は予め言って下さい」
図書委員という地味な委員に問題など起こるわけがないと思っていたが、今回ばかりはそうもいかないかもしれない。
2人ペアとはーーつまり、あの白木院さんともペアになれるということだからだ。
「わたし、部活と習い事があるから火曜の当番がいいな」
白木院さんが爆弾を投げ入れた。
途端、男子たちがギラついた目で互いに牽制を始める。俺がペアになるから邪魔すんな、といったところか。同じ男子として気持ちは分かるけど、ちょっと怖い。女子も発言しようにも発言できない雰囲気だ。
「(ちょっとマズいかもな、これ)」
健人が小声でそう言ってきた。普段から女子にがっつくタイプだから、てっきり健人も白木院さん狙いだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「(意外……。マズいって?)」
「(これでもファンクラブ会長だぞ、玲奈様に迷惑をかける行為はしないっていう規則があんだ。この状況な、このままじゃあ玲奈様の取り合いになって、玲奈様に迷惑がかかるだろ)」
「(なるほど、安心したよ。やっぱり健人は健人だね)」
「やっぱりって何だ!あっ」
健人の声は静かな場(ピリピリと互いを牽制し合う場ともいう)に良く響いた。ギョロリと凄まじい目が向けられる。
「す、すいません。えっと、そう!このままこうしててもしょうがないし、良い決め方が浮かんだんだ!なっ、カズ」
懇願するような目で僕を見られても……。でも、雰囲気が良くないのも確かだしなあ。
男子は相変わらず血走った目でお互いを睨み合ってるし、女子は怯えたようにひとかたまりで身を寄せ合ってる。騒動の原因ともいえる白木院さんは、困ったような表情を浮かべている。
うーん……。健人は別にどうでもいいけど、流石に白木院さんや他の女子は可哀想だよね。
「はい。あの、くじ引きとかどうでしょう?」
「は?くじ引き」
うわあ、怖い。余計なことすんなって感じだ。我慢だ、頑張れ僕。
「うん。このままだと決まりそうにないし、女子と男子に別れてくじ引きで決めちゃおうよ。希望の曜日に自分の名前を入れて、申し訳ないけど委員長、えっと本谷さんに引いてもらう感じで」
僕の出したアイディアは単純で、多分誰でも思いつけるものだ。
仕方がない。むしろあのプレッシャーの中、即興でここまで思いつけただけでも良くやったと自分を褒めてあげたいくらいだ。
僕の案はそのまますんなり通った。色々穴はあると思うけど、そもそも図書委員は白木院さんや健人が例外なだけで、スクールカーストが低めな人がなるものだ。その場で指摘するような度胸がある人は居なかったわけだ。
「じゃあ左から順に月、火、水、木、金で。やりたい曜日に自分の名前を書いた紙を置いてって」
僕は月曜っと。わざわざ白木院さん争いに参加する理由はない。
健人の方を見れば、水曜に入れていた。意外だ。顔に出てたんだろう、健人は苦笑しながら言ってきた。
「俺はファンクラブの方もあるから、放課後の仕事はカズ任せだ。だからカズと被ったところに入れてもしゃあないし、それに、カズは別に玲奈様と一緒がいいってわけじゃないんだろ?」
「健人……!」
「何より、カズにだけ美味しい思いさせるわけねぇだろ!」
「健人……」
その言葉は要らなかったかな……。健人らしいっちゃらしいけど。
男子は僕が月曜、健人が水曜に決まり、残り3人で火曜を争う形になった。女子の方はもう決まっているようだ。
「では男子も決まったので、発表しますね。月曜、渡瀬くんと白木院さん」
「えっ!?」
僕だけでなく、男子一同がギョッとしたような目で本谷さんと白木院を見た。本谷さんの表情は変わらず、どうやら間違いとかではないらしい。白木院さんはと言うとーー
「えっと、わたらせくんだよね。白木院玲奈です。よろしくね」
僕の方に近づき、それはもう天使のような笑顔でそう挨拶してきた。
「よ、よろしくお願いします。し、白木院さんは火曜希望じゃな……ではありませんでしたか?」
「ふふ、同じ学年だし敬語はいらないよ。えっとね、恥ずかしいんだけど、勘違いしちゃって。今年から習い事が火曜になることをすっかり忘れちゃったんだ」
「そうなんで……だね」
「さっきはありがとう。怖い雰囲気になっちゃったからみんな困ってたの。わたらせくん、優しい人なんだね」
はにかみながらそう言う白木院さんは本当に可愛い。
これで僕を血走った目で睨みつけてくる男子(健人も含)さえ居なければ、最高に幸せだった。
僕は今後の学校生活が今まで通りいかなくなることを確信した。
♢♢